表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪戯な私と優しいアイツの、二人っきりの帰り道。「ねえ、私に何て呼んで欲しい?」

作者: キリエ



九月一日。

 今日は日差しが強かったけど、最近でも特に楽しい一日だった。

 今思い返しても、学校帰りにアイツが浮かべた顔が忘れられないでいる。

 ふふ。





 まだ日が出ていた時の暑さが残っていて、湿気を含んで重くなった私の髪が少し存在感を感じる夕日道での事。

 

「ねえ、勝負しない? 次のテスト、点数が高かった方が少しの間相手の呼び方を決められるの」


 太陽が沈み始めている下校途中で、私はアイツにとある提案を持ちかけていた。


「私に勝ったら、君の事好きな呼び方で呼んであげる」


 それは「テストの点数が勝てば相手に対して、自分を何と呼ぶかを指定できる」というゲーム。


 私の言葉に、アイツはあっけに取られたような表情を浮かべた。

 その顔が見たかったんだ、フフ。


「……あれ、どうしたのー? 変な顔画しちゃってさ」

 

 私は満面の笑みでアイツに笑いかける。

 アイツは私と家が近くて、小さい時から家族みたいな付き合いをしているのだ。


「私の事を女子だって思えないって、この間言ってたと思うんだけどなぁ?」


 私は以前クラスで他の男子に言っていたのを盗み聞きした事をほのめかし、更に距離を詰める。

 それにアイツはたじたじと後ずさっていた。


「ふふ」


 私は思わず笑みを溢す。


 もし私が負けたら、アイツは私に「お兄ちゃん」とか、そういう呼び方を強制してくるのかな。

 想像するだけでもむず痒くなる気がした。

 

 でも毎回クラスでも上位の点数を取っている私が、平均ギリギリの点数を取るアイツに負けるなんて事がある訳が無いのだ。


「今のうちに、何て言わせるか考えといたら? フフッ」

 

 そんな事より驚くアイツと言ったら、面白さのかたまりみたいな顔だった。

 でもそれからアイツは少しだけ変な妄想を始めたのか、ほんの少しだけ鼻を伸ばす。


「あ、何かやらしー事考えてる。わかるんだよー?」


 せいぜい頭の中で私に好きな呼び方をされているといい。

 でも、勝つのは私なのだから妄想は妄想なのだよ。


「頑張って良い点取ってね。アハハッ!」


 成績は良くないけど優しいアイツを、面白楽しくからかってやろう。

 これはそんな、ほんの気まぐれで始めた事だった。





九月十五日。

 今日は暑さが真夏みたいだった。

 そして最初の勝負の結果が出た。

 ……むう。



 また同じ帰り道。


「……信じらんない……」


 私はアイツが誇らしげに差し出してきた答案と私答案を見比べて、唸り声を上げてしまっていた。

 少しだけ汗ばんだ私の額に髪の毛が張り付いてしまう。


 今回のテスト結果は、私の負け。

 本当に僅差きんさの事ではあったけど、点数は確かにアイツの方が良かったのだ。


 アイツは私を見て、誇らしげで、そして少し嬉しそうな顔をする。


「…………無効! 知らない、知らなーい!」


 私はつい顔を真っ赤にして、勝負をぶち壊しにしようと声を上げる。


 けどアイツは、そんな私に対して「自分がいかに頑張って猛勉強したか」を熱弁してきた。


「……本当に、そんなに? 私に、勝つために……?」


 無茶苦茶なスケジュールを組んで必死に点数を取るため勉強していたアイツに、私は驚きの目を向ける。

 アイツは言う。何よりも「私に買って、好きな呼び方をしてもらう為に」ここ数日間の努力を重ねていたのだと。


「……」


 私はそれで、黙り込むしか無くなってしまった。

 アイツが最近遅くまで起きていた事は、私の部屋からも見える窓からわかっていた。

 でも、本当にそんな事の為に……。


「……わかった、わかったってば……。じゃあ、呼び方を決めてよね……」


 私は観念して、アイツの希望を叶えてやることにした。

 完全に油断していた。


ーーーーうぅ、こんな筈じゃなかったのに……!

 


「…………え、えぇ~~!? 本当に、そんな呼び方して欲しいの!?」

 

 私はアイツから耳打ちされた希望の内容に、驚きの声を上げた。

 毎日のように顔を会わせ、何年か前までお風呂にまで一緒に入っていた私に。


「うぅ……。ご、ごしゅ……ご主人、様……」


 アイツは、私にメイドさんみたいな呼び方を強制してきたのだった。

 

 顔から火が出るぐらいに恥ずかしかった。

 アイツの顔をまともに見られない。

 耳が一瞬で熱くなっているのを感じる。


「え、えぇ!? もう一回……? う、うぅ~~……!」


 恥ずかしがる私に、アイツは私に何度でも同じように自分わ呼ばせようとしてくる。

 まるで私に罰を与えるかのように、存分に「ご主人さま呼び」を強いてきたのだ。


「……も、もういいでしょ……!? ご、ご主人様……!」


 結局その日、アイツは私の家で晩ご飯まで食べて帰って行った。

 私のお父さんやお母さん、そして妹の前ですら自分を「ご主人様」と呼ばせて。


 三人は「仲が良いね」とニコニコ顔だ。

 覚えときなさい。特に妹。


「……絶対、次は勝ってやるんだから……!」


 私はその日からいつも以上に勉強時間を増やし、アイツに対抗して行くのだった。







十月十五日。

 やっと涼しくなってきた。

 そしてついに夏服と冬服の中間服が終わり、私達は冬服へと衣替えを果たす。

 やった。

 でも、一つ大きな問題が起こってしまった。




 あれから私とアイツの勝負は、私が勝ち越す事が多くなり始めていた。

 元々私が有利な勝負だから当然だったけど、その分だけアイツは勝った時の注文を激化させて来ていた。


「ダーリン」と呼ばさせられてしまった時なんか、一時学校の話題をさらってしまったぐらいだ。

 

