第1話 物探しの石
小説家になろう上の「冬の童話」に応募しようと書きはじめ、見事締め切りに間に合わず、こちらに公開することにいたしました。たしかに童話とはいえず、子供向けともいい難い展開ですが、気楽にお読みいただければ幸いです。6話か7話で完結の予定です。なお、カクヨム にも投稿予定です。
うっすらと霜が残った森の外れを、布で身体をおおった人物が一人、淡々と歩いている。
連れているのはロバが一頭だけだ。まだ若いロバも風よけをかけられ、背中には丁寧に梱包した荷物を載せている。
風が鳴って布切れがパタパタと音をたてると、ロバの上の荷袋も揺れた。
上空を一羽の鳥がゆっくり回っているのがわかる。
「さむいなあ、アンティモン」
声は若々しかった。布からのぞく顔もようやく青年といったところだ。「さみしいところだなあ。でも大丈夫だよ、次の街は賑やかで、きっとうまくゆくから」
しきりに喋りかけるが、アンティモンという立派な名のロバは、ときどきお愛想に鼻をならすだけだった。
青年とロバの進む道は荒野をまっすぐに貫いていた。周囲には奇怪な形の木々が連なっているが、多くは枯れ木だった。先にあるひときわ立派な木は、どうしたことか先端から三分の一ほどで二つに折れており、その下に掘られた大きな穴から、誰かがじっと来訪者を見ていた。
観察者は男、それも青年よりかなり年嵩だった。痩せて手足が長い。彼はほっそりした指を伸ばして宝石のついた指輪ごしに青年を見ると、「ほう。なるほど、悪くない。これならまあ合格だ」と、つぶやいた。
精緻な刺繍の施された立派なマントに、首から賑やかなネックレスを何本も下げた姿は、かなりの金か力を連想させる。ただ、いかめしく整った顔立ちは血の気に乏かった。そして供と呼べるのも、足元にいる一匹の黒猫と、さきほど空から降りてきたばかりの一羽の青灰色の鳥だけだった。
「うむ。ゲルマ。見立て通りだ。体力は並外れているし、なにより使命感が人一倍強い」
痩せた男は、足輪をはめた脚でよちよち歩いてきた鳥に声をかけた。すると、「あったりまえだ。どんだけ手間がかけたと思ってんだ」と、鳥は騒がしく人の言葉をしゃべった。
「まとった気配も、珍しく濁っておらん」かまわず男は言った。「これまでの候補は窮すれば投げ出したろうし、どれも腹の奥底にあったのは信よりも欲だ。今度は違うらしい。待った甲斐がありそうだ」
すると、今度は猫が啼いた。
「だからと言って、かたっぱしから殺すのはよくない、って化け猫様は言ってるぞ」鳥が翻訳した。
「うるさいぞタイタン。口封じに決まっておろう。目的を果たすまでに邪魔が入ってたまるか。そんな理屈もわからぬとは、お前もヤキが回ったな」
「それはそっくり返すって。だいたい、追手の目を眩ませるために私を無理に連れてきたのに、失望すれば即、殺すだなんて馬鹿げてるってさ」また鳥が猫を代弁した。
「だまれ」男は低く抑えた声で言い返した。「化け猫にすべてを委ねることなど、できるか」
「その、自分以外をすべて見下す態度が、今日の事態を招いたんだ。あんたがあまりにトゲトゲするから、人もトゲで返すんだと」
「うるさい」
「そんなに大事な頼みごとをしたいなら、一度正直に心を打ち明けてみたらどうかって。近づいてくる旅人は信じるに値するように思える。これもなにかの思し召しじゃないかってさ。おれも、同意見かも」
「フン、ばかな」
一匹と一羽にこれだけ嫌味を言われても、痩せた男はとりあわなかった。ゆっくりと立ち上がって穴の縁に足をかけると、旅の青年に向けて片手をあげた。
ロバを連れた青年は、しばらく立ち止まって様子を見ていたが、痩せた男が胸に手を当てて咳き込んで見せると、慌てて近づいてきた。細身の印象だったが、青年の胸や手足は意外にたくましい。
年長者に対するへりくだった口調で、「どうなさいましたか」と聞いた。
