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瞬殺姫〆アデッサの冒険【リメイク版】 ~漂泊者たちの聖戦編~  作者: 西れらにょむにょむ
鈍色の自由
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鈍色の自由⑤

 男たちがアデッサを押さえこむ。


 ソイヤが【賢者の麻薬】をポケットから取り出し、アデッサの口へ【賢者の麻薬】を詰めこもうとした。


 そのとき――


「うあッ!」


 アデッサを囲っていた三人の男たちとソイヤが小さく悲鳴をあげた。その体はいつの間にか、黒い帯――警備隊で使われている魔法の拘束具(こうそくぐ)で縛り上げられている。体の自由を奪われた男たちはその場に倒れ込み、拘束を解こうともがいた。


「そこまでよ」


 ダフォディルの声。続いてその背後から――


「動くな!」


 ――昼間にソイヤの家へ訪れた二人の警備隊員が現れた。


 ダフォディルはアデッサに駆け寄ると、アデッサの体を男たちのそばから引き離した。そして、その顔にできた(あざ)を見てハッと息をのみ、きつく抱きしめる。


「アデッサ、ばか! 駄目といったのに!」


「ダフォ……すまない」


 安心したのか、ダフォディルの目からとめどなく涙が零れおちる。アデッサはダフォディルに支えられながらよろよろと立ちあがった。


 三人の男たちとソイヤは、すでに警備隊長の前に膝をつき並べられている。

 アデッサはふてぶてしい顔で視線を()らせているソイヤに語りかけた。


「ソイヤ……」


「……大丈夫。さっき、領主に事情を話してきたのよ。ソイヤの減刑もかけあっておいたわ」


 ダフォディルは涙を拭きながらアデッサにいった。アデッサは後ろ手に縛られたロープを気にもせずに、ソイヤの前へと歩み寄る。


「ソイヤ。聞いてくれ。私は……君のような子供が不幸にならない、幸せな世界を、私は……いつか……」


 ソイヤがギラリとした視線をアデッサにむける。


 まるで、(けもの)のような目。魔王討伐の旅のなかでアデッサがなんども対峙(たいじ)してきた、相手を(にく)む者の眼差(まなざ)し。


「……不幸? 幸せ?」


「……」


「ふざけるな!」


 ソイヤが大声で叫んだ。


「人が不幸か幸せか、勝手に決めつけるんじゃねぇ! 貴様ら王族はいつだってそういう勝手な決めつけで俺たちを支配しようとしやがる! いいか? 貧乏だったって惨めだってなぁ、俺は俺らしく生きて、俺らしく死ぬんだ! お前らの支配なんかクソ喰らえだッ!」


 立ち上がろうとそるソイヤを、警備隊長が押さえつけた。

 ソイヤは憎しみがこもった低い声で吐き捨てる。


「お前が言う『幸せ』で、俺の自由を奪えると思うな」


 アデッサはうつむいたまま長く考え、そして、口をひらくいた。


「ソイヤ。君の声はたしかに受けとめた。でもいつか、そういう生きかたに疲れたら、どうか私を頼ってほしい。私は……私はやっぱり、君が、君たちが幸せになれる世界に、変えてゆきたいのだ……」


「ぐはっ!」


 ソイヤが血を吹く。


 アデッサが顔を上げると、警備隊長の剣がソイヤの胸を貫いているのが見えた。


 アデッサには何が起きたのかわからなかった。続いて、縛り上げられていた三人の男たちが次々と、警備隊長と隊員の手により殺されてゆく。


 アデッサは茫然(ぼうぜん)と数歩、あゆみでて、倒れたソイヤの前で膝をついた。


 ソイヤは、既に息絶えている。


「ふん、口だけは達者な子ネズミが。死にたければ死ね。人のシマを荒らしやがって」


「ハッ!」


 アデッサが振り返ると、ダフォディルも警備隊員の拘束の魔具(まぐ)で縛り上げられていた。


「……警備隊長!?」


「このあたりのクスリはな、俺が仕切っているんだ……だが、最近子ネズミどもがチョロチョロとシマを荒らしていてなぁ。そこの小娘から事情を聴いて驚いたぜ。まさかコイツらがネズミだったとは」


 そう言うと警備隊長はアデッサへと歩み寄った。


無様(ぶざま)だな。魔王を倒す力があっても人間の男は斬れないとは。さて、俺はコイツらのような下卑(げび)た商売は好まん。魔王を討伐して世界を混乱させた罰として、ひと思いに殺してやろう」


