つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
本が好きな彼の前で可愛いことを認める私
謙遜する人は実は結構自分に自信がある説ってあるじゃん。
あれはわりかし当たってると思う。
私はずっと容姿にあまり自信がなかった。
だけどお姉ちゃんからオシャレを教えてもらって、創意工夫を重ねることにより、そこそこ可愛く取り繕うことができるようになった。
そんなくらいの時になってから、私は時々ぽっと、「私可愛くなくて地味だから」みたいに言うことが増えた。
まあつまりは最近そういうことを言うようになったってこと。
性格悪いよね。
なんか自分の性格が悪いなって思う時って、他の人の性格の悪さにムカついている時より、ずっと苦しい。
なんか、うわー、まじかー。いやだめだなあマジで。
みたいに、語彙力も生贄になったりする。
そんな私は、今日の昼休みにも、ふとした会話で、「可愛くないからつら」みたいなことを言っちゃった。
だから……五時間目が始まったばかりの今は、自分のこと大嫌いモード。
ぱらぱら。
隣で静かに紙をめくる音がした。
その音を聴いているのは多分私と、紙をめくった本人だけ。
また本読んでる。授業中に関係ない本。
なんかラノベじゃないけどラノベに似てて、けどけど違うみたいな。
キャラ文芸っていうのかな。そういう本を、隣の席の男の子、畑谷くんは読んでる。
だいたい表紙を見る限り、学園ものかお仕事もの。
異世界とかに旅立つことはなく、とても現実に即した物語に、隣の彼は入っている。
「……ん? も、もしかして僕当てられた?」
「ううん。違うよ。ごめんね。見てただけ」
「そっか。いや……気を散らしてごめん」
畑谷くんは本を閉じた。
「あっ、全然読んでていいからっ」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、読もうかな」
そうしてまた読み始めた畑谷くん。
そんな畑谷くんとは、ただの隣の席の人って関係ではない。少なくとも私はそう思ってる。
だけど……それは結構昔の話で。
今は……隣の席って関係かもしれないね。君とは。
放課後。クラスの中でもイケメンとか騒がれてる山町に、ショッピング&カラオケに誘われた。
可愛く取り繕って、ファッションにも詳しくて、歌もそこそこ可愛い声で歌えれば、まあ結構そういう誘いがくるもんである。
「ってことで美菜行こうぜ」
「あー、今日私ね、用事あるから」
「あ、そうなのか。あれか、バイト」
「いやお金出てないからボランティアかな」
「あー、なるほど。いやまあとにかく偉いな。じ、じゃあ来週とか、あ、遊びに行きたいかもみたいな感じだからじゃあな!」
あー、素早く行ってしまった。
なんかイケメンで人気者なのに、微妙に私と話す時おどおどしてる? 感じなんだよね。まあそういうところもあるのかな。みんなの前で発表しはるときとかはすごいすらすら話してるのに。
まあそれはいいや。
別に嘘の用事で断ったわけではない。
ほんとに、今からボランティアに行くのだ。
☆ ○ ☆
私が向かったのは、児童館。
その中の交流スペースで、古本を売るのが、私の仕事だ。時給は〇円だけど。
性格の悪い私がどうして時給〇円のことをしているのかというと、昔の居場所だっからである。
ちなみに言っておけば、畑谷くんの居場所でもあった。
今ではただのクラスメイトというか、まあ隣の席だったらまあそこそこ話すみたいな感じの関係だけど、児童館にいた頃は結構二人で仲良かったんだよね。
とはいえ、側から見たら仲良くなさそうに見えたかもしれない。
そう、ほぼただ古本を読みあさっていただけなのである。
どうしてあの頃の私はあんなに読書に熱心だったのかなあ。割と謎。ううん。謎じゃないのかな。
畑谷くんは全く謎ではなくて、当時も今も本が大好きな男の子だった。
そんな畑谷くんをなんとなく思い出しながら、私は児童館の入り口でくつを脱いだ。
☆ ○ ☆
「大丈夫? なんか体調悪い?」
「……ううん」
首を小さくふる小学生の時の私。
まるでおびえた砂漠のうさぎのような反応だった。
別にただ誰かが話しかけてくれただけなのに。
そんなになっちゃう私。
ちなみに体調はめちゃくちゃいい。
全くもって元気な私は、ただ単に、人が苦手というか、友達がいなかった。
そして、自分が……嫌いだった。
基本誰とも話せないし、何か喋ればそれは誰かの迷惑になる。
それくらい自分はしゃべり下手で、まあつまりはコミュ障で、だけど……それなのに私はどう頑張ったって児童館の隅を陣取っているのだった。
児童館の遊び部屋の隅は四つある。
