穏やかではない1日
始業まで30分。思いがけない朝ではあったが、やっと何時もの時間に教室へ辿り着く。この時間は部活の朝練などが無ければ、教室には誰もいない。どうしようもなく退屈な学校生活だが、この朝の時間だけは好きだ。
今の自分の席は図書室でもお気に入りである窓際。1番前な事を除けば非常に快適。くじ引きに参加せずに手に入った幸運だ。
「少しだけ眠気覚ましに窓を開けよう」
ヒュー。
「寒っ。何で窓開けてるの?」
え? 突然聞こえてきた声に驚いて振り向くと、ニヤニヤした顔のアカリさんが居た。まただ。折角の憩いの時間に割り込んでくる彼女。流石に少し腹が立つ。
「空気の入れ替えですよ」
「何よ。怒ってるの?」
「そ、そんな事は無い......です」
「ほら怒ってるし。普通は可愛い女子に話かけられて、うひょーな場面!」
アカリさんはきっと漫画か何かの読みすぎだと思う。しかも自分が可愛いと自信あるみたいだし。ま、まぁ可愛いのは間違いないとは思うけどさ。だからと言って何でも許される訳じゃない。
「はぁ。まぁいいわ。ユウタって何時もこの時間に登校よね? どうして?」
「......えっと。誰も居ないからです」
「そっか。私もこの時間が好きよ。誰にも干渉されないし」
ん? どう言う意味だ? 見た目派手だから、きっと周りにチヤホヤされているだろうに。まさか......人見知り? ってそんな訳ないよな。カオリさんとだって友達みたいだし。
「何よ。不思議そうな顔して。どうせ見た目でチャラチャラしてるって思ってるんでしょ?」
「ははは。そ、そんな事は」
「私のこの髪は地毛なの。だ〜れも信じてくれないけどさ」
「染めないんですか? 先生うるさいんじゃ」
「そっ。アイツらマジうるさい。ちゃんと地毛だって証明出してるのに! 絶対染めてやるもんですか!」
しまった。触ってはいけないスイッチに触れてしまったようだ。そこから延々と愚痴を吐き出すアカリさん。俺は宥める事も出来ずに聞き役に徹した。
キーンコーンカーンコーン。
「ふぅ。スッキリした。じゃあまたね〜」
始業のベルと同時に、教室から出て行くアカリさん。ちょっと待って⁉︎ 途中からクラスの人間にずっと注目されてたんですけど⁉︎ この微妙な空気の責任を取ってくれ!
未だに興味深げにこちらを見る視線。もう必死で亀になるしかなかったよ。これまで必死にそこに居ない人を続けて来たのにさ。頼むから視線を向けないで。
......その後。
授業の合間の休憩時間は机に突っ伏して寝たふりをした甲斐があり、誰も話かけて来なかった。きっと触れるなオーラを出していたと思うけどな。もう絶対に昼休憩に文句を言うぞ。俺は目立ちたく無いんだって!
そして迎えた昼休憩。普段は皆が教室から出て行くまで待つが、今日はダメだ。チラホラこっちを気にする視線がある。だから教師の後ろへ続く様に教室を出て、一目散に購買へ走った。
「こら! 廊下を走るな!」
「すみません!」
教師の叫び声が聞こえたが、適当に謝って走るのは辞めない。もうサッサとパンでも買って早く図書室へ行くんだ。1番乗りでサンドイッチとコーヒー牛乳を買い、歩きながら食事を済ませる。これじゃあ朝ごはんと一緒だよ。
そしてその勢いのまま図書室へ辿り着く。
バァーン !
あ......怒りのまま開けた扉。静かな図書室には不釣り合いな音が響く。これは不味い。ギギギとゆっくり首だけ回すと、ギョッとした顔でこちらを見るカオリさん。そして訝しげに視線を向ける図書室の先住民の皆さん。
「も〜しわけございません!」
もう悲鳴に近い声でぺこぺこと謝罪。
「アハハ。お腹痛い! 何してんの? ユウタ」
「ちょっとアカリ。静かにしなさい」
くっそぉ。腹を抱えて爆笑するなよな。元はと言えばアカリさんのせいだってのに! しかし今は恨みがましい視線しか送れない。
俺は居た堪れなくなり、そそくさと何時もの指定席へ向かったよ。恥ずかしいのと悔しい感情が入り混じってるからさ。席に座り机に突っ伏す俺。
「な〜んだ。ユウタも感情出せるじゃない」
「俺も普通の人間ですからね。はぁ恥ずかしい」
「はいそこ! お静かに!」
「すみません」 「めんごめんご」
まだ余韻が残っていたのか? 自分の口から出る声が大きい。しつこく揶揄うアカリさんに釣られたんだ。きっと。本当に調子が狂うなぁ。
脱力する俺にツンツンしてくるアカリさんをいなし、忘れずに持って来た本へ意識を向ける。ここはお喋りする場所じゃない。これ以上、他の皆さんの邪魔になると明日から来にくいじゃないか。
「あっ。読んだ本貸してよ。私が次に借りるからさ」
そんな声に返事もせず、俺はもう一冊の本を差し出した。本当はちゃんと受付しないとダメだと思うが、今はこの人を大人しくさせたい。
だがその俺の願い虚しく。全く読書に集中出来なかった。アカリさんは渡した本には集中せず、昼休みが終わるまで足でちょっかいをかけてくるんだもの。
もう絶対に遊ばれてるよ。何で目をつけられたんだろうか? 俺の穏やかな1日を返して欲しい。
「あっ。ちゃんと放課後も来るんだぞ? 先に帰ったらカオリに怒られるからね?」
「はぁ。そうですか。それはそれで怖そうっすね」
人間諦めも肝心だろう。そう思い適当に返事をした俺。
まさかそれが原因であんな騒ぎになるなんて、この時は考えもしなかったんだ。