元野球少年③
拳をかわしてみせるも右太ももを別の男に蹴られた。
ポケットに入れていた携帯が嫌な音を立てた。
「ってーな! 急に何しやがんだ! 騙されてるってどういうことだよ!」
「お前が知る必要はねえ……よっと!」
再び男が殴りかかってきた。
後ろに下がるも後ろにいた男が羽交締めにしてきたため、今度はモロに左頬を殴られた。
その痛みで新之助は、ピッチャー返しを受けた時のことを思い出す。
ジンジンと口の中まで痛みが広がった。
「て……てめぇ…………!」
「別に殺しゃしねぇよっと!」
「ちょっとだけおねんねしてろや!」
続けて他の奴らも体に殴り、蹴りを入れてきた。
こればっかりは経験したことのない痛みだった。
ズキズキと色々な場所が痛みだす。
「ま、お前は別に悪いことしてないし友達のためにわざわざ試合をすっぽかして来たのもスゲーと思うよ。ただよ、仲良くする相手は見極めないとな」
その言葉に新之助も察した。
この場にいない成瀬。騙されてる発言。
それでも新之助には確証が無い以上、最後まで親友を信じるのをやめなかった。
「…………お前らをぶちのめしたら、本当のことを教えてくれるか?」
「えっ? はははっ! いいぜ、もし五人相手に勝てたらな」
「そうか」
新之助は思いっきり力を込めて羽交締めしてるやつの腕を外した。
野球少年として何球投げても怪我のしないガタイは、一人で抑え込めるような力ではなかった。
それを見てすぐに男が殴ってきたが、その手を掴み、顔面に拳を入れると男は簡単に吹っ飛んでいった。
「…………は?」
男達も、新之助自身でさえも知らなかった。
新之助は野球の才能に満ち溢れていたが、幸か不幸か、それと同じくらい喧嘩の才能にも満ち溢れていた。
この事件が無ければ一生開花することの無かった不必要な才能。
それに加えて野球で鍛えられた身体は、そこいらのチンピラが手に負えるものではなかった。
数の差などまるで関係無く、気付けば五人の男全てが地面に叩き伏せられてノビていた。
「う…………うう…………」
新之助は倒れているリーダーっぽい男の胸ぐらを掴んで引き起こした。
「おい」
「ひっ! ……ば、化け物!」
「約束したよな。これを仕組んだのが誰か教えてくれるって」
「そ、それは…………」
「約束したよな」
新之助が凄んでみせると男は肩を震わせながら答えた。
「な、成瀬だよ…………! 俺達、同じ中学だからアイツに金貰って……お前が今日試合出れないようにしてやれって言われて…………!」
「………………そっか」
胸ぐらを掴む手の力を抜くとダラリと男が倒れ、新之助はゆっくりと立ち上がった。
確定してしまったことに諦めた。
親友だと思っていたやつが俺をハメたのだと。
なんとも言い切れない不快な感情が新之助の心の内に渦巻いていた。
新之助はフラリと歩き出すと、自転車を使ってそのまま試合会場へと向かった。
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新之助が会場に辿り着いた頃には試合は既に終わってしまっていた。
試合は4ー0で光里シニアが勝利していた。
相手はリトルシニア前回大会の優勝チームの強豪だったのに、完封勝利。
新之助が自転車から降り、入り口へ向かおうとしたところで中から出てきたのは監督と成瀬、それにスカウトらしき人達だった。
成瀬が新之助に気が付き、少し驚いたように目を見開いたが、すