告白
家に帰るとすぐに俺は店の扉を開けた。
そこには開店準備をしていた繁オジさんに梨音のお母さん、それに梨音もいた。
いつもより俺の帰る時間が早かったからなのか、梨音が驚いた顔でこちらを見ていた。
「あら修斗くん、ランニングはもういいの?」
「さっき出たばかりじゃないか。普段ならあと1時間は帰ってこないだろうに」
「ええ。それよりも大事な用ができたので」
「大事な用……?」
不思議そうに頭を捻る梨音の前に俺は近付いた。
ここまでほぼノンストップで来たせいか、少し息が乱れている。
それでも、はやる俺の心は止まらなかった。
「梨音。俺、新之助に気付かされたよ。自分にとって本当に大事なものが何か」
「佐川君……? 大事なものって…………サッカーじゃないの?」
そう言った梨音の表情が少し仄暗く見えたことに気付いたのは、俺がこれまでちゃんと梨音の顔を見て話ができていなかった証拠だ。
俺はこれまでずっと、梨音にこんな表情をさせていたのか。
「俺が怪我で苦しんでた時、梨音はずっと俺のそばにいてくれたよな」
「う、うん。そりゃあ幼馴染だし…………あの時の修斗が強がって無理に元気そうにしてたのも分かってたから。それに…………」
それに今も、と梨音が小さな声で言っているのを俺は聞き逃さなかった。
やっぱり今の俺は不安定な状態に見えていたらしい。
きっと何度も梨音はそれを遠回しに忠告しようとしていたはずだ。だけど俺は、そのどれもを無下に扱っていたと思う。問題は俺にその自覚がないことだ。
「俺、思い出したんだ。怪我で苦しんでいたあの時から高校に入るまで、梨音が隣にいてくれたから今の俺があることを。梨音がいなかったら、俺はサッカー以外の選択肢があることに辿り着けなかったかもしれない」
「それはさすがに言い過ぎだよ。修斗なら自力でも立ち直れたと思うよ」
「いや、梨音がいないとダメなんだ。これまでずっと、俺のためを想って俺のことを支えてくれてありがとう」
「えっ…………え〜? な、なに急に。お母さん達の前で恥ずかしいからやめてよ」
「あらあら」
梨音が俺の身を案じてくれているのは幼馴染だからなのか別の気持ちがあるのかは分からない。
だけど今の俺の気持ちは伝えなければ。
たとえこの1ヶ月半の俺の行いのせいで梨音に嫌われていたとしても。
いつも隣にいてくれる梨音が愛想を尽かして離れていってしまわないように、俺の正直な気持ちを。
「梨音」
「は、はい」
真っ直ぐに梨音と目が合った。
「小さい頃から迷惑かけてごめん。だけど隣にいてくれてありがとう」
「そんなのお互い様───」
「俺は梨音のことが一番大切だ。サッカーよりも大切だ。だから…………これから先もずっと、俺の隣にいてくれないか」
「………………えっ? やっ……えっ? そ、それって……」
「あらやだ修斗くん、プロポーズ?」
動揺している梨音を尻目に、梨音のお母さんがとても目をキラキラさせながら聞いてきた。
「そう、なりますね」
「ですってお父さん!」
「親の前で娘にプロポーズたぁ、いい度胸じゃねえか修斗よ」
繁オジさん達は別に知らない仲じゃないし……。
ただ梨音のことを考えたら別のタイミングの方が良かったかもしれない。
勢いに身を任せすぎた。
梨音はまだ口元を手で覆って固まっている。
「お父さんは修斗くんじゃ不満なんですか?」
「馬鹿野郎むしろ遅すぎるぐらいだ。どこぞの馬の骨にやるぐらいなら修斗が良いに決まってるだろ」
「ですって修斗くん」
「でもまだ本人が……」
見ると梨音の目に涙が溜まっていた。
もしかして相当嫌われるような言動してたのか俺?
「り、梨音? もしかしてそんなに嫌だった?」
やべっ、意外とショックかもしれん。
「ぐすっ…………ごめん、違うの。これは嫌で泣いてるんじゃなくて……」
目元を擦ったせいか赤くなっていたが、梨音の表情は笑顔そのものだった。
「嬉し泣き。だって私……ずっと修斗のこと好きだったんだもん。だけど……この気持ちを伝えたらきっと修斗の邪魔になると思って……」
「そんなこと…………」
「だから修斗が私と同じ気持ちだったって分かったら安心して……色んな感情が溢れてきちゃった」
「……ああ。俺も梨音のことが好きだ。これから先、俺は梨音を悲しませるようなことはしないと誓うよ」
「うん……! なら私も誓う。修斗がサッカーを頑張れるように、全力でサポートするって」
「おう!」
「う…………うわああああん」
大泣きし始めた梨音をそっと引き寄せて抱きしめた。
その体がなんだかとても小さく感じた。
「今日はご馳走ね〜」
「修介のやつにも連絡しないとな」
俺と梨音の姿を見て張り切り始めた二人に思わず苦笑いをした。
俺はきっとこの日を生涯忘れることはないだろう。
いや、忘れてはならない。
きっと俺の人生においての大きなターニングポイントだ。