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瞬殺姫〆アデッサの冒険【リメイク版】 ~漂泊者たちの聖戦編~  作者: 西れらにょむにょむ
瞬殺姫〆アデッサの冒険
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瞬殺姫〆アデッサの冒険②

 (つばさ)が大気をひき()く音が谷間に(ひび)いた。空を舞う巨体が陽光をさえぎるとあたりは夜のように暗くなり、そして昼の明るさを取り戻す。


 岩陰(いわかげ)で待ち伏せをしている精鋭たちは千載一遇(せんざいいちぐう)好機(こうき)をのがすまいと手にした武器を握りなおし、低く身がまえた。騎士、戦士、魔法使い、聖職者……ひとりひとり名が知れている錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。


 翼の(ぬし)はすでに自分が待ち伏せされていることに気づいている。だが、何千年ものあいだ王者として君臨してきた彼は、人間どもの待ち伏せなどを恐れはしない。警戒をするそぶりさえも見せず、大胆に、待ち伏せの中心へ向けて降下してゆく。


 巨大な翼が二度、地を(あお)ぐと嵐のような砂ぼこりがあがった。着地とともに大きな地響(じひび)きが鳴り巨大な岩がぐらりとゆれる。


 やがて、たちこめた土煙が薄らぎ、そのむこうに巨体が姿をあらわした。精鋭たちは凶悪な姿をまえに、体をこわばらせる。この怪物がこれまで対峙してきたどんな敵よりもはるかに強力であることを、知識だけではなく、肌で的確に感じ取っていた。


 戦士が先陣(せんじん)を切る。雄叫(おたけ)びをあげ、岩陰からとびだすと強烈な一撃を巨体へ叩きつけた。それを合図に、魔法使いは攻撃魔法の呪文をとなえ、騎士が魔剣をふるい、召喚士(しょうかんし)は精霊へ命令し、聖職者は守りをかためる。


 精鋭たちは手応(てごた)えを感じていた。


 だが――刹那(せつな)の静けさのあと谷間の空気がはりつめ、続いて、(そら)が割れてしまうほどの咆哮(ほうこう)が響く。精鋭たちは身をすくませ、防御の体勢をとった。


 咆哮は止むことなく、やがて吐く息が熱気を帯びはじめ、ついには噴き出す炎へとかわる。灼熱(しゃくねつ)炎の息(ファイヤーブレス)轟音(ごうおん)とともに周囲を焼きつくしてゆく。


 巻きあがる炎を背に悠々と首をもたげる、翼の主。モンスターの王、ドラゴン。


 そして、その前へ悠々と歩みでるひとりの少女。


 左腕の【鉄壁の紋章】から噴き出す青い古代文字の(おび)逆巻(さかま)く炎を、熱を、少女からしりぞける。まるで平原を進むかのように炎の渦のなかを歩みでた少女は腰の長剣を抜いた。右腕の【瞬殺の紋章】が輝き、赤い古代文字の帯を噴き出す。


 少女の不敵な姿にドラゴンは激怒する。炎の息を退けた者が居なかったわけではない。だが、王である彼をまえにこれほどの余裕を見せる者などあってはならない。ドラゴンの怒りに口元の熱気は極限に達し、白熱した光球をかたどった。


 次の瞬間、光球が白い光線となって少女を射抜く。おくれて爆風が突き抜ける。大地が赤く燃え、なにかが蒸発する臭いが周囲を包む。


 だが、少女は、無傷だ。


 ドラゴンはようやく己の不覚を悟る。少女を取り巻く青い古代文字。それは、人間の手による神々の文字の模倣(もほう)にすぎない。しかし、片言ながらその文字は(いにしえ)の神の言葉を的確に(つづ)っている。そして、もう一方の赤い古代文字は人間による模倣ではない。真なる神により記された言葉だ。


 青い帯は人間が生み出した神の盾。

 赤い帯は神が生み出した最強の(ほこ)


 古代文字の意味を知ったドラゴンの心の中に、永い間忘れていた感情が蘇る。魔王を名乗る新参者に屈したとき、彼は誇り高き死を覚悟した。だがいま、この少女を前に感じているのは、純然たる恐怖だ。考えるよりも早く本能のままに、ドラゴンは身をひるがえし少女に背を向け、逃走をこころみる。


