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繰り返す、夏の黎明  作者: 結城ヨルカ
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夢野ましろ〈序〉

 そこら中にゴミが散乱した手狭なワンルーム。

 昼間にもかかわらずカーテンはしっかりと閉め切られ、室内には薄暗く陰鬱な雰囲気が漂っている。

 そんな、まだ真新しさの残る大学寮の一室で、青年はコックピットを想起させるようなオフィスチェアに腰かけ、不敵な笑みを浮かべた。


 青年の目の前には最新機種のゲーミングPCと、キーボードやマウスを含めたその他機材一式。

 それらから放たれる彩色豊かな光は、薄暗い室内を微かにカラフルに照らし出している。

 そして、正面の大画面モニターには、銃声鳴り響く殺伐とした戦場の様子が堂々と映し出されていた。

 もちろん、戦場と言っても本物の戦場ではない。

 今、若者の間で人気の一人称視点シューティングゲーム『Bullet of Field』における仮想の戦場だ。


 航空を移動する飛行船から100人のプレイヤーが広大な戦場目掛けて一気に降下し、マップ上に配置されている近未来的な重火器を用いて生き残りをかけた銃撃戦を行うバトルロワイアル形式のオンラインシューティングゲーム。


 当然、硝煙の匂いも、爆ぜた薬莢に残る熱も、撃ち抜かれた時に感じる焼けるような痛みも、ここには存在しない。全ては仮想の産物。謂わば、ただのまがい物。


 それでも、この戦場に降り立つプレイヤーたちは皆、神経や感覚、時には運命すらも自身が操作するアバターに投影させ、ただならぬ緊張感の中で最後の生き残りをかけた熾烈な争いに身を投じる。

 そんな、他では味わうことのできない快感にも似たスリルや迫力が人気となり、今ではユーザー数全世界5000万人を超える超人気作品として広く知られている。


 ——そして、この部屋の主である彼もまた、『Bullet of Field』におけるプレイヤーの一人として、この戦場に降り立っていた。

 青年は、自分以外無人の室内で高らかに声を上げる。



「……きたきたきたきた! カモが来たァ‼」


 広大なマップの北西に位置する廃墟地帯。

 その中でも特に見晴らしのいい高層ビルの屋上に、彼が操作するアバターは待機していた。

 手には支給品の中でも最高ランクの対人ライフル銃。背中のバックパックには手榴弾や回復アイテムの他、近・中距離用のサブマシンガンが一丁装備されている。

 青年のアバターが現在待機する高層ビル内の敵は、数分前に彼が一人ですべて排除した。そのため、この廃墟ビルは今、彼を守るためだけに存在する巨大な要塞と化している。


 試合が始まって早30分。

 画面右下に表示される生存者数を見るに、残るところあと15人。

 このまま次のセーフティゾーンが更新されるまで、文字通り高みの見物を決めていれば、この戦場での勝利も盤石なものとなるだろう。


 そう画策していたまさにその時。

 一人のプレイヤーが彼の領域(テリトリー)へと足を踏み入れた。


 場所は屋上から見て東側約500m先の路上。

 遠目でもよく目立つ、異様な出で立ちをしたアバターが真っ直ぐこちらへ向かってきている。

 発見するや否や、彼はすぐさま射撃体勢へと移り、スコープ越しに〝カモ〟の姿を捕らえた。


 こちらに近づくのは、デフォルメされた可愛らしい恐竜の着ぐるみを纏った少女型アバター。手には、彼が扱うライフルより威力も精度も数段下回る対人ライフル銃。さらに、追加コンテンツとして入手できる特殊エフェクトを、他プレイヤーも視認できるよう可視化されている。

 それはこのゲームに慣れ親しんだ者であれば、誰もが口を揃えて「まぬけだ」と言い放つであろう外見だった。


「……ハッ、バカがッ! そのまま大人しく、俺のキルレ向上に貢献しとけ」


 そう言って彼もまた、ゆっくりとこちらに向かってくる〝カモ〟の様相を嘲笑交じりに批判する。


 いくらゲームの中、仮想の空間とは言っても、ここは戦場。

 そんな目立つ装いをしていれば、素人だって恰好の的になると容易に想像できる。

 むしろ、その出で立ちでよくここまで生き残ったもんだと、青年は少しばかりの感心を抱きながら照準を少女の頭部に合わせ、マウスに置かれた右手人差し指に軽く力を加えようとした。


「これで8キル目ェェェ‼」


 感情の高ぶりに合わせて、一人薄暗い部屋でそう叫んだ彼のアバターは次の瞬間——、銀色の弾丸に眉間を射抜かれ、瞬く間に戦線から離脱した。


「…………は?」


 あまりの唐突な出来事に一瞬何が起こったのか理解できず、青年の口からは困惑の声が漏れる。


「……えっ? は? ちょっと待て……バグか?」


 彼はまず、システム上のエラー……つまりはバグを疑った。

 それから自身のアバターのログを遡り、それが人為的に行われたものだと気が付くと、次は不正行為(チート)があったのだと確信し、画面の向こうにいる顔も知らぬ相手に対して強い怒りを爆発させた。


「……っざけんなッ‼ キルポイント返せクソチーターがッ‼ 今すぐ死ねッ‼ 」


 恐らく姿や足音を消す透明化のコードか障害物無視のコードを使われたに違いない。そうでなければ、自分があの位置でヘッドショットされたことに説明がつかない。

 未だ怒りが収まらぬ中、彼は極めて冷静にあの瞬間の状況を整理し、論理的にその結論を下した。


「いつまでも好き勝手プレイできると思うなよクソが……!」


 そう怒気の籠った独り言を呟き、彼は運営が管理するサポートセンターへとアクセスする。そして、意見欄に今起こったことの経緯と、不正行為を働いたと思われるプレイヤーの名前、アカウントIDを入力し、力強くエンターキーを押した。

 そこでふと、彼は今しがた自分が通報した不正行為者(チーター)のプレイヤーのユーザーID を再度確認し、奇妙な既視感を覚えた。


「……そういえばこのプレイヤー名、どこかで……」


 しかし、深く考えることをしなかった彼は「どこかの掲示板のブラックリストにでも載っていたんだろう」と軽く流し、再び仮想の戦場へと降下していった。

 


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