5、生き残りの天使(1)
コロシアムを後にして帰路につく。リタとは家が全くの逆方向で帰り道は別々だ。
飛行して帰りたいところだが無駄な魔力は使いたくないしな、と歩いて帰る。夕日に照らされた河川敷を見て、これが俺の守っていた日常なのだと感じつつ、中学生らしく、道の石を蹴りながら帰ることにする。
カツン……コロコロ。
カツン……コロコロ。
いや、つまんない。この遊びつまんないぞ。知ってたけど。……そういえばこうやって、家に普通に帰るって初めての経験だよな。
自分が蹴ったちっさい石。それを見て、なんだかセンチメンタルな気分になる。
……。
「誰だ?」
振り返って、尾行している誰かに指を指す。
河川敷の土手の上、車なんてほとんどこない道路。俺を追ってくるような人はいないはずだ。俺は今、紛うことなき中学生。うちの軍人ならまぁ隠れて護衛とかする人はいるかもしれないが、それならそれで俺に連絡があるはずだ。
他の国の軍なら……どうだろう? 俺は独断先行、戦果の独り占めなど、一応怨みを買いそうなことはしているが、それ以外に心当たりがない。
天使が現れた。
夕日に照らされた河川敷のごくごく普通の道路の上で、漫画の次のコマに移動したみたいに突然、今場面がバツンと切り替わったように突然、天使が現れた。
彼女との距離は約2m。
この距離でも目を凝らさない見えないほどに透明な天使の輪、夕日を受けてオレンジ色に光る真っ白な髪はツーサイドアップにまとめられている。服装はスカジャンとデニム。白い太ももが美しい。
しかし天使は敵。
俺は慌てない。今は模擬戦のような縛りが一切ない。即座に戦闘態勢を取り、『フライエンジン』の術式を3つ展開。一つは使う用、一つは術式を破壊された時の予備、そしてその2つを保護しつつ、いざと言う時に使える3つ目を――。
パリィン。
気持ちがいいほど爽快な音が鳴る。術式が全て、一瞬で介入され、握りつぶされた。
つまりコイツは【キャンセラー】。術式破壊専門の魔術師殺しだ。困惑する前に事実確認。コレをされたのは初めてではない。
【キャンセラー】の対応策は簡単だ。魔法を使わなければいい。魔力の体内操作で肉体を強化、接近戦を持ち込めば……。
1歩踏み出して気付く。
肉体強化がされていない。
今このタイミングでミスった!?やべぇ……。
いや、違う。介入された!?
と思いつつも、高速戦闘において、体の感覚が違うというのは絶望的。その場で無様にすっ転ぶ。
べしゃあ。
遭遇からまだ一秒も経っていないというのになんと不甲斐ないのだろう。
「ちょっと何してんのよ。立てる?」
天使が心配したような声を出して近寄ってくる。俺がこんなことになっているというのに一秒以上攻撃をしない?
ということは戦意が無いということか。
倒れた体制から見上げると、手を差し伸べられているとわかる。俺を心配するその姿。どんな攻撃をされても、術式完成前に握りつぶすことが出来る。そういう自信の表れだろう。
大人しく差し出された手を取って立ち上がる。
「お前、強いな。対応策とかも思いつかずに為す術なくやられたのは初めてだよ」
「ほんとああいうのやめてよね! びっくりしちゃうでしょ」
俺がそうやって話しかけると、怒った表情をしてそんなことを言っている。あの速度の術式展開をしてもびっくりした程度の感想で対応できるのか……と気落ちしつつ話をする。
「えっと……とりあえず、話聞いてくれるよね?」
天使は棒付きの飴ちゃんを咥えて俺の様子を伺ってくる。俺は長年天使と戦ってきた。だが、こうやってまともに話をしようとする個体とは初めて遭遇する。
とりあえず、いざという時のためにいつでも魔術を使えるようにスタンバイだけして――。
パリィン。
は、無理そうなので大人しく話を聞くことにする。
「で、天使が何の用だ?」
「あんたも知っての通り、天使は全滅したのよ」
「はぁ? お前も天使じゃねぇか」
「……話を遮らないでくれるかしら?」
「あ、スマン」
どうでもいいタイミングで怒られてしまった。天使は少しイラついたような顔をして、咥えた飴をぴょこぴょこ動かした。
ちょっとの間黙っていると、また説明が始まる。
「全滅した天使っていうのは老害の天使たち。話を聞かない、頭が悪い、主張を変えない、ろくな給料を出さない、休みをくれない。まさにクソオブクソみたいな連中。それが全滅したってわけよ。だからこの世界に現れるモンスターの数が極端に少なくなっているでしょ?」
「確かに」
「あんた達人間は知らないだろうけど、天使がモンスターをつくらなきゃ行けない理由っていうのがあってね、まぁ細かい説明を省いてわかりやすく言うと、天使はモンスターを作らないと死んでしまうのよ。だけど私たちは――」
「あー、ちょっと待った」
「今度は何?」
俺は天使の説明に待ったをかけた。キレ気味で聞き返されてちょっと怖い。それでも俺には言わなきゃならないことがある。俺はキリリと真剣な顔を作り、心の底から思っていることを言う。
「ぜんっぜんわからん」
「……。」
「なんか、小難しくてぜんっぜんわからん」
「……。」
「つまり、どういうことだ?」
「……。」
天使は頭を抱えこんでしまった。
いや、確かに重要な話をしていることはわかる。天使の世界に老害がいて人間に迷惑をかけたとか言ってたか? あとアレか、モンスター作らないと生きてけない的なことも言ってたな。
初めて聞いた。軍部所属で割と国家機密を沢山知っている俺でも初めて聞いた情報だった。おそらく今からされる説明は俺の知らない超重要情報が盛りだくさん詰め込まれているのだろう。だからこそ俺は止めた。
これ以上は覚えられないのだ!!
「…………わかったわ。もっと短く伝えるわね。あー、まとめるからちょっと待ってなさい。」
天使は長めの沈黙があった後、ため息を吐きながらそう言った。頭を指でトントンとつついて考える仕草をしている。そういえば、天使と戦場以外で面と会って向き合うのは初めてだ。
まつ毛が長い。よく見ると瞳孔は縦に割れていて猫みたいだ。
「あー、OK。わかったわ。じゃあよく聞いてね。あんたには異世界で魔王を討伐してもらうわ。討伐できなければ人類は滅ぶから注意してね。……あー、でもまぁ、断られたらその時はその時で違う人に助けをもとめるから心配はしないでいいわよ」
「なるほど、よく分かった」
「えぇ……こんな説明でわかったの?」