6、生き残りの天使(2)
何を言われたのかなんてもちろん分かっていない。異世界とか、魔王とか、急にファンタジーな話になったんだ。俺だって混乱している。でもそれに関しては多分、俺が理解出来なかった小難しいとこで説明されるはずだったんだろう。
「わからんとこ質問していいか?」
「いいわよ」
「つまり俺を異世界に連れていくってことだよな? 俺、軍の命令で中学生やらなきゃだめなんだけど両立できそう?」
だから俺が聞くのは、もっと俺に直接関係がある事だ。なぜ俺がそんなことをしなければならないのかではなく、俺がそれをしてデメリットがないかどうかだ。
「りょ、両立? なんか難しいこと聞くわね。まぁ出来ると思うわよ。多少時間を操作すれば大体の問題は解決できるわ」
「時間を操作とかしれっと言いますね」
「まぁ隠すようなもんじゃないでしょ」
時間を操作するから大丈夫……か。ホントに、俺がこれまで会ってきた天使とは訳が違う。戦場でも、天使の中で特に強い天使は上位天使とか呼ばれていたがそういうレベルじゃない。
飴を咥えながら、キョトンとした顔でしれっとなんでもやってしまう。まるで無敵みたいな存在。
俺は悩んだ。退屈な中学生生活、ほっとくと危険なんてレベルじゃない天使、謎の異世界、俺の実力。全てを加味して行くか行かないか。
「とりあえずお前は信用できる」
だがとりあえず、その結論だけは先に出た。
「ふーん、私、あんたに信用されるようなことした覚えないんだけどどうしてそう思ったのかしら?」
「お前は俺の格上だ。そんなお前がわざわざ交渉をもちかけている。何も知らせずに異世界にぶち込んで『魔王倒すまで帰れまセーン。あとは知らないので頑張ってくだサーイ』みたいなノリにすることもできたのに、それをしなかった。それが根拠だ。あとは勘だな」
天使はポカーンとしていた。けっこう普通のことを言ったと思うんだが……。なんか選択を間違えたのだろうか? 俺がそう思っていたら、天使が笑いだした。
「……んふっ、ふふふふふ……ふふ、ふぅ。そんなこと言ったのあんたが初めてよ。いいわ。あんたを連れていくことにする。今日、明日、明後日、いつ都合を合わせられるかしら?」
この天使は、他の人間にも同じように声をかけていたんだろうか? 俺は何人目なのだろうか? 新しい疑問が生まれたが、そういう細かいことはあとで聞けばいいだろう。
「明日までに戦闘準備を整えておく」
「わかったわ。じゃあ明日、この場所でまた会いましょう。あー……そうね、あそこのベンチで私は待っていることにするわ」
天使はそう言って、すぐそこにあるベンチを指さした。そのベンチには雨風がギリギリ防げるぐらいの屋根がついている。ちょっとした休憩スペースみたいな場所。
「わかった」
「じゃあ、よろしく頼むわよ」
天使はそう言って俺の手を取った。
握手だ。ただの握手だ。
しかし河川敷、夕日が沈みゆくオレンジの空、ものすごくイイ雰囲気。天使とはいえ美少女と手を握っている事実にさすがの俺でも頬が熱くなる。いや、恋愛経験も女性経験もないので当たり前だろう。
「そうそう。私のことは誰にも話さないで欲しい。天使が生き残ってるって情報は、現在あんたしか知らないの。あんた以外にその情報が渡った時はあんたが裏切ったって判断するわ。“また”大勢の記憶消し処理するのはめんどくさいのでやめてちょうだいね」
「ああわかった」
少しボーッとしてしまい、反射的に頷いてしまった。頷いたあと、秘密を2人で共有か……としみじみする。
はぁ〜、可愛いって罪だよな。
恋愛感情とか、なんだとかそういうアレではなく、可愛いもんは可愛いなのだ。
いや待て。違うだろ。コイツ今、またさらっと凄いこと言ったな。“また”大勢の記憶消しするのはめんどくさい……だっけ?
あー、うーん。もう考えるのはやめよう。
とりあえず今は、コイツが人類にとって敵じゃなさそうなことを喜ぼう。
「じゃあ私はおうちに帰るわ。あんたの家はあっちでしょ? 私はあっちだから逆方向ね」
夕日の中、そう言って悠々と河川敷を歩いていく彼女を見ても、俺は尾行しようなんて気が起きなかった。俺はその場に止まって、彼女が視界から消えるまで、見送り続けた。
もうほとんど闇に飲まれ、地平線が微かにオレンジ色なだけの夕方。女の背中を見つめ続ける俺は……何なのだろう?
「あ、名前聞くの忘れた」