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憩いの場所

よろしくお願いします

 俺は乃木のぎ 裕太ゆうた。現在20歳の大学生。一応彼女あり。


 人一倍、他人に対する壁を作っていた俺に、まさか彼女が出来るなんて想像もしていなかった。


 うちは幼い頃に両親が離婚してさ。父親の実家で祖父母と一緒に暮らす様になったんだ。


「母親はアンタを捨てたんだよ」


 祖父母はそう言っていたが、俺の記憶に残る母親は何時も優しかったよ。だから余計に現実を受け入れるのが苦しくてさ。小学生時代は完全に塞ぎ込んでいた。


 その後、俺が中学に上がったタイミングで父親が再婚。何の前触れもなく、突然やって来た新しい母親。



「今日からアナタの母親になります」


「ほら。お前も挨拶しないか」


「は、はじめまして。裕太です」


 

 今日から母親と言われても、どう接して良いか分からない。普通は結婚する前に俺に紹介とかあるだろうに。しかも既にお腹が大きい。未だ母親が忘れられない俺は、その女性と上手く接する事が出来なかった。だから一緒に暮らす様になっても、最低限の会話しかしない。


 

 そんな環境は弟が出来て更に変わる。それまではあった、ぎこちない会話も無くなったんだ。祖父母も弟に夢中だし、俺は家族の中で疎外感を感じていく。


 

 何時まで経っても打ち解けない他人より、血の繋がった自分の子供の方が可愛いのは仕方ない。俺はみんなが嫌いな母親の子供なんだから。そう考えた俺は自分から壁を作った。


 父親も俺を気にかける事は無くなり、1人自室に引き篭もる日々。もう家に居る事すら嫌になっていたが、だからと言って中学生の自分にはどうしようもない。


 そんな俺にとって本は、現実を忘れてさせてくれる唯一の存在だった。もうこの頃には家族以外にも壁を作っていたからさ。学校に行っても常に1人。だから休み時間は図書室へ通う毎日。


 

 その場所だけは何の気兼ねもなく、自分だけの世界に浸れる環境があったから......。


 

 そんな唯一の憩いの場で、俺は彼女に出会った。





◇◇◇




 

 ある日の昼休み。適当に食事をした後、借りていた本を返却する為に図書室へ向かった。



「お願いします」


「返却ですね。今、確認します」


「あっ! その本、アンタが借りてたの⁉︎」


 

 図書委員に借りていた本を返却した俺の背後から、そんな声がかけられる。俺はチラッと後ろを確認し、無言でその場を離れようとした。だって俺に話しかけて来る人間は、この学校には滅多に居ないんだから。しかもそれが茶髪の派手な女子なら、尚更関わりたくない。




ガシッ。


 


 カウンターから離れる俺の腕が誰かに掴まれる。



「ちょ、ちょっと⁉︎ 何で無視するのよ!」


「すみません。本は返却したので」


「ここは、この本好きなんですか? とか言う場面だし!」


「そう言うのは、他を当たって下さい」


 

 何やら顔を真っ赤にして怒っているようだが、俺は余計なトラブルに巻き込まれたくない。目立つのは勘弁して欲しいんだ。しかもここは私語厳禁。


 

 ほら。図書委員の人がこっちを睨んでる。


 俺は尚も腕を離さない彼女に、カウンターを指差す。



「ヤバっ⁉︎ カオリ。うるさくしてごめ〜ん!」


「ちゃんとルールを守ってね。ここでの大きな声の私語は......」


 

 彼女がサッと手を離し図書委員に謝り始めたタイミングで、俺は静かにその場を離れた。とは言っても図書室から出る訳では無いけどね。ここを出たって行く場所なんて俺には無い。まだ昼休みは時間が残っているんだから。


 俺は本棚から数冊の本を取り、空いている窓際の席へ腰掛けた。さっきの彼女は何やら図書委員から怒られていたし、きっともう帰ったはずだ。俺は持って来た本を吟味する。



「へえ。次はそれかぁ。私も狙ってたのになぁ」


 

 ......おかしい。


 何故この彼女ひとは、わざわざ俺に話しかけて来るんだ?


 ここで返事をすれば、きっと碌な事にならない。そう思った俺は、聞こえないフリを決め込む。大体の人は俺のそんな態度で離れていく。これまでもずっとそうだった。



「お〜い。無視?」



 机を挟み向かい側から俺に話しかける彼女。視線を本に向け顔を上げない俺。その状態でかなりの時間粘る。一体何の駆け引きなのか分からないが、負けられない戦いだ。



 彼女はジッとこちらを見たまま動かなかったが、諦めた様に首を振り歩き出した。ああ。勝ったよ俺。やっと行ってくれた。


 そう思い溜息をついた瞬間。



「これなら無視出来ないっしょ! 私を無視しようなんて甘いわよ!」



 帰ったと思った彼女が、俺の背後から顔を突き出したんだ。完全に意表を突かれた事で、驚いて振り向いてしまう。

 

 

 近い近い近い⁉︎



 息がかかるほど彼女の顔が間近にある。俺は慌てて飛び退いた。



「えへへ。やっとこっち向いたね。人と話す時はちゃんと目を見て話すって習ったっしょ?」


「な、何なんですか? 俺は貴女を知らないんだけど」


「私は1年B組の斉藤さいとう あかり。よろしく。C組の裕太」


 

 名前呼び⁉︎ と言うか違うクラスなのに、何で俺の事を知ってるんだ?




キーンコーン......♪




「ありゃ。昼休み終わっちゃった。じゃあまたね。裕太。次は逃がさないから」


 

 斉藤 (あかり)と名乗った彼女は、それだけ言って去って行った。俺はそのまま少しの間、固まっていたよ。



「やばっ。俺も教室に戻らないと」


 

 ベルに救われた俺も慌てて本を戻して図書室を出た。ああ。今日借りる本を選べなかった。もうロスタイムは無い。放課後にまた来ないと。


 教室に向かって走りながら、俺は呑気にそんな事を考えていた。


 さっきの出来事を忘れて......。

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