7、中学生としての朝
目が覚める。見慣れた天井。
枕元に置いてある時計を見るとそろそろ登校の時間だ。
布団から出て、布団を畳む。布団は部屋の端っこに寄せておく。部屋から出ると、長い廊下が俺を出迎えてくれる。やはりでかい家に住んでいいことはない。トイレまでの道のりが遠い。目を擦りながら廊下を歩き、トイレで用を足す。
トイレから出ると庭にクソでかい謎の装置が置いてあることに気付く。俺の家は和風な平屋、キレイノ家の御屋敷だ。当然庭のサイズも広大で新しくアパートを建てれるぐらいの土地がある。そんな庭の3分の1ぐらいがそのよく分からない丸い装置で埋まっている。しかもこんな装置昨日までは無かった。おそらくお父さんの仕業だろう。急いで自分の部屋に戻って、爆発したとしても自分の部屋だけは助かるように防御魔術を貼り付ける。
朝ごはんのいい匂いがして台所に入ると、犬がエプロンをして朝ごはんを作っていた。アフガンハウンドの特徴である灰色で髪のように長い毛のおかげなのか二足歩行で台所に立っているとお母さんみたいな雰囲気だ。
「ワン(おはよう、ご飯もう少しでできるぞ)」
「おはよう、元気そうだな」
「ボフ、ヴォフ(ユサは中学生。ボク、毎日ご飯作る)」
「ありがとうフタバ。助かるよ。」
「ォン!!」
フタバは自慢の前足でうまいことフライパンを掴み、箸を上手に使ってだし巻きを巻いている。毛が落ちないように両前足にはアームカバーをつけていてかなり可愛い。俺が誕生日にあげたものだ。ずっとつけてくれていて、ちょっと嬉しい。
俺は卵がやける音を聞きながら、席に座ってスマホをいじる。
「クフン(出来たぞ)」
フタバは卵焼きをフライパンから皿に移動させ、レタスやらトマトやらを盛り付ける。自分の分と俺の分、ふたつの皿をテーブルに並べていく。
今日の朝ごはんはチーズがたっぷり乗せられたトースト、卵焼き、サラダ、そして味噌汁だ。
「いただきます」
「ワン!」
フタバの作る料理は普通。味付けは白だしのみ、卵もスーパーで買ったものだ。故に美味い。個性を出そうと余計なことをするから美味しくないなどという事態が発生するのだ。ごくごく普通の卵焼きは最高に美味い。
「ゥォフ、ァん(そういえばお母さん肉じゃが置いていってくれたんだった。食う?)」
「いや、オレはフタバの料理が食いたいからな。……あー、帰ってきたら食うよ」
「クォン(そっか……)」
うん、ごくごく普通の卵焼きは最高に美味いな。
10分くらいで食べ終わって、身支度をする。学ランを着て、通学カバンを持って、靴を履けばもう中学生。玄関に置いてある姿鏡で自分の姿を見てもなんだかしっくりこない。
そうやって姿鏡を見ていると、たったかたったかフタバが四足歩行で走ってやってくる。
「ワン!ボ、ゥオ(ちょっと待てユサ。ボクも外出する)」
フタバは魔術を使って流れるように人間へ姿を変える。身長は140cmぐらいで、長い髪のせいで女の子っぽい見た目だ。そして裸だ。
「待て待てフタバ。人間になるなら服着ろっていつも言ってるだろ」
「知ってるよ、ユサ服選んで」
裸になったフタバに服を着せるため玄関脇のクローゼットを開く。パンツ、シャツ、デニムショートパンツ。それぞれてきとうに取り出す。フタバはそれを確認することなく素早く身につける。
服を着せると完全に女の子だ。いや、服を着せなくても女の子だったし、フタバは最初からメスのアフガンハウンドなんだが……。
「じゃ、ユサ。ボクはスーパーに行くから途中まで一緒に行こ」
「わかった」
家を出て、玄関の鍵を閉める。鍵を閉めるとキィンと魔術が発動する音がして、扉にロックがかかる。
人生で二度目の中学生としての朝。通学路は別に光り輝いていない。勉強だって別に……楽しみって訳では無くはないが。うん、楽しみって訳じゃない。
ただ、フタバは俺と長く一緒にいれるからと嬉しそうだ。ふとフタバを見るとニッコニコな顔を俺にみせてくる。今フタバは人間の姿だが、しっぽをぶんぶん振り回す幻影が見える。
「あら、よくきたわね」
そんなこんなしていたら、例の天使に話しかけられた。集合予定は今日の夕方だったはずなんだけど……。
「ちょっと早いような気がするけど……ここに来たってことは準備できたってことね?」
「いや、できてないけど」
「えぇ……どうしてなのよ!?」
どうして? はこっちのセリフだ。