「うむ」男は鷹揚にうなずいた。「ここまで長い旅をしてきたのだが、すこし具合が悪くなって休んでいたのだ」
自らをジュラと名乗った男は、急に動くと息が苦しそうだったが、それでも長身を伸ばすと、まだ若い男の顔をしげしげとながめ、かすかに満足そうな笑みを浮かべた。「それで、そなたは」
「私は、行商人です。屋号はガンテツ。テツとお呼びを」
「なんだ商人か」名乗りを聞いたジュラはわざとらしく顔をゆがめた。
「よもや、おろか者どもを騙し、埒も無いもない物を高値で売りつけているのではなかろうな」
「とんでもない」それまで男を気遣うばかりだったテツの頬が赤らんだ。
「そのようなことは一切いたしません。つくりがよく、役に立つがまだ世に知られぬ物を探し、必要な人に紹介するのが私の仕事です。亡くなった叔父の跡をついだばかりで経験はわずか、上手に口もまわらず、とても一人前とは言えぬと自覚はしておりますが……」
「ふふふ、そうか。まあいい」
若者をからかった男は、いったん木の株に腰をかけてから、手で猫と鳥を呼び寄せて言った。「猫はタイタン。鳥はゲルマ。どちらも言葉がわかる。生まれながらに魔法が体に染み込んでいるのだ」
信じられないという顔をしたテツに、タイタンが「なあ」と啼いてみせると、「よろしくってさ。おれもな」と、ゲルマが言った。
「テツとやら、その方はどこから参った。生まれは」
衝撃からやっと回復したテツが、「黒岳からです」と峻厳な山で知られる地方の名をあげると「ほう、商人らしくない出身だな」と言いつつ、ジュラはふたたび指輪越しにテツの顔を見た。
「な、なにを」その瞬間、頭の中を掻き回される感覚をおぼえ、テツはすばやく横に動いてジュラと距離を置き、なおかつ身構えた。
「うむ」ジュラは称賛の声を上げた。「この術に耐えるとは大したもの。おお、これは凄まじい」実に興味深いと言った顔で指輪をのぞき込む。彼の瞳が細かく動いているのは、テツの過去を次々に見ているためだろうか。
「若いくせに」ジュラは感心した顔になった。「なんとも猛々しい人生を送っておるな。そうか、元は冥山寺の山岳僧兵であったか」ふむふむとうなずく。「童のうちから狂気じみた修行を積み、無事一人前となるのはほんの一握りと聞く。その身ごなしと胆力も道理。しかし」
今度はいぶかしげな顔をテツに向けた。「精強比類なき冥山寺の、しかもその若さで組頭まで勤めた身なら、どこの軍でも喜び雇うであろう。いや、引く手あまたのはず。見れば五体も満足。なのに」
「もう、やめたのです」テツはキッパリと言った。「いまのわたしは商人です。それ以上でも以下でもありません」
「ふむ。よし、気に入った」ジュラはうっすら笑った。
「山岳僧兵あがりなら魔法と無縁ではないであろうが、わしのいた国の宮廷でも盛んであった。人ではできぬさまざまな用に使うため、あるいはふいの災難から王族を守るため、こやつらのようなけものが何匹も飼われていた。こやつらは特に賢いがな」
「……失礼ながら、貴方様のお国は」
テツの問いにジュラは答えず、「わしは政治家であった。国の重職を勤めていた。しかしなにやら、ずっと昔のことに思えるな」彼はそこまで言ってから、しばらく考える様子だったが、「いや、とにかく」とゆるゆる首を振ると、「時間がない。正直に打ち明けよう。わしはもうすぐ、死ぬ」
「ご冗談を」テツは驚いた。顔色は悪くても、非常にタフな精気みたいなものが男から寄せてくる。
「化け猫と化け鳥から判ろうが、わしもまた魔法を多少、嗜んでおる。だが、ちょっとした見込み違いで深傷を負った。詳しい状況は長くなるので省く」
ジュラの告白は続いた。回復できぬほどの傷を負ったからには、取る道はもはや転生しかない。彼には十分な魔力があるので、近いうちに、必ずこの地のどこかに転生するだろう。しかし怖いのは、その子が生まれ変わりであることに気づかず、そのまま歳を取って死んでしまうことだ。
