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1、戦いの終わり

 殴って。殴って。撃って。

 飛んで。撃って。弾いて。

 裂いて。飛んで。裂いて。

 幸せ。幸せ。幸せだ。

 心が踊る。これをするために生まれてきた。これをするために育てられてきた。そう両親に言われ続けてきた。

 それとは関係なく、俺は戦いが好きだった。


「お前、ホントに戦い好きなのな」

「リタ! 意識が戻ったのか! 待ってろ。お前が死ぬまでには医者に見せてやる。死にさえしなけりゃ回復魔術でどうとでもできる」


 その日は、敵襲で基地が壊滅した日だった。俺は深手を負ったリタに肩を貸し、生き延びるために逃げていた。リタの体からは血が滴り落ち、俺の体は右半分がぐずぐずに焼焦げている。

 それでも俺は前に進んだ。

 損傷しなかった頭をフル回転させ魔術を使い、無理やり体を動かしていた。


「俺は……戦いで死んで楽になりたかったんだ。痛いのはもう嫌だ。いつの間にか眠っていて、気付けば病院のベッドの上なんてもう嫌だ。嫌すぎる。」

「お前、何言ってるんだ。おい、しっかりしろ」

「俺は、修行が嫌いでよ。でもお前は修行が大好きでよ。空気も読まずに修行ばっかりせがんだよな。あれ、ほんといい迷惑だったんだぜ?」

「おい、リタやめろ。口を開くな。それ以上なんも言うな。魂が死ぬ! 満足した魂は成仏しやすいってお前も知ってるだろ! おい! お前は、まだこの世に未練を残しておくべきなんだよ!」


 リタはそれでもなお、うわ言のように話を続ける。顔は見えないが、かすれた声と消え入りそうな雰囲気、その全てが死に際であることを知らせている。

 

「ヒュ……大丈夫だ。俺は死ぬつもりなんてねぇ。まだ恋をしてねぇ。学校に行ったことがねぇ。……あと、俺はギターが弾きてぇ、でも……」

「その先は絶対言うな! でももヘチマもないんだよ。」

「俺はもう……疲れちまったよ」

「やめろって言ってるだろ」


 リタはそれ以降話さなくなった。俺は泣いた。俺だって死にたかった。今の俺は魔法で補ってるだけで右半分が完全にないのだ。それでも生きるのだ。それでも、それでもと生命にしがみつき、引き摺って引き摺って病棟にたどり着いた。

 そこから先俺は覚えていない。

 目を開けれるようになった時、俺の目に入ったのは見知らぬ天井だった。


「なぁ、リタは生きているのか?」


 第一声で俺は医者に聞いた。体が動かせないが、口だけは動かせた。医者は驚いた顔をして、大丈夫ですか? とか、自分が誰か分かりますか? とか聞いてくる。

 それでも、重い口を開いて、リタについて聞き続けた。辛い知らせを聞く覚悟をして目をつぶった。


「リタさんは生きていますよ。」


 ああ良かったと安心した俺はフゥと息を吐き、意識を失った。

 目覚めたら、また戦おう。今度あの化け物に会った時、俺一人で倒せるぐらい強くなろう。

 そう決めて、眠りについた。


 しかし、そうはならなかった。

 俺の怪我は俺が思っていたより重症で、何ヶ月も入院することになった。2ヶ月の入院でようやく生命の危機を脱し、4ヶ月の入院でようやく失った右足が生えた。もう俺は元気だった。あとは右腕さえ生えれば戦場に出れる。

 そう思っていた。


『ただいまニュースが入りました。天使撃滅隊により天使の全滅が確認されました。現在指名手配されていた幹部級天使が完全に消滅し、残すは残党処理のみとのこと。それに伴い、大規模な軍部縮小が行われるとのことです。

