漂泊者たちの聖戦⑤
女教皇カトレアの失踪と共にダンチョネ教は勢力を失っていった。【絶望の紋章】により精神を支配されていた者たちは次々と正気を取り戻し、【賢者の麻薬】の供給は断たれ、後ろ盾をなくした悪党どもは人々に追いやられていった。
カリスマ的首謀者なしでも世界人類抹殺を断行できるほど、ダンチョネ教は洗練されていなかったのだ。
こうして、世界は少しだけ、平和を取り戻してゆく。
だが、悪は去ろうとも、罪は残る。
ダンチョネ教の話題が忘れ去られようとも、彼らの手により親や子を失い街を焼かれた者たちの憎しみが消えることはない。その怒りをカトレアへ向けるなと言うのは無理な話だ。
確かに、カトレアに起きたことの経緯をつまびらかにすれば多くの同情も集まるであろう。
しかし、それを差し引いたとしても、カトレアに逃げ場はない。
もはや、行き着く先は死罪、または私刑のみ――
◆
カトレア死す。
瞬殺姫アデッサが幼女教皇カトレアを自らの手で処刑した。
そんな噂がミンヨウ大陸を駆け巡った。
「カトレアは死んで当然さ」
「更生の余地がある子供を殺すとは、なんと残虐な」
「カトレアだって何かに操られていたっていうじゃないか」
「操られたって人殺しにはかわりはない」
「どうせ悪人を退治したって、次の何かが湧いてくだけ」
「いつまでも放置していた国が悪い、国王が悪い」
「ダンチョネ教は結構いい客だったんだ。こちとら商売あがったりだよ」
「ふん……どうせ結局、なにも変わりはしないさ」
そんな噂さえも、やがては忘れ去られてゆく――
◆
ミンヨウ大陸のとある酒場。
赤ら顔の男が訳知り顔で同僚たちに語っていた。
「ダンチョネ教? それより、一番イカレてるのはあの瞬殺姫さ! なんでもカトレアの目玉を引き抜いて食っちまったって言うじゃねぇか! あいつに関わったら最後だ!」
その声を聞き、後ろのテーブルに座っていたブロンドの少女が飲んでいた葡萄ジュースを『ブッ』と噴き出した。同席していた黒髪の少女がおしぼりで濡れてしまったテーブルを拭いている。
「……そうそう、ダンチョネ教の噂と言えば」
もう一人の男が喋り出す。
ホイサからチョイトへ向かう道を大きく外れた深く怪しい森の中に、忘れ去られた古い地下聖堂があるらしい。
そのかたわらの打ち捨てられた小さな村に、街を追放されたダンチョネ教徒たちが集い、今では白い修道着と極端な思想も捨て、隠遁者となり静かに暮らしているという。
「それでよぉ、その集団のなかに、左目に鎖の眼帯をしてる女の子と、その弟が居るんだってよ!」
「……それで?」
「え? そこまでだけど……」
何か面白い話を期待していた周囲の男たちは『聞いて損をした』といった様子であきれかえった。
「……馬鹿だなお前。そんな都市伝説なんか信じてるのかよ」
「実はカトレアは生きていた、って話だろ? 俺、その話の別バージョンを幾つも知ってるぜ」
「そんなことよりよぉ、後ろの席の女の子、美人じゃねぇか――」
男たちは一斉に視線を向けるが、背後のテーブルに座っていた二人の少女の姿はすでになかった。
◆
翼が大気をひき裂く音が谷間に響いた。
空を舞う巨体が太陽をさえぎるとあたりは一瞬夜のように暗くなり、そして昼へともどる。
翼の主は強敵が待ち構えていることに気づいている。だが、何千年ものあいだ王者として君臨してきた彼は、人間などを恐れはしない。警戒をするそぶりさえも見せず、大胆に、その正面へと降下してゆく。
巨大な三対六枚の翼が二度、地を扇ぐと嵐のような砂ぼこりがあがった。着地とともに大きな地響きが鳴り巨大な岩がぐらりとゆれる。
たちこめた土煙が薄らいだ、その狭間から巨体が姿をあらわす。隣の大陸から飛来し、ミンヨウ大陸の村や街を襲い続けている六翼竜『ワーバグトゥ』。
そして、対峙する二人の少女――
ブロンドの少女が差し出した左手に黒髪の少女が右手を合わせ、二人は深く指を絡ませた。黒髪の少女はスカートを靡かせながらくるりと一回転してブロンドの少女の胸の中へおさまる――まるで、恋人同士が踊るダンスのように。
ブロンドの少女は長剣の切っ先を『ワーバグトゥ』へ向けた。右腕に刻まれた赤い紋章がキラリと光る。黒髪の少女の左腕に刻まれた紋章から青い古代文字の帯が噴き出し、二人の体を包んだ。
「我が名は瞬殺姫、アデッサ・ヤーレンコリャコリャ! ワーバグトゥ、世に害を為す魔界の竜よ! 女神の名のもとに、我が紋章に裁かれよ!」
その傲慢な態度に怒り狂ったワーバグトゥの口もとが青白い光を放つ。
「アデッサ!」
「いくよ、ダフォディル!」
二人は握り合う手を確かめ合い、真っすぐに六翼の竜へと突き進み――
「瞬・殺ッ!」
★ 瞬殺姫〆アデッサの冒険【リメイク版】 ~漂泊者たちの聖戦編~ 【完】★




