第五話 仮面の護衛ナダル
ウメノたちが死の森へ向かう道中のことである。
人間サイズのネズミの魔物、バケネズミが数匹現れ、ウメノと護衛らに襲い掛かってきた。
王都では基本的にドレスを着ていたウメノも、森を歩くとなるとパンツスタイルにロングブーツである。ブーツにヒールはついていない。
革のリュックサックを背負い、黒と茶を基調とした服を着て、髪をポニーテールにした姿は、令嬢というよりは、商人や職人として働く町娘のようである。
仮面の護衛ナダルは、魔物の襲撃を受け、真っ先に前に出ると、剣を横なぎに振るいバケネズミたちを引き裂いた。
「ウメノ様はおさがり下さい。私がお守りいたします」
「ありがとうございます。けれど、私はもともと森で暮らしていたのです。戦えないわけではありませんよ」
森人は例外なく高い魔力を持ち、魔法として扱う術も心得ている。
他の地域から死の森と呼ばれるほどに魑魅魍魎がうごめく地で暮らしていることもあり、令嬢であっても王都の兵で言えば一個中隊ほどの戦闘能力を誇る。
「それでも、私は貴女の護衛を生業としているのです。使命に応じた働きを見せる必要があります」
仮面の護衛ナダルは、もともとミト王子の専属の護衛であった。
ある時以降、ウメノの専属の護衛として働いていた。
ウメノを主として以降、ますます忠義を尽くしていた。
出自や見目に関係なく一人の人間として認めてくれたのがウメノだったからであった。
◇◇◇
王子に付く護衛騎士に、顔にアザのある新兵ナダルが混ざったのは、夏の終わりの頃である。
新兵は平民であったが、忠義に厚いと評判であり、実力は折り紙付きである。
実力と忠心とを加味して選ばれる王族の護衛ではあるが、貴族ではない者が選ばれることは珍しい。
出世欲の強い貴族出身の騎士たちから、やっかまれたことは想像に難くない。
新兵には不幸なことに、悪感情を持たれたのは騎士からだけではなかった。
守るべき対象の王子に初めて顔を見せた日のことである。
敬礼している新兵に対して、王子はこう言った。
「その顔のアザは何だ。お前の顔を見ると忌々しい婚約者を思い出す」
「申し訳ありません。お気に障るようであれば、顔を隠すことにいたします」
何度かそのようなやりとりをした結果、やがて仮面で顔を隠すようになった騎士は、仮面の護衛とあだ名をつけられることとなった。
主から見目を理由に冷たくされようとも、忠義は変わらず、職務を的確にこなしていた。
周囲にも王子にも冷たくされた護衛は、やがて、周りの者の悪意のせいで、護衛の任を解かれることになる。
ミト王子とウメノが婚約者としてのアピールを兼ねて傷病兵の慰問に訪れたときのことだった。
傷病兵が寝ているはずのベッドから、男が飛び出し、訳の分からないたわごとをつぶやきつつ、王子とその婚約者に向かって飛び出した。
「殺してやる!」
「え?」
突如現れた暴漢は、ウメノをめがけて駆け寄り、ナイフを振りかざした。
「お下がりください」
仮面の護衛はウメノと暴漢の間に立ち、ナイフを手甲で受ける。
鎧を着ていないため、押し切られたナイフがわずかに肩に刺さるが、気にせずあごに掌底を入れ、意識が一瞬飛んだところを取り押さえる。
けがを負いながらも取り押さえることに成功した。
少し遅れて、他の護衛もたどり着く。
暴漢をしばりつけ、詰所に連行していく。
忠実に仕事をこなした仮面の護衛であったが、王子の婚約者に恐ろしい思いをさせたとして、責任を取らされることとなった。
仮面の護衛を辞めさせる機会を待っていた、貴族出身の上官による理不尽な宣告である。
王子本人も解任には同意した。口には出さないが、ナダルの顔を好ましくないと思っていたことが理由である。
叱責され、王子の護衛を辞めさせられることが決まりかけたころ、ウメノは口をはさんだ。
「では、私の護衛として雇ってもよろしいでしょうか。これほど美しい器を持つ方は初めて見ましたので」
「美しい? 醜い顔を隠すために仮面をつけさせている男にふさわしい言葉とは思えない。ま、どうせ俺の護衛は解雇するからな。連れていけばいい」
仮面の護衛は、見た目と出自を理由にして、王子の護衛からアザを持つ令嬢の護衛になった。
対象が変わろうとも、忠義は変わらず、仮面の護衛は主となった者を守ることに邁進した。
ウメノは身分でも見た目でも差別することなく、ナダルに接した。
悪感情を向けられることの多かったナダルは、穏やかな気持ちで勤めることができた。
彼は、出世の道を断たれたにもかかわらず、穏やかな気持ちでいられた。
主従の関係であり、王族の婚約者でもある相手に好意を持つということは許されない。
つけることを強いられてきた仮面は、ここにきて役割を増やした。彼の気持ちを隠すことにも役立ったのだ。




