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繰り返す、夏の黎明  作者: 結城ヨルカ
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疲労、そして休息

 

 ——8月2日。午後9時45分。

 凪波大学 第二学生寮 エントランスホール。



 駅から無事帰宅し、夕食とシャワーを済ませた五人は、寮内に完備されていたランニングウェア等の衣類に着替えると、昨夜同様エントランスホールへと集まり、本日の振り返りを始めた。



「……それで、今日の調査報告についてだけれど……」



 そう切り出した深月だったが、いくら待ってもそれに続く言葉が出てくる気配がない。


 それもそのはず。

 時間の有効活用を念頭に置き、なるべく早い時間帯から調査を始めたにもかかわらず、結果、新たに得た情報は限りなくゼロに等しく、一日の大半を睡眠に費やしてしまったのだから。


 ……唯一、判明したことと言えば、あの無人電車が自動運転を使用せずに走行を始めたということ。

 あれほど議論を交わし、いくつもの葛藤の末ようやく乗り込むことが出来たというのに、手に入れた情報がたったそれだけとは、続く言葉が出て来なくなるのも無理はない。



「…………」



 誰一人として声を上げないまま、沈黙は続く。

 そんな中、一人の少女が詰まる息を吐き出すように口を開いた。



「……今日はもう、充分でしょ。わたし、寝るから」


「えっ、ちょっと咲希さん……!」



 そう言って、ソファーから立ち上げる咲希を茜音が呼び止める。

 しかし、そんな声を無視するかのように、咲希は自室として使用している二階突き当りの部屋へと帰っていった。



「咲希ちゃん……」



 一人が欠けた空間に、由衣の寂しげな声が微かに響く。

 深月も、茜音も、……ましろでさえも、顔を俯かせたまま口を開こうとしない。


 ……決して、希望の糸が途切れたわけでも、最悪な結果を引き当ててしまったというわけでもない。


 彼女たちが言葉を発さずに俯いているのは、ただ単純に、疲れが表れているという理由に他ならない。

 せっかく掘り起こしたやる気が空回りし、それぞれの思惑とは真逆の結果になってしまったことに、酷く落ち込んでいるだけ。


 その点を踏まえると、咲希の行動はこの場にいる誰より正しく、賢い判断に見えた。

 肉体的疲労も、精神的疲労も、十分な休息が無くては回復するものも回復しない。



「……はぁ」



 彼女たちには少々広すぎるエントランスホールに、深月の溜め息が広がる。

 それから重い頭を少し上げて、疲れ切った笑みを浮かべて言った。



「……私たちも、寝ましょうか」


「そう……っスね」


「……うん」


「まぁ、monoさん……じゃなくて、ましろさんに限っては、もう寝ちゃってるみたいっスけど……」


「ほ、ホントだ……」



 深月の提案に頷きながら、座ったまま器用に可愛らしい寝息を立てるましろを見つめる茜音と由衣。

 深月は、そんな二人に明日の大まかな予定を告げると、既に夢の中に入っているましろを起こし席を立つ。



「……んぁ~……あれぇ~……? ……あたしの~、AWMちゃんはぁ~……?」


「さて。夢野さんも起きたみたいだし、私も部屋に戻るわね」



 未だ夢の中を彷徨っているましろを無視し、二人に向かってそう告げる深月。



「あ、はい! おやすみなさいっス」


「今日はお疲れ様! おやすみ、深月ちゃん」


「えぇ、おやすみなさい。また、明日ね」



 そう言って、部屋へと戻る深月を見送った後で、茜音が口を開いた。



「……自分たちも、そろそろ戻るっスかね」


「そうだね。……ほら、ましろちゃんも」


「……んぅ~……」



 夢現のまま、とてとてと歩き出すましろを支えながら、エントランスホールを後にする茜音と由衣。

 仮住まいとして使用しているそれぞれの自室は寮の二階にあり、そこへ続く階段に足をかけた由衣は、階段脇に設置された照明スイッチに伸ばした腕をふと止める。

 そして、伽藍洞になったエントランスホールを振り返り、静かに腕を戻した。


 音の無い世界。

 人の営みを感じさせない世界。

 どこまでも続く暗闇の世界。


 せめて、ここだけは、そんな不安や恐怖を忘れられる場所にしたい。

 ひと時の安心を得られる場所にしておきたい。



「由衣さん? どうかしたっスか?」


「……ううん、何でもないよ。さ、行こう」



 そう言って、由衣は敢えて照明を落とさぬまま、孤独の待つ部屋に向かってゆっくりと足を進めた。


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