四角だから当たり前だね。
一つはピアノが置いてある。
もう一つは、棚が置いてある。
残りの二つのうち、片方は私がひとりぼっちで座っている。
そして、最後の隅には……畑谷くんが座っていた。
いっつも本を読んでた。
しかも児童館に売りに来てる古本屋の古本屋を、立ち読みじゃなくて……座込み読みっていうのかな、とにかく隅に座って物語の世界に行っちゃってた。
すごいよね。
ぷるぷる震える私とは違って、畑谷くんはひとりぼっちでも、小国を形成している。
本が楽しいから、そうなるのかな。
どうなんだろう。
私は結構長いこと、不思議に思っていた。
そんなある日、私がいつも通り児童館の隅のうちの一つに座っていると、畑谷くんが何故か私の近くにやってきて、本を読み始めた。
え、なんでだろう? と思って、畑谷くんがよくいる隅を見てみれば、荷物が置かれていた。
あー、場所がなくなっちゃったのかあ……。
話しかけて……みようかな。
うーん。やめとこうかな。だって私、話したいことがあるわけじゃないし、なんも面白い方向にならないし。
きっと畑谷くんの読んでる本は、とても面白いんだし。
「……ねえ、何してるの?」
「えっ」
まさか本から飛び出して話しかけられるとは思わなかった。
本から飛び出したって変な言い方かな……。いやそれはもう変ってことでいいからさ。
何してるの? って訊かれてるよ私……。
うーんと。
「何もしてない……」
「何もしてないの?」
「うん、座ってるだけ」
「座ってるだけかあ……座ってるだけに飽きたらさ、本読んでみてよ。これあげるから」
「あ、ありがとう」
一冊の本が渡された。あげるって……これ古本屋さんのだよね? まあ後でちゃんと返そう。
私はそう思いながら、本を開いた。
なんか本を貸してもらうのとか、初めてだった。いや貸してもらってないけどね。古本屋さんのだから。
そしてそれから時が過ぎた。
児童館に遊びにきた畑谷くんと私以外の人は、たくさん遊んでいた。
その声がいつも私を寂しくしたりするんだけど、今日はなんか違った。
隣には、ちょっと変わった、男の子がいる。
そして、私の手には、物語がある。
ネズミが冒険して、砂漠の真ん中のオアシスに取り残された仲間を救いに行く話だった。
オアシスと言っても段々と干上がっていっちゃうオアシスだから、最後はすごくハラハラした。
色々と想像したりした。どんなことかっていうと、ネズミは一日でどれくらい移動できるのかなあ、ネズミって私たちが知らない言葉で話してるのかなあ、とか。
そしたら夕方になっていた。
「面白かった?」
「うん!」
「お、よかった。……なんていうか、人に本すすめたりしたの初めてだったから、嫌が来れてたらどうしようかと思った」
「嫌じゃなかった。すごくよかった。ありがとう」
「じゃあ……また本、一緒に読もうぜ」
「うん……!」
とても久々な、とても大切な友達との約束だった。
☆ ○ ☆
そんな畑谷くんと約束したり、それから一緒に本を読む日々を過ごしたり。
そういった思い出がある、児童館の中の小さな古本屋さんの、売る側の人になるとは思わなかった。
でも、自分から応募したし。
応募した理由は、落ち着きたいからである。
高校生になると、私はだいぶ色々と付き合いができるようになった。
だけどこれまで書いた通り、人と過ごしてるだけで色々と私の性格の悪さが出るから。
それを一旦落ち着かせるというか、忘れるというか。いや、忘れたいんだけど、自分にちょっと怒ってみるとか。
まあそういうことをする時間なのだ。
幸い、児童館の子供はあんまり本を買わない。
畑谷くんと同じような、座り読みである。
もちろんたまには買う人はいるけど、基本的には、児童書が図書館みたいに読める場所になっているのだ。
一人で読んでる人もいれば、並んで読んでる人もいる。
私も一人で本を読んでいる。
学校ではあんまり読まないくせに、ここでは読むんだよね。
とその時。大きな人影が。
大きな人影っていってもそこまで私とは変わらないけど、でも小学生よりは大きくて。
見てみたら畑谷くんだった。
「え」
「うお美菜」
「うおみな」って感じで、畑谷くんは言った。
私は、苗字が西若崎と言いにくいから基本下の名前で呼ばれる。
「畑谷くん、ここにきたの……久しぶり、だよね?」
「久々だな。近くまで歩いてきたら行きたくなった。ていうか古本の店員なんだね」
「うん」
「めっちゃ座り読み黙認してるし。まあ僕たちもやってたもんな」
「最初のきっかけは畑谷くんだもん」
「そうだな。まあね」
なぜかドヤ顔三十パーセントくらいでそう言う畑谷くん。果汁三十パーセントみたいな感じ?
