エピローグ
月曜日、登校した俺はすぐに新之助の元に向かい、家で話し合ったことを報告をした。
「新之助」
「よう修斗。話はできたかよ」
「おう。お前のおかげで梨音と仲直りすることができたよ。本当にありがとうな」
「よせやい。俺達の仲じゃねえか。お前らがギスギスしてたらこっちまで気分が悪いってもんよ」
「それで梨音に俺の気持ちを伝えたら、俺達付き合うことになったんだ」
「………………は?」
「いやぁ親友のお前が俺にとって一番大切なものが何かを再認識させてくれたおかげで無事───」
「お前なんか親友じゃねぇ!!!」
「はあああ!? なんだその手の平返しは!!」
「うるせぇリア充!! お前なんかボールの角に頭ぶつけて死ね!」
「ボールに角ねぇよ!」
「うわああああああ!!」
そのまま奇声を上げたかと思えば走って教室から出て行ってしまった。
相変わらず騒がしい奴だが、新之助とのこういう絡みも久しぶりだったので、自然と笑みがこぼれた。
梨音とは親公認で正式に付き合い始めたわけだが、だからといって何かが劇的に変わったわけではない。この事実をわざわざ大っぴらに公表するわけでもないし、これまでの関係性が大きく変わったわけでもない。
ただ、お互いの不安定だった立場をはっきりさせただけでも安心感が出てくるものだ。
強いて言えば、目が合った時に若干の気まずさ、というよりも恥ずかしさが生まれたことぐらいか。
昼休み、俺はとある人物に連絡を取った。
12月の冷える中庭に現れたのは狩野隼人。
瑞都高校サッカー部のエースだ。
「お前から連絡が来るとはな。文化祭以来か」
「そうですね。今日は狩野先輩にお話ししたいことがありまして」
「なんだ? まさかサッカー部に入りたいとかか? なんてな」
「そのまさかですよ」
俺の言葉に狩野先輩が固まった。
冗談で口にしてみたようだが、予期していた答えとは違ったようだ。
「どういう風の吹き回しだ? 確かに俺は高坂をサッカー部に誘ったが、確率で言えば10%以下の賭けにもならない戯言だったつもりだが」
「ならその10%を引いたんでしょうね。俺の周りに低確率を当たり前のように引っ張ってくる友人がいたんですよ。確率論無視系フレンドです」
「何を言ってるんだお前は」
何を言ってるんだろうな俺。
「高坂が入ってくれるというのなら俺はもちろん無問題だ。だが、高坂は東京ヴァリアブルに固執しているもんだと思っていたんだが……」
「固執してますよ。東京ヴァリアブルを倒して見返すことが俺の絶対の目標です。ただ、それは高校の部活からでも可能なんです」
「練習試合の話か? 確かに俺達がやったようにそれは──────いや、プレミアリーグか!」
「はい」
プレミアリーグとは、全国高校選手権とは異なる大会であり、高円宮杯JFA U-18サッカープレミアリーグのことで、約3,900チームのうち24チームのみが参加できる日本の高校年代で最高峰のサッカーリーグのことだ。
そこではユースチームと高校の部活が入り混じり、EASTとWESTに分かれ総当たり戦にて優勝を狙い、EASTとWESTの優勝チームが日本一を目指し戦うのだ。
リーグは上から順にプレミアリーグ、プリンスリーグ(関東1部、2部)、都道府県リーグと並ぶ。
そして当然、東京ヴァリアブルは最上位のプレミアリーグだ。
「狩野先輩は言いましたよね。今年は関東2部で優勝圏内にいるって」
「ああ、確かに言った。そして実際に俺達は今年関東2部で2位になったことで、来季プリンスリーグ関東1部に昇格することが決定した」
「つまり、来年の関東1部で上位に入りプレーオフで勝利することができれば───」
「高坂が3年次、プレミアリーグで東京ヴァリアブルと戦うことができるってわけか……」
12月の頭に瑞都高校が関東1部昇格を決めたのは知っていた。
そして瑞都高校サッカー部に入部することを決めた時、このルートであれば東京ヴァリアブルと戦えることを思い付いた。
