偶発的必然①
「ふぅ…………」
土曜日、学校が休みだった俺は生徒会新聞の内容を書き連ね、形としては新聞としての体裁を組み立てることができた。
梨音は八幡とどこかに行くと言って遊びに行っているみたいで、俺は息抜きがてらボールを持って近くの広場に行った。
最近は学校終わりや休みの日に少しだけボールをここで触っていることが多い。
といっても軽い運動程度しか出来ないが、頭を使った後は体を動かすに限る。
「高坂」
延々とリフティングを続けていると、不意に名前を呼ばれた。
呼んだ相手を見て俺は少し驚いた。
当時、東京Vジュニアユースにおいて俺達を指導していたコーチ兼監督である、赤坂蓮監督だった。
まさかこんなところで会うとは。
「赤坂コーチ」
「久しぶりだな。ボール、蹴れるようになったのか?」
「軽く、程度ですが」
「良いことだ。君ほどの才能が潰れてしまうのは悲しいことだからな」
この人は最後まで俺の可能性を信じてクラブの幹部にユース昇格を推薦してくれていた人だ。
まだ年齢は30代前半と若く、モチベーターとしてチーム内の士気を上げるのが得意な人で、選手個人の長所を伸ばしていく指導方法を取っている。
俺達の世代がここまで成長できたのも、この人のおかげと言っても過言じゃない。
「赤坂コーチは変わらずジュニアユースの監督を?」
「今のところはな。でも来年からはユースのコーチとして指導するように話が出ている。また神上達を指導できると思うと心が躍るよ」
赤坂コーチは嬉しそうに笑った。
「高坂はどうだ? 高校で楽しくやれてるか?」
「ええ、思っていたよりも楽しくやれています。面白い奴らがいるんですよ」
「そうか! 実は上手くやれているか心配していたんだ。人付き合いが悪いわけではなかったが、高坂は一つの方向に集中し過ぎる傾向が伺えたからな」
高校に行った後の俺のことまで心配してくれていたとは、相変わらず良い人だ。
「今のジュニアユースはどうですか?」
「悪くはない。だが、君達の世代と比べるとやっぱり物足りなさを感じるな。一番期待できるのが安達だが、実力的にはエースを張れるとも言えない」
安達は一個下の後輩だが、この前の瑞都とユースの試合で出ていた俺の同期達に比べると誰よりも劣っている印象だ。
「まぁ中学生の間は大きく成長する時期でもあるから、一概に出来が悪いなんて烙印を決めつけることはありえないけどね。高校に入ってから急成長する選手も多い」
「そうですね」
それから俺と赤坂コーチは近況の他愛無い話をして時間を過ごした。
コーチは俺に気を遣っているのか、意図的に今後の復帰の可能性については触れず、高校でどんなことをしているのか、自分が高校生の時にはどんなことをして過ごしていたのかを面白可笑しく話してくれた。
「さて、そろそろ俺は帰るとするよ。にしても高坂と会えて良かった。クラブを抜けてからは連絡が何も無かったからな」
「その頃は落ち込んでいましたからね。ちなみにコーチはどうしてここへ? 偶然通り掛かったんですか?」
「あー…………実は高坂が夕方にこの広場によくいるって話を聞いてな、もしかしたら会えるんじゃないかと思ってクラブの練習帰りに寄ってみたんだ」
誰からか聞いた……?
俺は別に誰にもここでボールを蹴っていることは話していないはずなんだが……。
強いて言えば梨音が知ってるぐらいだが、そんなことをわざわざ話す相手もいないだろう。
「誰から聞いたんですか?」
「高坂も知っている子だよ。ほら、うちと業務提携をしているクシャスラFCのオーナーの娘さん」
「…………鷺宮?」
「そうそう、その子。その子と高坂の話をしている時に、ここの公園に来れば高坂に会えるかもしれないと聞いてね、練習のついでがてら寄ってみるかと思って来たんだよ」
何で弥守がそんなことを知っているんだ?
ここでボールを蹴っていることなんてアイツには一言も……。
思わず俺は後ろを振り返った。
当然だがそこには誰もいない。
アイツは俺と同じ高校に行くためだけに父親に頼み込んでクラブを動かしたストーカーだ。
もしかして…………俺、尾けられてた?
「どうした高坂?」
「いえ…………こちらもお会いできて良かったです」
「じゃあ、体には気を付けるんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
赤坂コーチは帰っていった。
コーチと話せたことは良かった、だけど不安も残った。
これは直接本人に問いただすのが良いかもしれない。
「怖えぇよ……」
思わず苦笑いが溢れた。