いや絶対違うけど、なんかここだったら、いつもよりも畑谷くんと話したくなる。
「……エプロン、可愛いな」
「えっ」
「いやその本屋さんっぽさのあるエプロン、似合ってるなあ。しかも制服の上からなのが文学JKであることを確信させるね」
よくわかんないけど可愛いんだ……ってあれでしょ。
可愛いって、だからそこそこオシャレしてそう見えるんだって。
でもエプロン姿が可愛いって……なんか違うのかな。
でも、可愛くなんてない。そこまでは。
なのに否定……したくなかった。
性格悪いモードになってしまうから。
「あ、ありがとう……」
だからお礼を言った。
あの時……本をいきなり渡された時と、同じくらい戸惑いながら。
「……予想以上に照れてるな」
「そ、そう?」
なんでそこまで照れてるのかな……? 私。
まあお世辞みたいなもん! はい落ちつきました。
「どう? 懐かしい?」
私は畑谷くんに訊いた。
「懐かしいな」
畑谷くんはそう答え、私の前の古本が並んだボックスに手を伸ばした。
一冊の本を手に取る。
畑谷くんと私が小学生の頃から続いてる、ネズミが辺境の地を冒険するシリーズだった。
「おおー、確かこのシリーズだっけ。美菜に最初貸したの」
「そうだね。っていうか覚えててくれたんだね」
「そりゃあな。初めてできた友達に貸した本だもんな」
「まあ貸してはないけどね」
「そうだったわ」
畑谷くんは笑った。
そうして私は思う。
やっぱり結構好きなんだなあ、畑谷くんのこと。
☆ ○ ☆
そしてそれから、夕方になって、畑谷くんと私は帰っていた。
かつての日常……小学生の時と似た光景。
もちろん違うところはたくさんある。
でも、違うところを見つけようとすると、結局隣の席でいつも一緒に授業を受けている時を思い出し、そうすると、それは、今の日常の光景になる。
その二つがいい感じに繋がった気がするから、私は心なしか機嫌が良かった。
まあ大体そうやって機嫌がしゅんしゅん上下するところが私の性格の悪さではあるけれど、なんかそれも許してって今なら勝手に思えたりする。
「明日、授業どういう時間割だっけ」
畑谷くんが訊いてきた。
「えっ覚えてないの? 地理、化学、現代文、数学、体育、芸術、でおしまい」
「おおー、ほぼずっと本読んでられるな」
「いや現代文の時くらいにしときなよ」
「うーん」
「最近実は私がちょこちょこノート見せてるから助かってるみたいなところない?」
「あるな。ありがとう」
「はい……でも授業は聞いたほうがいいよ」
「まあそうだな。たまに児童館にきてのんびり読むか本は。そもそも小学生ばっかりだけど、児童館って高校生まで来ていいんだよな」
「まあそれはそうね」
「うん、そうしよ。エプロンも可愛いしな。美菜の」
「そうでしょ?」
私が恥ずかしがることをまた言う畑谷くん。
だから私は思いっきり、可愛いってことを認めてやった。
そうするとすっきりして、自分のことがちょっぴり好きになって。
そして畑谷くんのこともちょっぴり、また好きになったりするのだ。
お読みいただきありがとうございます!