そのために踏破すべき壁はいくつかあるが、これを全て乗り越えた時、どのユースチームよりもヴァリアブルに勝てる確率は高くなるだろう。
「だから狩野先輩、貴方は確率が10%以下だと言いましたが、そもそも狩野先輩達がこの成績を残せていなければ俺は部活に入ることはありませんでした。俺が部活に入ることにした決め手は、俺を引き止めた友人だけでなく狩野先輩も一役買ってるんですよ」
「そうか………………俺は後輩達のためにお前を引き入れるという大きな仕事をやってのけたわけだな」
「誇っていいですよ」
「口のデケぇ後輩だな。ひとまず俺達は12月の末、高校サッカー選手権の決勝トーナメントがある。そこで大きな結果を残してきてやるよ」
「ええ。ちなみにですが、俺は正式に入部するのは3月になると思います。生徒会、最後までやり遂げたいんですよ」
神奈月先輩、大鳥先輩、新波先輩、それに前橋には散々迷惑をかけてしまったからな。
神奈月先輩の卒業まではしっかりと生徒会の一員として活動させてもらおう。
「ああ分かった。監督達にはひとまず説明しておくから顔はいつでも出していいぞ」
「ありがとうございます」
話が一区切り着いたところで狩野先輩とは別れた。
これでひとまず部活の方への根回しはすんだ。
残るはこの1ヶ月半で蒔いた種がどれだけ引っかかるかってところだが……。
『ティロン♪』
「おっ、早速一人返信が来たか」
──────────────────
【鷺宮=アーデルハイト=弥守目線】
「…………は?」
『だから、高坂は部活に入るんだってよ』
狩野から電話にてその報告を受けた時、私の思考回路が停止した。
というよりも耳を疑った。
城ヶ崎達のトップチームの試合を見た修斗は、確実に劣等感に身を焼かれたはずだ。
実際、その後の修斗が色々なクラブユースをまるで道場破りのように訪れていた情報がある。
私の予想が外れるわけがない。
だって私は修斗よりも修斗のことを理解しているんだから。
「くだらない冗談なんていらないわ。修斗が部活なんて入るわけないじゃない」
『冗談じゃないんだなこれが。俺も入るわけないと思っていたんだが、どうやら高坂の周りには頼りになる友人がいるらしい』
友人…………? 一体誰なのよ私の計画を狂わせたのは!!
…………まさか梨音じゃないわよね?
あの子に修斗の心を動かせるとも思えないし。
だとしたら私の知らない誰か……ってことかしら。
ぐぎぎ……! 私以外に修斗の心を動かせる人がいるなんて……!
『ははっ、なんでも自分の思い通りにはならないんだぜ鷺宮』
「黙りなさい。元々の目的であるサッカーに復帰させることには成功しているから別に構わないわ。ただ少しルートが変わっただけよ」
最終的に修斗がプロの世界まで到達してくれればそれでいいの。
そうすれば世間も修斗の存在の大きさに気付くんだから。
部活経由であってもそれは変わらないわ。
『悪いが、これからの高坂は俺の後輩になる。お前の謀略には手助けできなくなるぜ』
「構わないわ。貴方は来年からのクシャスラでのレギュラー争いに備えなさい。私だってお父さんに無理言って貴方をねじ込んだのだから、活躍してくれないと信用に関わるの」
『ああ。そこは持ちつ持たれつの関係だからな』
私は狩野との通話を切った。
修斗が部活に入るという情報、狩野が私に嘘をつく理由が無いからほぼ間違いないはず。
瑞都高校のサッカー部は以前、修斗を刺激するために練習試合を組んだ時に確認したっきりだ。
狩野がいた状態で最終的に8ー0。
プレミアリーグに並ぶユースにも劣っていたようなレベルだ。
そんなチームに修斗が入ったところで宝の持ち腐れのような気がしてならない。
修斗にはなにか算段があるのかしら……?
それとも、その知らない友人に説き伏せられてサッカーのことを諦めてしまったのかしら。
───少し調べる必要があるようね。