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繰り返す、夏の黎明  作者: 結城ヨルカ
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プロローグ

Your life would be very empty if you had nothing to regret.


──フィンセント・ファン・ゴッホ


 微かな熱気を孕む八月の闇夜に、線香花火の小さな火球が浮かんでいる。


 火球はパチパチと静かに火花を散らし、辺りに儚げな灯りを広げている。

 そんな弱弱しい灯りのもとで、五人の少女が輪を描くように地面に屈んでいた。


 少女たちは無人となった大学の広場で、囁き合うように言葉を交わしだす。


「ねぇ」

「……なに?」

「なんだかんだ言ってさ、結構楽しかったよね」

「そうね。一生忘れられない思い出がたくさんできた」


 仄かな灯りに照らされながら、互いに笑みを浮かべる二人の少女。

 そんな彼女たちの間に、不機嫌そうな声が割って入る。


「冗談じゃない。史上最悪な夏だったわ」

「またそんなこと言って。『本当は楽しかった』って顔に出てるわよ」

「ちょっと、馬鹿な事言わないで。……それに、まだ終わったって決まったわけじゃないでしょ」

「それはー……、そうだけどさぁ……」


 そう言って、これまでの日々を反芻し、これからのことについて頭を悩ませる少女。

 そんな彼女を励ますように、それまで三人の会話に耳を傾けていた小柄な少女が口を開く。


「まぁ、そこらへんのことは追々考えるとして、今はもっと明るい話をしましょう! 自分、向こうに帰ってからも、みんなと花火したいっス!」

「あたしはどっちかって言うと、部屋でゲームしてたいかも~」

「たまには外に出ないとダメっスよ!」

「いや~、もう十分すぎるくらい外出たし~」


 と、すぐ傍で話を聞いていた白髪の少女が気だるげに意を返すと、小柄な少女は分かりやすく肩を落とす。


 そんな何気ないやり取りに、彼女たちは軽く笑みを浮かべていた。


 どこまでも続く静寂な世界に、微かに響く笑い声。

 呼応するように弾ける線香花火の火花。


 不思議と彼女たちの周りには、短夜のものとも、線香花火のものとも異なる温もりが集まっていた。


「……でも、やっぱり少し寂しくなるわね」


 少しの沈黙を置いて、深海色のポニーテールを携えた少女が、長い指の先に吊るされた橙色の灯りを見つめながら、ぽつりと呟いた。

 それに応えるように、小柄な少女が言葉を返す。


「そうっすね……」


 黒髪の少女も、眼鏡の少女も、白髪の少女も、口を噤んだまま同様の想いに駆られていた。


 あれほど抜け出したいを思っていたものが。あれほど嫌悪していたはずのものが。

 こんなにも恋しく想う日が来るだなんて、あの時はまだ、誰一人として想像していなかっただろう。


 もうすぐ、彼女たちの夏は終わりを迎える。



「あ、落ちそう」


 ふと、少女の一人が呟いた。

 線香花火は次第に爆ぜる勢いを弱めていき、熟れた果実のように火球が膨れ上がる。


「私も」


 それから、一つ、また一つと、小さな火球は地面に向かって静かに落ちていく。

 そして、月明かりすらない夏の夜闇には、たった一粒の小さな灯りだけが残された。


「さぁ、あなたで最後よ」


 暗闇の中、誰かが彼女に向かってそう告げる。


 少女は言葉も、頷きさえも返すことはせず、ただじっと指の先から垂れる橙色の灯りだけを見つめていた。


 月明かりもない夏の夜はどこまでも静かで、時に人を不安に陥れる。

 今はもう、互いの表情すら分からない。

 彼女たちが今、どんな顔をしているのか。何を思ってそこにいるのか。

 世界の外側からでは、判断のしようがない。

 その答えが目に見えて分かるのは、きっと、この長い夜が明ける頃だろう。



 残された最後の一粒は、刹那の灯を終えると同時に、音もなく地面に落ちては溶けるように消えていく。

 繰り返される闇夜を抜け、ただひたすらに待ち続ける、夏の黎明へと向かって——。




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