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プロローグ

 私はドイツ生まれのパパと、日本人のママの間に生まれた、いわゆるハーフだった。


 パパはドイツのとあるサッカーチームのオーナーを勤めていたことからドイツに単身おり、私はママとお手伝いさんと一緒に日本で暮らしていた。

 でも長期休みの時はパパがいるドイツに遊びに行っていて、ドイツ語もそれなりに話せる。

 とはいえ私はサッカーにあまり興味が無かったので、パパの持っているチームがどんなレベルなのか、どんな選手がいるのかは全く知らなかった。


 14歳の冬、3学期が修了した春休みになった頃に私は再びパパに会いにドイツへと遊びに行った。

 パパは仕事で日中はいなかったので、ママに少し散歩をしてくると言うと「危ないからあまり遠くへは行っちゃダメよ」と言われた。

 小さい頃から何度も来ている所だったので周辺の地理には詳しかったが、ママの言いつけは破りたくなかったので近くの公園に行くことにした。


 日本とは違い、風景も文化も異なるドイツは私にとって毎日が新鮮だった。


 公園に着いたところでどうしようか考えていると、見慣れない人物を見かけた。

 決して周りが知り合いばかりだから、というわけではなく、ここがドイツであることを考えればアジア系の顔をした男の子がいるのは少し風景に馴染まなかったからだ。


 トレーニング用のウェアを着て、ネックウォーマーとニット帽を被っている男の子はまるでランニングの途中だといわんばかりの格好だった。

 特に焦っている様子はないにしても、辺りをキョロキョロとして首を傾げている様は、どう見ても道に迷ってますと言っているようなものだった。


 パッと見は日本人ぽい。


 こんなところで日本人に会うなんて珍しいから話しかけてみたいと思ったけど、もし違ったらどうしよう。

 そんな一抹の不安を抱えていたけど、彼のトレーニングウェアの胸元には日の丸が描かれていたことから日本人だとすぐに確信し、私は彼に近づいた。


「ハイ!」


「え? あ、やべ。ドイツ語分かんねぇ」


 彼は私を見てドイツ人と勘違いしたのか、なんて話そうかドギマギしてしまったようだった。

 私の見た目は明るい茶髪の碧眼でほとんどドイツ人寄りなので仕方ないのかもしれない。


「大丈夫。私、こう見えて日本人だから」


「えぇ? 脳がこんがらがる。ドイツでドイツの人に声かけられたと思ったら日本人と言われた件について」


「そんな深く考えなくていいから」


 そんな脳が錯覚起こしてるみたいな。


「もしかして道に迷ってたんじゃない?」


「よく分かったね、実はそうなんだよ。グラウンドまでチームでランニングで向かってたんだけど、ちょっとしたことで遅れたら見失っちゃってさぁ」


「ふ〜ん……」


 そう言って話す彼の表情からは、とても深刻そうなようには見えなかった。

 ただ無邪気そうに笑っていた。


「グラウンドってどこ?」


「アリアンツ・アレーナっていうスタジアムの近くらしいんだけど」


 ああ、知ってる。

 パパが持ってるサッカーチームのスタジアムがそこで、何度か見に行ったことがある。


「もしかしてサッカー?」


「よく分かったじゃん。実はUー15の日本代表で来てて、そこでドイツ代表と試合やる予定なんだけどさぁ、このままじゃ遅刻だな」


 と言いながらも相変わらず飄々としている男の子。

 見知らぬ土地で迷ってるのに、凄いメンタルしてるなぁこの人。

 ここからアリアンツ・アレーナならほとんど直線道で行けるし、なにより暇だからこの男の子を案内してあげるのもいいかもしれない。

 人助けならママもとやかく言わないだろう。


「どうしてもっていうなら、そこまで案内してあげてもいいわよ」


 私は得意げに鼻を鳴らしながら彼に言った。

 ところが彼から返ってきた言葉は予想に反するものだった。


「いやー大丈夫です」


「な、何で!?」


「知らない人にはついて行くなって言われてるし」


 し、知らない人って!

 明らかに同年代の、しかも女の子相手なのに!

 どんな優等生気取ってるのこの人!


「じゃ、じゃあ自己紹介! お互いに名乗れば知らない人じゃないでしょう!?」


「一理ある」


「でしょ!? …………こほん、私は鷺宮さぎみや=アーデルハイト=弥守みもり。よろしくね」


「高坂修斗、14歳」


「あ、同い年だね」


「じゃあタメ口でいっか」


「最初っからタメ口だったじゃない!」


 思ったよりも変な人かもしれない。

 改めて私はそう思った。


「じゃあ案内してあげる。感謝してくれてもいいのよ?」


「うん、心の底からありがとう。いや、ダンケシェーン?」


「だから私も日本人だよ。でも…… Bitte schön (どういたしまして)」


「おお!! 凄いドイツ語っぽい!!」


「紛れもないドイツ語だよ」


 そして私は彼を……高坂修斗を連れてスタジアム近くのグラウンドへと向かった。

 着いた時には彼が言っていた通りに同い年くらいの選手がいっぱいいて、まさにこれから試合を開始しようとしていたところだった。


「お、着いた! マジで着いたよ鷺宮! 助かったぜ!」


「弥守でいいよ。サッカー、良く分かんないけどシュートは上手いの?」


「ああ、上手いよ」


 ハッキリと言い切った。

 飄々とした態度ではなく、自信に満ち溢れた表情だった。


「あっ! 監督、修斗いました!!」


「なにぃ!? どこほっつき歩いてたこの野郎!」


 シュートのチームメイトらしき人物達が次々にシュートに気付き、声をあげていた。


「おいおい修斗、消えたと思ったら女連れかよ。ナンパか?」


「すげー! めっちゃ可愛い!!」


「このヤリチン野郎ー!」


「ばーか、道に迷ってたのを助けてもらったんだよ」


 グラウンドに入ろうとしたところでシュートは大人の人に頭を叩かれていた。


「マジで焦らせんな! 他国で迷子なんて洒落にならん! もう少しで大捜索だ!」


「その分活躍しますから勘弁してくださーい」


「当たり前だ! すぐに準備しろ!」


「へーい」


 怒られているのにも意に介さず、シュートはくるりとこちらを向いた。


「ミモリ、もし良かったらサッカー、見てってくれよ。案内してくれたお礼」


「でもサッカーあんまり興味ないし……」


「大丈夫。サッカーがこんなにも楽しいものなんだって、見てるだけでも思わせてやるからさ」


 そう言ってシュートは試合の準備をしに行ってしまった。


 また適当なことを。

 プロの試合を見てもつまらなかったのに、中学生の試合なんか見ても楽しいわけがない。


 そう思いながらも、どちらにせよ暇だったこともあり、私は外から日本代表対ドイツ代表の試合を観戦した。

 そしてシュートの言った通り、私の価値観は大きく変えられた。

 たった一人のプレーが、こんなにも人を魅了するものだなんて知らなかった。



 その日からシュートが日本へと帰るまでの数日間、私は暇さえあれば彼と一緒にいた。

 それはまるで昔ながらの熱烈なファンのように、もしくはそれが初恋だったかのように、私の心を熱くした。



 そして1年後。



 高校生となった私は、日本で再びシュートと出会うことになる。

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