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いつもと違う放課後

 窮屈な毎日。俺にとっては、家も学校も息が詰まるだけ。そんな日常からの解放が終業のベルと共にやって来る。この瞬間だけは、本当に幸せを感じるよ。


 クラスの人間が続々と教室から出て行くのを確認し、俺は何時もの場所へ向かう。


 バタバタと廊下を走る学生を遠巻きに見ながら、自分だけがその空気に入れない事を実感する瞬間でもある。


「きっと皆は幸福なんだろうな」


 ふとそんな言葉を呟き、慌てて口を噤む。良かった。誰にも聞かれていない。その事に安堵し、俺は歩き慣れた廊下を進んだ。




ガラガラ。


 


 図書室の扉を開くと、一瞬だけ感じる視線。だがそれもほんの数秒だ。ここの住人は特に誰にも干渉しない。静かな空間に響く音に不快感を感じただけだろう。


 俺は入口で一礼をし、昼休みに目を付けていた本棚へ静かに向かう。今回は外国のファンタジー作品だ。シリーズ物だからきっと面白いに違いない。期待に胸を膨らませながら2冊を手に取る。


 

 さて。この本を借りたらすぐに帰るべきか?


 ......いや。あの家に帰っても苦痛な時間が増えるだけだ。


 となるとここで読む? それも勿体無い気がするが。


 暫く悩んだ末、俺は図書室で一冊目を読む事を選ぶ。


 

 向かうのは定位置と言っても良い窓際の席。夏場は陽が差し込むから不人気な場所。でも今の時期ならこの時間は暖かく過ごしやすいんだ。目的の本が手元にある俺は、少しだけ気分が高揚したまま何時もの席に腰掛けた。そして期待しながら本をめくる。


 うん。この主人公の境遇は自分よりも辛い。両親と死に別れ夢も希望もない人生。そんな彼が怪しげな老婆に出会い、魔法と言う存在を知る。心の拠り所を得た少年がひたむきに努力する姿。何度も失敗を繰り返しながら成長していく過程に、ワクワクして読むのが止まらない。




「もうそろそろ閉まる時間よ?」


 


 そんな声が耳に入ったのは、物語が佳境に入った頃だった。しまった。集中し過ぎて時間を確認していなかったな。慌てて窓の外へ目を向ける。どれだけ本に入り込んでいたんだろう。普段なら騒がしいグラウンドも人がまばらだ。


 

 ん? 今声がしたよな? 図書委員の人だろうか?


 

 ゆっくりと視線を隣へ向ける。


 


 ジト〜。何時からそこ居たのか? 見覚えのある女子が机に頬杖をつき、隣の席から俺をジッと見つめていた。



 

「何時から居たって顔してるよね? ずっと居たんだけど?」


「な、何か用ですか?」


「はぁ。用があるから居たんだけどね」


「す、すみません。本に集中しちゃってて」


「あの〜。そろそろ閉めたいんですけど」


 

 隣の彼女に全く気づかないほど本に入り込んでいた。そのことにテンパってしまい、上手く受け答え出来ない俺に天の声。少し怒った声の図書委員さんだ。



「すみません! こ、この本の貸し出しお願いします!」


「うわぁ。この状況で借りるんだ」


 

 彼女の呆れた声がするが、続きが気になるんだ。図書委員さんも無言で手続きをしているけどな。テキパキと処理する手際の早さは流石だ。



「どうぞ」


「ありがとうございます」


 

 さぁ。目的の本も受け取ったし。この微妙な雰囲気は居づらいから帰ろう。俺は何時もの様に一礼して歩き出す。


 ......しかし。



「ちょっと。そのまま帰るつもりじゃないでしょうね?」


「え? か、帰りますよ?」


「アンタねぇ。この時間まで残ってた女の子を何だと思ってるのよ⁉︎ せめて図書室の鍵の返却ぐらい付き合いなさい」


「へ⁉︎」


 た、確かに今日は普段より遅い。それに外はうす暗くなってるな。で、でも図書委員さんは迷惑じゃ......って。もう2人共歩き出してるし⁉︎


 慌てて2人の後ろを追う俺。ん? 前の2人って知り合いなのか? 茶髪の派手な女子と黒髪ロングの大人しい女子って組み合わせに違和感満載なんだけど?


 ほとんど会話した事がない図書委員さんの笑顔を初めて見たかもしれない。



「笑うとあんな顔するんだ」


「ちょっと香織。言われてるわよ」


「ん? 別に普通じゃない? 図書室でしか会わないし」


 

 ついポロッと口から出た言葉が聞かれてしまった。怒ったりはしていないみたいで良かった。俺は罰が悪くなり下を向いてしまう。例の彼女はそんな俺を指差して笑っていたけどな。どうにも彼女は苦手だ。


 そのまま特に会話するでもなく職員室に着き、図書委員さんは鍵を返却。ふぅ。これで俺はお役御免だな。



「じゃ、じゃあ。俺はここで失礼します」


「だ〜か〜らっ! 帰る方向一緒なんだから、途中まで送れっての! 」


「え⁉︎ そ、そうなんですか⁉︎」


あかり。ほら。私の言った通りでしょ。彼は絶対に見てないって」


「ま〜じ〜ありえないっ!」


 

 どうやら俺が知らないだけで、2人共、俺の事を知っていたみいだ。と、図書委員さんの顔は知ってたけど。しかし帰る方向が一緒。と言う事は通学も......。


 周囲に壁を作っていたとは言え、流石に一度も見てないはずはない。関わりたくないってだけなんだけどな。ブーブー怒る彼女を宥める図書委員さんに感謝だ。俺はとりあえず2人に頭を下げ、本当に気づいていなかったと説明。


「まったく。こんな可愛い女の子に気づかないとか意味不明。もう忘れないだろうけどね。私はあかり。こっちは香織かおり。OK?」



「ア、アカリさんとカオリさんですね。で、でも名前で呼ぶのはちょっと......」


「ダメよ。カオリも良いでしょ?」


「そうね。名前の方が新鮮。よろしく。ユウタ君」


「カオリも相変わらず硬いわね。ユウタで良いのよ。ユウタで」


 いきなり女子を名前呼びとかハードルが高い。でもアカリさんの圧が強すぎて断れなかった。でも人前で呼ぶ機会はない......はず。


 放課後に本を借りに行っただけなのに、今日は大変な1日になってしまった。


 結局、この後2人と別れるまで俺はほとんど話す事はなかったよ。アカリさんは何か言いたそうな顔をしてたけど。女子と帰るってだけで面倒なのにさ。こんな所を誰かに見られていたら、何を噂されるかわからない。もうヒソヒソ言われるのは嫌なんだよ。


 

 俺は家に辿り着き急いで自室へ入ると、ベッドに飛び込んだ。ふと見ると、何時もの様に机の上に食事が置かれていた。


 もういつから食卓で食べていないのか覚えていない。


「ああ。本当に今日は調子が狂うなぁ。こんな日はサッサと食事して本の続きを読もう」


 普段は気にしない1人での食事に味気なさを感じつつ、俺は借りてきた本へ意識を移した。


 嫌な事を忘れる様に......。

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