「だからお前に、わしが転生した子供を見つけ、己こそ実はジュラの生まれ変わりと気づかせてほしいのだ」
「そ、それはかなりの難事と思われますが」いくら死を前にした頼みであろうと、これは無茶な話だ。テツは慌てて抗弁した。「あなたがどこの誰に生まれ変わるかなど、私には見当もつきません」
若者の言葉に、ジュラは壮絶な笑みで答えた。「まあ、あわてるな。まず、こいつらについて教える。ゲルマは空から見たり、人に紛れたりして、さまざまな情報を集めるのが得意だ」
「まあな」
「タイタンは人を操り惑わせる。軍勢を道に迷わせるなど造作もない」すると猫は不満げに啼き、ゲルマが通訳した。「真実に導くほうが得意だとよ」
「わざわざ言うな」ジュラはうるさそうに言った。「だから、こいつらと力を合わせれば、生まれ変わりを見出したのち、拐かして逃げる羽目となっても問題はない」猫がまた不満げに啼き、テツは顔をしかめた。「誘拐のススメですか」
「だが」かまわずにジュラは続けた。「それだけでは心もとなかろう。なに、切り札は用意してある。まことの呪具だ。これを使えば容易かつ確実に、転生したわしを探すことができる」
とまどうテツにジュラは、「そう怖がるな。旅の商人なら、呪具や呪物ぐらい見たであろう。あるいは兵だったころに」と言った。
「いえ」テツは首を横に振った。「たしかに、呪いの杖だとか特級なんちゃらというのは目にしました。でも、あいにくどれも偽物でした」
それを聞いてジュラは鼻をならした。「そう、たしかに本物は百に一つもない」言うなり彼は、懐から美しいびろうどの袋を取り出すと、中から木の箱を出し、さらに黒い石と思しき物を取り出した。
自慢の呪具は、強いて言えば指先が二本分、固まったみたいな妙な形をしている。表面に模様があるのがわかった。どうやら細かな彫刻によって装飾されているらしい。
「竜の手ですか、これは」とテツは聞いた。故郷の川の底から、昔むかしの竜の骨が石になったとされるものがときどき出土した。これもそれだろうか。ただ、石にはジュラと似た妙な迫力があり、あまり手で触れたいとは思えない。
「これこそ真の呪具。物探しの石、またの名を見い出しの手という。ひとたびこれに願えば、どんなものでもありかを明らかにし、指し示す。お前はただ従って進めば良い。そしてわしが転生した子供を見つけ事実を伝えたなら、あとはもう一度、この石を使ってわしの魂を探せ。さすれば心の中に眠るわしの意識を指し示してくれるはずだ」
「そんなにうまく行きますか」テツは顔をしかめた。「わたしは魔法使いではありませんし」
「だまってきけ。まだ伝えることがある。特に大事だ」急にものすごい目つきでジュラはテツと猫と鳥を見た。
「いいか、この石は三度しか使えぬ。だから、滅多なことでは使うな。いや、転生しちゃったわしを」彼は指輪をはめた長い指で自分を指した。「探すため以外には使うな。いいか、三度しか使えぬ。一度でも貴重だぞ」
迫力たっぷりに宣言したジュラだったが、そこまで語ると、急に咳き込んで地面に手をついてしまった。
「思ったより傷は深く進行も早い。もう間もなくか。くそ、ヒドラめ」
「と、とにかくまとめますと、わたしにその石を持って旅をして、生まれ変わったあなたを探せ、とこうおっしゃる。荒唐無稽すぎはしませんか」
困り果てたテツが聞くと、
「呑み込みがよいな。なに、ただとは言わん」と、ジュラはふたたび顔をあげて不気味な笑みを浮かべた。「見事わしを見つけ、わしが記憶を取り戻し、若い肉体とさらに強い妖力を手に入れたあかつきには、おまえに一生使い切れないほどの金をやる。いや、すでにわしの領地には」
そこまで言って、彼は咳をしてごまかした。
