偶然ではない朝
ジリリリ。
五月蝿いほど鳴る目覚まし時計。何時もの朝なら直ぐに止めるのに。今日は朝方まで本を読んでしまったから、起き上がるのが辛い。もういっそこのまま休んでしまおうか?
「ああ。くそ」
ゴトリ。
何とか手を伸ばし消した目覚ましの代わりに、扉の前に置かれるトレイ音が響く。朝は俺の部屋には入って来ないあの人。これも普段通りだ。決して直接的に顔は会わさない関係。楽で良い。食事を用意して貰えるだけマシだ。
俺は眠い目を擦りながら起き上がり、廊下に置かれた朝食を部屋へ入れた。コーヒーにトースト。今日の様な日はカフェインが身に染みる。身体のダルさはハンパないが、起きた以上は学校へ行こう。
トーストを無理やり押し込みコーヒーで流し込む。もう季節は秋。朝は肌寒く寝巻きを脱ぐのも億劫だ。だから勢いが肝心。
「へっくしゅん。ズズ。風邪でもひいたかな?」
ブルブルと身震いしながら手早く制服に着替える。大丈夫。額は熱っぽくない。この家で俺の事なんて話題にもならないから、誰かが噂でもしてるのかな? ......なんてあり得ないな。
着替えが終われば朝食のトレイを台所へ持って行き、洗面所で手早く歯磨き。皆はこの時間リビングにいるから、朝から顔を合わす心配は無い。その為の早起きだ。
鏡を見ると暗い表情の俺の顔が映る。うん。これも普段通りだ。適当に跳ねた髪を濡らし、手で撫でつければ完成。
さて。いつも以上に眠いのを除けば、普段通りの日常の始まりだ。
ガチャ。
妙に日差しが眩しい。外へ一歩踏み出せば少しだけ解放感に満たされる。歩き出して暫くは今朝まで読んでいた本を思い出し、かなり満たされていた。結局、一冊読み終わってしまってさ。どうしても途中で止められなかったんだ。今回借りた本は本当に面白い。
そう言えば主人公もこんな朝早く1人で歩いていた時に、同じ魔法学校へ入る仲間に出会うんだよなぁ。そんな事を考えながら人通りの少ない住宅街を見る。
ん? 電柱の陰に誰か立ってる?
まさか不審者? なんてな。こんな見通しの良い場所にいる訳ない。それに俺なんか襲っても何も盗れない。そうは言っても関わりたくないから、その人影から距離をとりながら歩く。絶対に目を合わせたらダメだ。
ほんの少しだけ歩く速度を上げた......その時。
「コラ! ユウタ! なんで無視するのよ!」
「うわっ⁉︎ ア、アカリさん⁉︎」
人影を通り過ごすタイミングでの叫び声に飛び上がる俺。それを笑いもせず睨みつける彼女。まさか待ち伏せ⁉︎ 怖いよ。マジで。色々な意味でさぁ。
「ちょっと? 何か勘違いしてない? ユウタを待ってた訳じゃないからね?」
「そ、そうですか。お、おはようございます。ではお先に」
「待て待て〜い! 待ってた訳じゃないけどさ。先に行かなくても良いでしょ? もうすぐカオリも来るし」
「え? でもお邪魔ですよね?」
俺のそんな返しにプクッと頬を膨らませるアカリさん。ちょっと面白い。って何考えてるんだ俺。
「あら。ユウタ君おはよう。アカリどうしたの? 面白い顔して」
「ちょっと聞いてよカオリ。ユウタ酷いんだよ〜。実はさぁ」
一方的に俺が悪い様な話をカオリさんにする彼女。ちょっと物申したい気持ちはあるが、2人の会話に割って入る度胸は無い。と言うかこの状況に頭が追い付かないんだが?
「ぷはは。何それ。ユウタ君面白い」
「でしょでしょ? 朝から暗い顔してるだけでもアレなのにさぁ」
アレって何? と言う疑問は置いておこう。それよりも毎日同じ通学路を通っていたけど、この2人と出会った記憶が無いんだよなぁ。俺はいつもの時間だし。今は中途半端な時間だから、通学する学生もほとんどいないんだ。だから流石に居たら気づくはず。
「ふぅ。まぁ良いわ。どうせ昨日借りた本を読んで、夜更かしでもしたんだろうし」
「ユウタ君って自分の世界に入るタイプみたいね。ああ。だから本が好きなんだ」
全く何の説明もないまま、好き放題言われてる。しかも既に歩きだしてるし。何だかなぁ。
仕方なく一定の距離を保ちながら2人の後を歩く。さっき言われたけど、もしかしてこの状況は決まっていたんだろうか? もし聞いてさえいれば、後10分でも早く家を出て回避出来たのになぁ。
この時間帯で本当に良かった。昨日の帰りもそうだけど、こんな所を誰かに見られたくない。特にクラスの連中に見られでもしたら、学校へ通えなくなりそうだ。
「ちょっと! 遅いわよ裕太!」
わちゃあ。大きな声を出さないで欲しい。アカリさんに空気を読む事を求めちゃいけないのか? ほら。ご近所さんがこっち見てるし。どうして彼女は俺を気にするんだろ? そうでなくても2人は目立つって言うのに......。
俺は仕方なく2人の元へ急ぐ。普段と違う日常だなぁ。
「それでユウタ君。昨日の本はどうだったの?」
「えっと。かなり面白かったです。主人公が努力しながら成長していく過程にワクワクして。もう次がどうなるのか楽しみで、ついついページをめくってしまいましたよ。早く2冊目が読みたいですねぇ」
「うっそ⁉︎ あの分厚い本をもう読んじゃったの⁉︎」
「だから顔が辛そうなんだね。ぷぷぷ」
何やら馬鹿にされている気がするけど、読んだ本について話すのは楽しい。意外だったのは、アカリさんが興味津々だった事だ。次は私が借りて読むと張り切っていた。
そんなアカリさんにカオリさんはニコニコしてたけど。
なんかこんな騒がしい朝も楽しいかもしれない。普段なら少し遠く感じる通学路だが、学校まであっという間に着いてしまった。
「じゃあ私達はここで」
「むむむ。3人共クラスが違うのが残念。じゃあお昼休みに例の場所で集合ね。ユウタは絶対来るだろうけど」
「へ? え? 例の場所? ってちょっと!」
何か納得して、あっという間に去って行く2人。何なんだよ? 俺の意思とは無関係に決まって行く予定って。
俺の平穏な日常は一体何処へ?