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強者蹂躙②

 序盤からペースはヴァリアブルだった。

 前線からプレスをかけてプレッシャーを与えようとする瑞都高校だったが、それに対するヴァリアブルが慌てることはなく、最後列とボランチを通して簡単にパスを回されていく。

 ワンタッチ、ツータッチでパスを回すボールの動かし方はジュニアユースから変わらず、その練度の高さはBチームであることを感じさせないレベルだった。


 ボールを奪取することが難しいと判断した瑞都高校側は、監督の指示により前線からのプレスを中断させ、自陣にボールを運んできたところを奪う形へとフォーメーションチェンジをした。

 元からいくつかプランを準備していたんだろう。

 しかし、プレスが無くなり最終ラインを押し上げることができた賢治が、優夜に向けて一本のロングボールを繰り出した。

 前橋兄が体を寄せてマッチアップするも、優夜は有利なポジションからブレることはなく、ペナルティエリア直近でなんなく胸トラップから足元に収められてしまった。


 そこから俺は驚かされた。


 優夜は足元に収めると同時に反転し、ゴールまでの距離がまだあるにも関わらず振り向きざまに強烈なミドルシュートを放った。

 一連の流れの速さにキーパーの反応も遅れ、あわやゴールが決まるかと思われたが、ボールは運良くクロスバーに防がれ、タッチラインを割っていった。

 開始5分、たった一本のシュートで瑞都高校に動揺が広がったのが見て取れる。


「な、なに今の…………」


「中盤をすっ飛ばしてピンポイントのロングボールからボールを収め、ノーステップであの威力のシュート。簡単にこなしてるように見えるが並みの選手じゃ難しい。体の使い方が上手くなってるな」


 前橋兄じゃ優夜を止めるには力不足のようだ。

 今のを続けられたらサッカーどころではなくなる。

 恐らく2枚ディフェンスを付けて対応することになると思うが……。


 瑞都側のゴールキーパーはディフェンスにボールを預け、一旦落ち着かせるようにしてゆっくりあげていくつもりのようだ。

 だが、前線からプレスを掛けていく戦い方はヴァリアブルも同じ。

 光が最速で寄せ、中に出したところを優夜が狙い、縦のボランチへ出そうとするも流星が詰めており、仕方なくキーパーへ戻したところを再び優夜が追いかける。

 右も涼介がマークに付いているためキーパーは出し手がいなくなり、前線へとクリアするしかなくなった。

 そのクリアボールを賢治が競り勝ち、ヘディングで味方へオトしたことで再びヴァリアブルボールになった。


「プレスはやっ!」


「ヴァリアブルにも戦術はいくつかあると思うが……結局のところゲーゲンプレスを攻略できるチームがほとんどない。それほどまでにクオリティが高いんだ」


「でもゲーゲンプレスって本来は、ボールを奪われた時にすぐに切り替えてボールを取りに行くショートカウンターの役割だよね? ヴァリアブルの場合、ゴールキックから既に狙いに行ってたというか、全体的に前に押し過ぎじゃない? 最終ラインがほぼハーフラインだよ」


「よく知ってるな。確かにゴールキックからプレスをかけたら縦の選手間が間延びして、縦パスを通されやすくなる」


「それを抑えるために後列の選手も上がってきているのよね」


「弥守の言う通りだ。後列が前にズレてマークにつくから必然的に最終ラインが上がってしまう」


 俺は現在のフィールド上の選手をそれぞれ指差しながら桜川に説明した。


「本来はここまで上がることは珍しいんだが…………瑞都高校側の戦術が敵を引き込んでのカウンター狙いだと判断したから最終ラインを押し上げてハイプレスの形を取ることにしたんだろう」


「でも向こうの監督さんは何も指示してなかったよ?」


「それは全て選手達の判断だろうな。監督……コーチから指示が飛んでくることは練習試合ではあまりない。それぞれが状況に応じたプレーをするためにコミュニケーションを取るよう言われているからな」


「じゃあ逆にこれは私達にとってチャンスでもあるってことだよね?」


「相手からボールを奪えれば、カウンターの絶好のチャンスだ。だけど…………」


 そうこう話している間に丁度良く瑞都高校がパスをカットした。

 すぐさまヴァリアブルが寄せてくるも落ち着いて前線にいる狩野隼人にパスを出す。

 この試合、初めて狩野にボールが渡った。

 ディフェンスは3枚いるが狩野の前には賢治のみ。

 これを抜けばフリーのチャンス。


 狩野はボールを受けると同時にすぐさま仕掛けた。

 時間をかければディフェンスが戻ってくるため良い判断だ。

 スピードに乗ったドリブルで余計なフェイントも入れず、賢治に対して裏街道を仕掛けた。

 ボールを右から裏に出し、自分は左から賢治を抜こうとする基本的なスピード勝負。

 バック走していた賢治がスピードで仕掛けられれば追いつけることはなく、あわやフリーとなりかけたが、裏に出されたボールを賢治がなんとか足を伸ばして防いだ。

 ボールは左サイドバックのヴァリアブルの選手が拾い、瑞都高校のカウンターは失敗した。


「うわー!! おしいー!!」


 桜川が興奮したように残念がったのと同じように、周りの観客からはため息まじりの歓声が聞こえた。

 普通の人から見れば抜ければ一点もののビッグチャンス、ギリギリ賢治に軍配が上がったという風に見えていただろう。

 だが、賢治を知っている俺にとっては止めるべくして止めたとしか思えなかった。

 そしてそれは、顔をしかめている狩野も同じことを思っているだろう。


 敵のドリブルに対応するために身構え、相手の動きに反射で対応するなら、普通は今の裏街道もギリギリ足を伸ばして倒れ込みながら防げるレベルのものだった。

 しかし賢治はまるで、始めから裏街道が来ると分かっていたかのように倒れ込むことなく防いでみせた。


 アイツのディフェンス能力で一番怖いところは、体格に恵まれたフィジカルでもなく、正確無比なロングフィードでも、抜群のラインコントロールでもない。

 アイツの一番怖いところは、1対1の対応能力だ。

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