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エピローグ

【鷺宮=アーデルハイト=弥守】



「ふぅ…………」


 諸々の入校手続きを終わらせ、やっと一息つくことができた。

 時間帯的には放課後、ヴァリアブルが提携している高校の職員室から出て、私は明日から通うであろう教室の下見に向かった。


「それにしても大変だったなぁ……」


 私は修斗と口論になった時のことを思い出していた。

 半年間かけた作戦も修斗の首を縦に振らすことはできなかった。

 私のミスは、修斗がサッカー以外に夢中になれるものを見つける可能性を考慮していなかったことだ。

 実際、赤坂監督と接触した時点で修斗の気持ちは大きく傾いていたはずなのに、最後にブレーキをかけたのは周りの友人や生徒会の人達の存在だった。

 これ以上押しても効果が無く諦めてしまおうと思った時、一つのアイディアを閃いてしまった。


 それは〝自分と修斗の関係性を壊してでも闘争心に火をつける方法〟。


 自分を悪者に仕立てあげ、修斗を煽り散らかすことでサッカーを続ける道へ強引に引き戻すやり方だ。

 正直かなりためらった。

 それは修斗を酷く傷つける行為に他ならないし、修斗との関係を終わらすことを意味する。

 サッカーをしていない修斗に興味が無いのは本当だけど、裏を返せばサッカーをしている時の修斗は今でも好きなんだ。

 このやり方で修斗がサッカーをやることになったとしても、その隣に私の居場所はない。


 修斗と一緒に同じ学校に通い、同じクラスメイトとして過ごす未来もあったのかもしれない。

 私のことをよく思わない人がいたかもしれないけど、八幡や若元みたいな良い人達もいた。

 きっと楽しい学校生活を送れたのかもしれない。


 でも物足りない。


 あの日あの時あの場所で修斗のプレーを見てしまった以上、心のどこかに物足りなさを感じてしまう。


 だから私は演技した。


 まるで癇癪を起こしたかのように怒り狂い、自分の心を傷つけながら修斗の自尊心を攻撃した。

 結果、修斗は私に対して敵意を剥き出しにしながらサッカーを続ける可能性を口にした。

 私一人の犠牲で将来、一人のスーパースターが世界に名を轟かせるとするのなら安いものね。


「あれ……? 何で視界が滲むんだろう」


「鷺宮、本当に転校してきたんだな…………泣いてるのか?」


 教室に向かう途中で神上に会った。

 事前に連絡していたから私が転校してくることは知っているのだけど、タイミング悪いところを見られてしまった。


「ゴミが入っただけですけど」


「そうか。だがどういうつもりだ? 修斗の追っかけのお前がこっちに転校してくるとは」


「修斗を追いかけるのはもうやめたの。それより喜びなさい、これからは私が貴方達とクシャスラの連絡役をしてあげるわ」


「追っかけをやめた? にわかには信じ難いが……」


 どうやら私が修斗の熱心なファンであることは周知の事実らしい。

 そんな前面に出しているつもりはなかったのに不思議ね。

 神上はしれっと私の荷物を持ち、そのまま教室へと案内してくれた。

 修斗の親友でトップクラスの個人技の持ち主。

 彼もまた、修斗の復帰を強く望む内の一人。


 どうして私がこんなにも修斗のプレーに惹かれているのか。

 類い稀な視野の広さ? ミスの無い堅実なプレー? 高い決定力やアシスト能力? それとも修斗の代名詞とも呼ばれている『両足利き(スイッチキッカー)』?


 違う。

 そんなプレーが出来る人はプロにも沢山いる。

 きっと修斗自身は当たり前のことすぎて気付いていないけど、他にも修斗の才能に気付いている人はいる。

 それは神上だったり、城ヶ崎だったり、赤坂監督だったり。


 修斗の突出した才能。


 私の目に狂いがなければそれはきっと、『瞬時にボールの到達地点を予測すること』なのではないか。


 例えばドイツとの代表戦、私が心を奪われたプレーというのが、台徳丸から出されたロングボールを修斗は蹴った瞬間のみ確認し、その後は一度も振り向かずに走ってボールの着地点に歩数を合わせ、ダイレクトでゴールへシュートした場面があった。

 惜しくもゴールにはならなかったが、私はそのたった一つのスーパープレーで虜になった。


 ヴァリアブルに保管されていた修斗の過去の試合でも、スルーパスへ一度もボールを見ずに最短距離へ届いていたり、浮き玉をノールックでトラップしているシーンがあった。

 つまり修斗は、ボールの着地点と自分の距離を瞬時に判断して、そこまでの最適な歩数が感覚で分かるんだと思う。

 1歩のブレなく。


 そんなプレーヤーは見たことがない。


 サッカープレーヤーとして必要なあらゆる技術を習得し、高いサッカーIQを有し、唯一無二の才能を持つ。

 だから私は修斗に惹かれるんだ。


「ここのロッカー使えよ」


 神上が教えてくれた教室のロッカーに教科書などの荷物をしまった。


「このクラスには基本的にヴァリアブルの連中が固まってる。同じクラスの方がなにかと都合が良いかららしいぞ。この後すぐ練習が始まるから鷺宮も───」


「神上が警戒しているユースや学校は?」


「警戒? 強いて言えばFC横浜レグノスや青森光聖あおもりこうせい学園だな。負けるとは微塵にも思っていないが」


「じゃあもし…………もしも神上が圧倒されるような選手が出てきたとしたら?」


「そんな奴がいるかよ。それこそあり得るのは修斗ぐらいのもの………………待て、どういう意味だ?」


 私は神上に対して意味深に笑った。

 もしも修斗がサッカーを続ける道を選んだとするならば、必ずヴァリアブルと戦う場に出てくる。

 きっと来年か再来年。

 修斗は私達の前に立ちはだかるだろう。

 隣に立つことは出来ないけど、相対することは出来る。


(頑張れ修斗。私はいつまでも修斗のファンだから)


 不確定な未来に思いを馳せ、私は新天地からまるで信者のように祈りを捧げたのだった。

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