表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瞬殺姫〆アデッサの冒険【リメイク版】 ~漂泊者たちの聖戦編~  作者: 西れらにょむにょむ
漂泊者たちの聖戦
34/35

漂泊者たちの聖戦④

 胸を貫かれたクーが倒れる。


 同時に、カトレアの左目から突き出した赤黒い剣は硬さを失い、液状化した。


その液体はまるで意思を持っているかのように、重力に逆らい動き出す。その様子は――まるで、カトレアの左の眼窩(がんか)から巨大な軟体動物(なんたいどうぶつ)()いでてくるかのように見えた。カトレアは痛みに頭を抱えのたうち回る。


 やがて、その赤黒いものはカトレアの眼窩から完全に抜け出した。


 (うごめ)く赤黒い何かは、人間のようにも、まるで違う生き物のようにも見える。蜘蛛のようでもあり、渦巻く泥水のようでもあった。その大きさはカトレアの体よりもはるかに大きい。そして、『それ』はイモムシのように脈動を繰り返しながら、徐々に人間の姿をかたどっていった。


 痛みから解放されたカトレアは、自分の左目から這い出してきた異様な存在を横目にしつつも、倒れているクーへと這い寄る。


「クー!」


 うなだれ、死にゆく幼い弟を胸に抱き、絶望の表情を浮かべる幼い姉。その姿はあまりにも小さく、弱々しい。


「カトレア様ッ!」


 サザンカが黒剣を魔物へ向けて斬りおろす。剣は魔物へ深々と食い込んだ――だが、まるで手応えがない。


 危険を察したサザンカはすぐに体を引こうとした、その瞬間、魔物の体の一部が鋭い突起へと変化する。そして音もなく、サザンカを袈裟懸(けさがけ)に斬った。


 サザンカはその場で膝立ちとなり数舜こらえるが、やがて眼の光が失せて横たわり、体を二度ほど大きく痙攣(けいれん)させ、動かなくなった。


「サザンカ!」


「――フッ。とんだ誤算だ、カトレア……貴様にはもう少し期待したのだが……」


 魔物は声を発した。

 男の、老人のような声。


 その声にカトレアには聞き覚えがある。あの日、【絶望の紋章】を自分に授けた存在……いや、この存在こそが【絶望の紋章】だったことをカトレアは悟った。


「……ねえ……ちゃん……にげ、て」


 カトレアの腕の中でクーが薄く目を開ける。

 カトレアの右目から溢れた涙が、クーの頬へと零れた。


 いまやカトレアの表情に世界の浄化を目論(もくろ)む女教皇としての色は微塵も残されていない。その表情は、絶望の淵に立たされ苦悶する、ひとりの少女のそれであった。


 もはや、一人の命を捨て、万人を救う覚悟など微塵もない。

 手の中のクーの命を捨て、未来を救うことなど……絶対に。


 カトレアは天を仰ぎ、絶叫する。



「アデッサ、助けてッ!」



 しかし、絶望は止まらない。魔物の体が赤黒い光を放つと【絶望の紋章】が発動し、周囲は暗闇に包まれた。暗闇の中で、魔物の体の一部が剣へと変化していく様子が、ぼうっと浮かび上がる。魔物はその剣をゆっくりと振りかぶる。


「ふふふ……カトレア。(こころざし)を失った貴様に『幸せな未来』は創れない。浄化してやる!」


 魔物はそう叫びながら振りかぶった剣を姉弟へ向けて振りおろす。


 カ゚キンッ!


 ――甲高い金属音が鳴り響き、魔物が振りおろした赤黒い剣をアデッサが放った剣が弾く。


「そこまでよ!」


「ふっ、アデッサ……」


 顔がない筈の魔物が、にやりと笑ったように見えた。


「ふっ、ふはははは! 手遅れだアデッサ。この【絶望の紋章】の空間では我が力は無限! 貴様には我を殺すことなど出来ぬ!」


 アデッサを見上げたカトレアは、異変に気づく。


「――あ、アデッサ!?」


「大丈夫、()()()()はあなたを見捨てないわ」


 アデッサは低い声でそう言うと、カトレアにウインクして見せる。


 一方、魔物はその体を大きくうねらせると、背中にあたる部分から無数の突起を出現させた。何本もの突起は節くれだった昆虫の脚のように姿を変え、人の背丈ほどまで伸びてゆく。まるで異様な姿をした甲虫を、背中合わせで張り付けたかのような姿。その脚の一本一本の先端は槍のように鋭く尖っている。


「ふはははは! アデッサ! 【鉄壁の紋章】は死んだか? そのガキを使ってカトレアを説得すれば終わるとでも思ったかッ!」


 魔物の声が響く。


「ふはははは! 永遠の苦しみを味わうがよい。そして苦しみの果てに我に屈し、新たなる憑代(よりしろ)となるのだ!」


 魔物は背中から生えた無数の脚を同時に振りかぶり、アデッサに向けて振り下ろした。


 だが――


 アデッサの左腕の【鉄壁の紋章】から輝く青い古代文字の帯が噴き出す。人類が作り出した神の盾は魔物の攻撃を微塵も受け付けない。


「――!? 貴様! その紋章は!」


 アデッサの口もとに浮かぶ微笑み。

 そして、こう言い放った。


「あら、わたしがなんの対策もせずにアデッサをカトレアの前へ差し出すとでも思ったのかしら?」


 少女はブロンドのウィッグを投げ捨て、【鉄壁の紋章】が刻まれた左腕で黒髪をかき上げる。白い肌。青い瞳。よく見ると、【アデッサから借りた服】は胸のあたりがダボダボだ。


 アデッサ、改め、ダフォディルは魔物へ向けてサディスティックにニヤリと笑う。


「あなた、この空間では無敵だそうだけど……確か、『これ』を使っているあいだ外にいる本体は無防備だったわね。その本体を守ってくれる『お友達』は――いるのかしら?」


「――!」


 次の瞬間、魔物の体の中心を【王家の剣】が背後から貫く。


【絶望の紋章】の暗闇が吹き飛び、周囲に昼の明るさが戻った。暗闇に包まれる前の、教会の裏庭の光景が広がる。


 そして、魔物の背後に立つアデッサ。【ダフォディルから借りた服】は胸とお尻のあたりがキツキツだ。


「――ッ!」


 魔物が体をのけぞらせる。


 アデッサの右腕に刻まれた【瞬殺の紋章】から噴き出した赤い古代文字の帯が獲物をみつけた蛇のように、魔物を絡め取る。


「瞬ッ・殺ッ!」


「ぬおおおおおッ!」


 魔物は(もだ)えながら何度か死に(あらが)った。だが、やがて赤い古代の帯に飲み込まれ、消滅してゆく。


 あとには何も残されなかった。


 静寂が訪れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