若元梨音④
「ちょっとお父さん! それ本当!?」
「お父さんが昔モテてたという話か?」
「そんな話は微塵もしてない! 修斗がうちに泊まるって話!」
「泊まるってレベルじゃないぞ。暮らすんだよ、ここで」
き、聞いてない!
何でそんなことに!?
家が私の家からの方が近いから?
いやいやいや落ち着け私!
修斗の家と私の家の距離は50m!
気にするような距離じゃないじゃん!
「な、なんで?」
「修介のやつがな、仕事の関係で福岡の方に引っ越さなくちゃいけなくなったらしい。明日香さんも仕事の関係で基本家にいないから引っ越しに付いていくだろうし、そうなると修斗は高校決まったばかりなのに引っ越すのは可哀想だと思ったらしくてな、少し前に頼まれたんだよ、修斗の面倒を見てくれってな。俺と母さんは昔から面倒見てたようなもんだし全然問題ない」
「でも修斗が何て言うか……」
「それで昨日、修斗も残るって言ったらしいんだよ。だから高校生の間は修斗の面倒をウチで見ることになった」
「ええ〜…………」
ま、まぁ?
そういう事情があるのなら? 仕方ないことだと思うし?
幼馴染同士助け合うのは当然のことだし、修斗がウチに来るからって私は別に意識したりは……。
「梨音、先に一言言っておく」
「な、なによ」
「いくら修斗にホの字だからって、襲う時はちゃんと修斗の合意を得てから───」
「しないよ馬鹿じゃないの!?」
何考えてるのよこのバカ親父!
そもそも私が修斗に惚れてるわけ…………惚れてるわけ…………っ!
「ともかくだ。2階の物置きにしてる部屋があるだろ? そこを修斗に使ってもらう予定だから、明日までに軽く片付けといてくれ」
「わ、分かった……」
「いいか? くれぐれも合意をだな」
「もおー! さっさとお店行きなよ!」
散々余計な事を言ったのちにお店の方に帰っていった。
お父さんは私と修斗をどうしたいのよ。
そもそも修斗にそんな気はないんだから。
変なことを言って気まずい雰囲気にしないか心配だ。
余計な事を言わないように、後でしっかり釘を刺しておかないと。
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「梨音起きろー、もう少ししたら修斗が来るぞ」
「…………ぅえ? …………えっ!?」
次の日の朝、気持ちよく寝ていた私はお父さんに起こされた。
寝ぼけた頭で、今言われたことの意味を必死に考える。
修斗が…………これから来る?
「修斗が来たら部屋に案内と、必要なものの買い出しに付き合ってやってくれ」
「え? え? 修斗が来るのは4月からって……」
「何言ってるんだお前、明日から高校始まるんだから今日来るに決まってるだろ」
「ちょっ……待って待って! まだ何も準備してない!」
「お前が準備する必要はないだろー。変な子だな」
「何でもっと早く言ってくれないのよー!」
「うわ逆恨み。母さーん、娘が反抗期だよ」
「えー? いつものことじゃないー」
「え……? いつも嫌われてんの俺……?」
お父さんがしょんぼりしながら部屋から出て下に降りていった。
いつもあんな感じでいい加減だからお父さんは困る。
大事な情報はフワフワして適当に伝えるんだから!
と、とりあえず修斗が来る前にパジャマだけでも着替えて…………!
「おい、梨音! 修斗が来たぞ!」
(ぎゃあー!)
準備をはじめたところですぐに修斗が来てしまった。
私は簡単にシャツとショートパンツに着替え、下へと降りた。
「………………来たんだ」
大きな荷物を抱えた修斗が既にいた。
だ、大丈夫かな。
変に寝癖とかついてないかな。
せめて鏡で身だしなみだけでも整えたかった……!
「修斗の部屋の案内と、荷解きを手伝ってやってくれ。俺と母さんは開店準備があるからな」
「分かった」
「よろしく」
修斗が私の後について階段を上ってきた。
うう……後ろからすごい見られてる気がして落ち着かない……。
「なぁ、お前寝起きか?」
(ぎゃあー! バレてるー!)
修斗の図星を付いた質問に思わずドキリとしてしまう。
「そんなことない。ずっと前から起きてた」
本当はバッチリ寝起きだけど、恥ずかしくて認めたくないので強がって否定した。
「でも頬っぺにヨダレの後ついてるぞ」
「えっ!? 嘘っ!」
「嘘」
「〜〜〜っ!」
この男はホントに……!
相変わらずデリカシーの無いことを……!
私は振り向き様に修斗の肩を叩いた。
「うわあぶねぇ! 突き落とす気かよ!」
「本当に突き落とそうか?」
修斗を部屋に案内した後は荷解きを手伝い、駅の方で買い物に付き合った。
「明日っから高校生か。梨音は緊張したりしてるか?」
その道中で、修斗が話題を振ってきた。
「んー…………そんなにかな。高校自体は家からもあまり離れてないし、中学の時からの知り合いも何人かいるしね」
「いいな。俺は仲良かった奴は誰も瑞都高校には行かないからなぁ。そりゃ知ってるやつはいるけどよ、それこそ仲いい奴なんて梨音ぐらいのもんだ」
「ふーん…………」
仲良いのが私だけと聞いて思わずにやけそうになった顔を隠すため、顔を背けてしまった。
「なんで顔背けんだよ悲しくなんだろ。クラブの奴らもそのままユースにあがって全寮制の学校に行った奴らがほとんどだしよ、俺はサッカーしかやってこなかったツケが回ってきた感じだな」
そう言って修斗はアハハと笑った。
こんなふうに修斗が笑う時、それは大抵私のことを心配して強がっている時だ。
それに気付かなかったあの時は不甲斐ない思いをしたけど、今なら分かる。
「……高校で何か面白いものが見つかるといいね」
それはサッカーを含めての発言。
もし修斗が本当にサッカーを諦めたのであれば、私は新しい修斗の生き方を手伝うし、凄く良いことだとも思う。
でも私は知っている。
さっき荷解きを手伝った時に、修斗がボールを持ってきていたことを。
だからもし、修斗がサッカーを続けたいと言うのであれば、私は全力で応援する。
それが修斗に対する、今の私の想いだった。