 その代わり、私が勝った時には恥ずかしすぎる呼び方をチャラにする代わりに雑用や買い出しに付き合わせてやった。

 買い物袋を満載して私の後ろを歩くアイツの姿は、私にとって晴れ晴れとした気分にさせる姿だった。


 ちょっとだけ「これって何だか、付き合ってるみたい」だなんて思ったりもしたけど。

 不思議と悪い気分じゃなかった。


 でも、いつも通りアイツと帰っていた帰宅道で。


「……ねぇ、どうしたの? 最近、元気無いね……」


 アイツは何か思いつめているかのように黙って私の隣を歩いていた。

 いつもと同じ、まだ少し暑さの残っている帰宅道を歩く私とアイツ。


 アイツの表情は、私の事など見ていないかのようにボーッとしていた。

 

「……」


 私はそれを見て、少し不安な気持ちになる。


――――私が勝った時、少し無茶を言い過ぎてしまったのかな。


 心の中に焦りが生まれた。

 アイツが私の事を、本当はうっとおしくさえ思っていたら?


 ゲームに勝とうとしたのも、本当は私に無茶な注文をして距離を取らせる為の作戦だったとしたら? 


 足元のアスファルトから伝わる地面の感触が、突然柔らかくなっていくような感覚に襲われた。


「……ねぇ、どうしたの……?」


 アイツは私が必死に理由を訪ねても、ハッキリした答えは返してくれない。


 むしろ「私にだけは話せない事」だと、それ以上の詮索せんさくこばんできたのだ。


「……あ、あはは……。ごめんね、なんか……」


 私は泣きたくなるような気分で、必死に平静を装って隣を歩く。


 心の中がザワザワして、感じたことの無いような喪失感を味わいながら。








十一月一日。

 今日は私にとって大切な一日になった。

 まだ顔が熱い。

 あうぅ……。



 その日、私は人生でも一番の衝撃をアイツから与えられてしまった。


「……えっ!? 本当に!? それが、理由で……?」


 私は何度でもアイツと通った帰宅道を、なんとか継続して一緒に帰っていた。


 ゲームをしてなくても、私とアイツは自然とテスト結果がお互いに伝わる。

 それを見て内心、「今日は私の負けだったな……」等と考えていた私は、少し前まで恥ずかしさの中に楽しいアイツとの時間を過ごしていたような気分があったことを認めていたのだ。


 だが、それももう終わりになっていた。


「……学校を卒業したら、私と同じ所に進学する為に勉強を頑張ってたの……?」


 明かされた、アイツが最近思いつめていた理由。


 私はそれに目を白黒させて受け止める事しか出来なかった。


「なんで、言ってくれなかったの……」


 私は少しだけ残念な気持ちになった。

 進路という大事な話を、どうして私に打ち明けてくれなかったのか。


 でも、アイツはそんな私の疑問に驚くような答えを返して来た。


ーーーー自分で考えて、自分の実力で立派に成績を伸ばしたかったから。

 私に打ち明けたら、絶対に協力してくれるのはわかっていたけど、それでは嫌だったのだと。

 

 最後に「あのゲームを通じて学力が上がったと思われるのは嫌だったからと、アイツは話して来たのだ。


 そしてアイツは、次に、私に、告白をしてきた。


「えっ、あっ、えっ……!?」


 それは聞いているこっちが恥ずかしくなるぐらいに、甘くて、クサくて、でも精一杯考えたんだとよく伝わって来るような愛の告白だった。


 それで私は、自分でもわかってしまうぐらいに赤面してしまったのだ。


「……あぅ……あ、その……」


 突然の事が立て続けに起こってパニックになった私は、そんな告白に対して思わず。


「……は、はい……」


 そんな返事をしてしまったのだった。


 それから私は、正式にアイツと恋人同時になった。

 

 なってしまった。

 学校の友達は私をからかうけど、正直そんな物は耳に入って来なかった。

 なぜならーーーー






「ね、ねえ……。手、繋がない……?」


 また同じように帰る私とアイツは、しっかりとお互いの指を絡めて帰宅道を歩く事になったのだから。


「……ねえ、あのゲーム。もう、やらなくていいよね……」


 アイツは私に笑顔を向けて、ゆっくりとうなずいた。


「……何笑ってんの、もう……! 知らない!」


 私は思わず顔を背けるが、どうしても繋いだ手を離す気にはなれない。


 私がアイツに対してする呼び方は、ゲームを始めた時と全く同じ時に戻っていた。


「……ね、ねぇ……!」


 でも私はその呼び方に、なんだか恥ずかしい呼び方を強制されていた時より恥ずかしさを感じていた。


ーーーー呼び方、元に戻った筈なのに。


 いつか、アイツを「あなた」って呼ぶ日が来た時には。

 「私は一体どうなってしまうんだろう」なんて、そんな事を考えていたのだった。













なんだそりゃ!と思ったら下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を少なく、

いいじゃん!と思ったら多くの⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を頂けたら嬉しいです。

感想なども頂けたら作者の励みになります!

ここは良くないなどのご意見も是非お待ちしています!

ブックマークなども頂けたら滅茶苦茶嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