 少女は怯むドラゴンに駆け寄り、剣を振った。

 鋭いが、あまりにも浅い一撃。

 (はがね)(うろこ)の薄皮一枚がかろうじて斬れたであろうか。


 しかし次の瞬間、赤い古代文字の帯は獲物を見つけた蛇のようにその微かな傷にとりつき――


「瞬殺ッ!」


 ――少女の声と共に、ドラゴンの命を一瞬で滅ぼした。


 姿勢を立て直す時間さえ与えられず、絶命したドラゴンの巨体がゆっくりと地に伏す。



 ヤーレンをあとにしたアデッサは魔王討伐を目指して南へ向かった……のだが、困っている人々を見過ごせない性格があだとなり、旅はいっこうに進まなかった。


 ゆく先々で人々を苦しめているモンスターを退治する、だけならまだしも、パン屋の手伝いから街の掃除、迷子の世話に届け物まで、些細な頼みごとに追われる日々が続く。本人としては直接ひとびとの役に立てるのが嬉しく充実した日々を過ごしてはいるのだが、ヤーレンを旅立ってから一年半が経過したというのに南方地方どころかヤーレンの隣の隣の街あたりをうろうろとしている状況であった。これでは救世の英雄どころか雑用係だ。


 そうして、『お人()し』が災いして停滞していたアデッサの旅は、とある出会いにより加速する。


 アデッサとおなじく魔王討伐をこころざしている女剣士と、彼女が率いるならず者ばかりを集めた最強の戦闘集団【赤のパーティ】との出会いだ。


 「世の中には『殺す力』でしか達成できぬ幸せもある。我々と共に来い『瞬殺姫』」


 女剣士の誘いに応じ、アデッサは【赤のパーティ】の一員となる。

 同時に『瞬殺姫』の二つ名で呼ばれるようになった。


 アデッサを仲間にした【赤のパーティ】は行く手を阻むドラゴン、クラーケン、ケルベロスなどの名だたる大型モンスターを撃破し、大陸南端の魔王城へと快進撃を続ける。アデッサは【赤のパーティ】へ所属して以来、女剣士がいうとおり、敵を倒すことで世界を幸せに出来ているという実感を味わっていた。


 あとは魔王さえたおせば、あの日の誓いのとおりに世界を幸せにできる。

 そう信じていた。


 だが、魔王城の攻略は苛烈(かれつ)を極める。


 人間の手により作られた【鉄壁の紋章】はすでに弱点を見破られており、アデッサは何度も怪我を負わされた。精鋭揃いの【赤のパーティ】も恐るべき強敵をまえに次々と数を減らしてゆく。最奥(さいおう)、魔王の間に辿り着けた【赤のパーティ】は半数の八名。更に最後の激闘で半数が命を落とした。


 まさにパーティが全滅しかける寸前、アデッサはついに魔王の討伐に成功する。



 そして世界は幸せになる、筈であった。しかし――

『敵を一撃で殺す力があれば 世界を幸せで満たせる とでも思ったかい?』

 魔王が残した言葉のとおり、世界は混乱してゆく。



 長年のあいだ絶対悪として存在していた魔王を失い『正義』の定義は曖昧となった。共通の敵をうしなった国々は自分勝手な正義を振り回し、国境を、自国の権利を、声高に主張しはじめる。戦友であったはずの隣国(りんごく)と溝が深まり、助け合っていた筈の国々は貸し借りの精算で言い争いを始めた。


 前線であった南方の国々は魔王軍と戦うために鍛えてきた軍備を背景に、列強の仲間入りを果たす機会を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。魔王が討伐されたことにより目的と行き場を失った冒険者たちが各国に兵士として雇われはじめると、戦争の緊張に拍車がかかっていった。


 国々だけではない。


 群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)するなかで、強大な力を持つ冒険者は野望を抱き、そのなかのある者は闇に走った。統率を失った魔物が世界へ拡散し、魔王なきあとの覇権を狙いあらたな魔族が暗躍をはじめようとしている。


 皮肉にも、世界は魔王へ向けられた(やいば)の上で絶妙なバランスを保ち、成り立っていたのだ。

 その基軸を失い、新たなる秩序を模索(もさく)し、時代は揺れ動く。

 もはや、何が正義なのか、誰が敵なのか、誰にもわからない。



 こうして、魔王なき混迷の時代、『新時代』が始まった。



 魔王討伐後、凱旋(がいせん)することもなく世界の成り行きをみまもっていた【赤のパーティ】の生き残りたちは、新時代の訪れに自分たちの役割が終わったことを悟り、パーティを解散する。もはや護るべきものも、成し得たいなにかも、群がる理由も、彼らにはない。仲間を失った虚しさだけが残された。


 パーティ解散後、帰る故郷がないアデッサはふたたび、ひとりとなる。

 だが、世界の幸せを願うその心は旅立ちの日から変わってはいなかった。

 殺すことしかできない自分は、この時代の中で何と戦えば、世界を幸せにできるのだろう。


 アデッサは考えた。

 しかし、答えは見つからなかった。

 だから、答えをもとめて、アデッサは再び旅に出た。


 あのときと同じように、世界の人々の幸せを願い、

 新たな仲間と共に。

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