その先駆けとして、義務教育を受けることが出来なかった二十歳以下の少年兵は全員軍から退き、義務教育を受けることになるそうです。』

『いやー、よかったですよね。』

『ほんとに良かったですよね。軍部縮小により全少年兵の解放が順次行われるなんて、二十年前ならありえないものだったはずですよね。才能があるか子供を前線に立たせるという政策に難色を示す人も多かったですし。いやー、これからいい時代になりますよ。』

『ホントにそうですよね。』

『あれですよね。失ってしまった青春を取り戻すとかいうやつですよね。いい時代になりましたよね』

『二十歳を超えている元少年兵も、申請さえすれば義務教育を受け直すことが出来るそうです』

 俺が傷を癒している間に、全てが終わっていた。

 俺が傷を癒している間に、俺は兵士ではなくなってしまった。

 子供だから、だそうだ。

 今更なんなんだよ。子供なのに戦争に参加させられて、子供だから甘えるなと育てられ、それで全てが終わったら子供だからもう戦わなくていい……と?

 そんなモヤモヤが積み重なって積み重なっていた俺の元にも通知が来た。


 俺は、その通知書を片手に隊長の元に殴り込んだ。


「これは一体どういうことですか!? 俺はもう十八歳なんですよ。人によっては中卒で働き始める年頃だ。それなのに、中学教育からやり直せだなんて……一体何を言ってるんですか。意味わかんないですよ」

「ユサ。やはりきたか」


 赤い髪を後ろで括ったポニーテールな隊長。真っ赤な口紅を付けているにも関わらず、頬で目立つそばかすを消していない。

 四年前に郡に所属したばかりにもかかわらず、天才と呼ばれあっという間に昇進した俺の上司。


「やはりきたかじゃないんですよ。私の軍部所属は三歳からだから十五年キャリアですよ!? 少年兵とかじゃなく、正規で軍に入った二十歳とか二十五歳のペーペーなんかよりもっとずっと長くいるのに、それなのに排斥ですか!? 何ですかそれ。」

「あー、落ち着け。落ち着けって。」

「落ち着け……ってなんですか!? これが落ち着いていられますか!?」


 俺がわめいて叫んで、ぶつけどころの分からない気持ちをぶつけていると、隊長と目が合った。憐れむような目だ。俺は後輩(・・)にすらそんな目を向けられていた。

 頭の熱が一気に冷め、俺は下を向いて黙り込んだ。

 そんな俺の姿を見て、隊長はおもむろにタバコへ火をつける。蓋を弾く金属音も、炎がもえさかる音もよく聞こえる。


「結論から言おう。普通の人間はお前ほど戦いが好きでは無いのだ。」

「俺は……」

「お前以外の少年兵はいつも口を揃えて言っていた。学校っていうやつがあるから行ってみたい。遊園地ってどんな所なんだろう? ゲームっていうのが面白いらしいよ。この戦争が終わったらペットを飼って一緒に暮らすんだ。エトセトラエトセトラ」

「俺は……」

「そんなお前たち戦争の犠牲者、哀れな戦闘兵器たちはどう控えめに考えても戦争の英雄だ。奨学金は大学、大学院まで全額排除。卒業後も現時点で軍属している少年兵が死ぬまで自由にクラスだけの金は国が出してくれるだろう。」

「でも俺はそんなこと」

「望んでない? そんなこと望んでない? 本当にそうか? お前には今、軍属しか選択肢がないだけだ。お前はこれまで戦いしかしていなかったんだ。お前は、精神が子供のままなんだよ」


 俺は、涙を流して膝から崩れ落ちていた。自分が今、一体どういう感情をしているのかわからない。なんで泣いているのか分からない。

 ただ俺は「俺は」と言い続け、まとまらない思考をまとめられないまま、隊長の前で泣き続けた。目を開け、ただ涙を流した。

 隊長が吸っているヤニの匂いだけを感じている。回転する思考のせいで平衡感覚を失いそうだ。


「俺は、どうすればいいんだ?」

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