 横たわるソイヤの足を蹴り飛ばし、ニヤリと笑う。


「このガキだって、お前が魔王を倒さなければ死なずに済んだかも知れん。あの世で詫びておけ。なぁに、心配するな、領主には『既に死んでいた』と報告しておいてやる――、、、んんッ?」


 そこまで語ったところで、警備隊長はアデッサから放たれる異様な気配に気づき、体をこわばらせた。


()れぬ――」


 後ろ手に縛られたまま、膝をつき俯いていたアデッサがポツリと語る。


「――斬れぬわけなど、ないではないか」


 続けて、『瞬殺』とつぶやくとアデッサの両腕を縛っていたロープがはらりと切れる。


 警備隊長と隊員は驚愕の表情で剣を構え直し間合いを取った。


 アデッサは自由になった手でソイヤの背中から溢れ出たどす黒い血を()で、血で染まった手で口もとを拭う。アデッサの唇がソイヤの血で染まった。


 そして【瞬殺の紋章】が刻まれた右腕をそっと伸ばす。


 紋章から赤い古代文字の帯が噴き出し、触手のように宙を這い、傍らに投げ捨てられていた【王家の剣】を絡め取る。そして、アデッサの前へと掲げた。


 アデッサが剣を取る。


「魔王を(ほふ)ったこの【瞬殺の紋章】。数ある【神の紋章】のなかで最強の攻撃力を誇るこの力が、人間の男ひとり、斬れぬわけなどないではないか」


 アデッサの冷たい声が響く。


「私はただ、女神から授かったこの紋章を、父から授かったこの剣を、(たみ)には向けたくない。そう願っただけなのだ」


 アデッサが顔を上げる。その眼差(まなざ)しに先ほどまでの人間らしい温かみは欠片(かけら)も残されてはいない。


 若い警備隊員が無言のまま腰を抜かした。


 警備隊長の冒険者としての経験が、目の前の怪物が持つ自分とは桁違(けたちが)いの力を的確に察知(さっち)する。体がガクガクと震えだし、常に浮かべていた余裕の表情は絶望に歪み、手も足も、己の死を予感して引きつり言うことを聞かない。


 アデッサが半歩間合いを詰めただけで、警備隊長は極度の緊張で震える手から、剣を落ちてしまう。


「ち、チクショー!」


 警備隊長は剣を拾おうとするが、恐怖で手が思い通りに動かない。


 やがて、ハッと思い出したように剣を拾うことを(あきら)め、男たちの死体から奪った【賢者の麻薬】を取り出すと口の中へ詰め込み始めた。警備隊長の体の震えがピタリと止まり、こんどは笑いはじめる。


「ふ、はははは……あはははははは! あー最高の気分だ! 瞬殺姫、もうお前などこわくないぞ! こわくなんかないんだ! さあ、殺せ、殺せるもんなら殺してみろよ!」


 警備隊長は立ち上がり、拾いあげた剣をゆらゆらと振り回しながらアデッサへと近づく。


 その始終を冷ややかな視線で見つめていたアデッサが切っ先を警備隊長へ向けようとした、そのとき――


 グワシッ!


 アデッサの背後から飛び出したダフォディルのパンチが警備隊長の顔面をとらえる――寸前に、【鉄壁の紋章】が守護対象であるダフォディルの手を守るために、警備隊長を吹き飛ばした。


 吹き飛ばされ壁に叩きつけられた警備隊長は気を失い、ズルズルと崩れ落ちる。ダフォディルの体を拘束していた黒い魔具はとっくに、【鉄壁の紋章】に引き裂かれていた。


「この最低クズ虫ッ!」


 ダフォディルは失神している警備隊長へ吐き捨てると、アデッサを振り返った。

 膝をつき、ソイヤの死体を抱えるアデッサの背を、ダフォディルはどうすることも出来ずに黙って見まもる。


「ソイヤ……私は……」


 アデッサは声をふるわせながらもう一度、ソイヤの死体を強く抱きしめた。そして、そっと地面へ寝かせ、名残惜しそうに優しく髪を撫で、立ち上がる。俯せ、歯を食いしばる。あふれでた涙が、ソイヤの血で濡れた頬を伝わってゆく。


「ダフォディル……ソイヤが、ソイヤが……」


 ダフォディルは何もいわずアデッサを背中から抱きしめた。


「ダフォディル、私は……」


 アデッサを抱きしめる腕に力を入れる、ダフォディルの頬を一筋の涙が伝わる。


 ――アデッサ。私はあなたを支えたい。たとえ、この身に代えることとなっても。

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