「御領地に、なにか」
「ふん、忘れろ」テツの何気ない問いを、ジュラは怖い顔で遮った。
「ともあれ、金さえあれば、みじめな行商などせずとも王侯貴族と変わらぬ暮らしができる。お前は商人のくせに金への執着は薄いようだ。しかし、姉の一家を支援してやりたいのだろう。甥と姪に好きな道を歩ませてやれるぞ」
術によって過去を見たとするジュラは、固い顔になったテツの目をのぞきこんだ。横でタイタンが眉間をしかめている。
「成功すれば望みはすべて叶う。だが、失敗すればなしだ。裏切りも許さん。油断するなよ、わしの身体は滅びても、霊魂はお前の近くにいるぞ。まあ、お前なら手抜きはしまい。わしが選び抜いた愚直な正直者だからな」
「いえ、そうは申しましても……」
しかし、ジュラは長身を伸ばし、悪鬼のような恐ろしい形相となって若者の両肩をつかんだ。「かならず転生したわしを探し出して意識を取り戻させろ。かならずだぞ」
急に力が抜けてジュラはその場に崩れた。「間違いなく転生するから、かならず……そうしたら、きっと、あの……」
あわてたテツは、ぐったりした相手を抱き起こそうとした。「大丈夫ですか。貴方様は人のはなし、ぜんぜん聞いてませんね」
しかし、ジュラの体からは、すでに何の力も返ってこなかった。
死んでしまったのだ。
「なんと、予言通り亡くなってしまわれた」死を確かめるとテツは驚き、かつ呆れた。「せわしないお人だ。引き受けるなどひとことも言っていないのに」
「ありゃありゃ、こいつはまいったな」ゲルマがわめいた。「展開がはやすぎ、ついてゆけないじゃないか」
タイタンはタイタンで、「にゃあ」と申し訳なさそうなひと声を上げた。
どこに穴を掘って埋葬しようか。こんなに大柄な亡骸なら、まず穴掘りの道具を探さなくては。
などとテツが考えているうちに、ジュラの死体はみるみる黒くなり、炎も出ていないのに炭のように縮んだ。そして、まるで売り払われるのを嫌うかのように、彼の身につけていたさまざまな宝石や装身具もぼろぼろと崩れはじめた。
「おわっ、こりゃ驚いた」ゲルマはただ飛び回るだけだったが、タイタンは前足をすばやく動かし、ジュラが指にはめていた指輪だけは弾き飛ばした。
だが、みる間に体も身につけた衣服も装飾品も、一切が黒い炭となった。あとには、布の袋に入ったわずかな荷物とさっきの指輪、そしてびろうどの袋に入った「物探しの石」だけが穴の中に残された。
「人を使いだてしたいなら、旅費ぐらい残すべきだと思うんだけど」
ため息をついたテツの手に、タイタンがそっと触れた。気の毒がっているようだ。埋葬しないですむのは気楽だが、肝心の怪しげな任務をそっくり丸投げとは酷すぎる。
「どうしよう」穴の上はびゅうびゅう風が吹いて、ひどく寒かった。
だが、しばらく猫と黙りこくっていたテツは、
「しかたないか」と穴の中で大きくのびをした。くよくよしてもはじまらない。彼の本来の目的は、転生がどうとかではなく、次の街での商いなのだ。
「とにかく目指す場所へ行こう。いますぐに転生するわけじゃないだろうし、あとのことは歩きながら考えるよ。あ、それより君たち、お腹は空いてないか」
そう言われてゲルマは黙り込み、タイタンはしっぽをのっそりと動かした。実はどちらも空腹だったのだ。
「悪い、まず先に聞くべきだった」テツが、真剣に食べ物を分け与えるつもりなのを理解すると、「こいつ、おれたちを使い魔扱いするばかりだったな」と言いつつ、鳥はどこか寂しそうに小さな炭となったジュラを見た。
彼の残した荷をテツは調べた。「水はあるが食べ物はなし。こっちだって大したものはないけど、君たちの口に入るものぐらいはあるさ。まず、なにかお腹に入れて、それからだな」
穴から立ち上がったテツにタイタンとゲルマも従い、ロバのアンティモンの元へと近づいた。ロバが尻尾を揺らした。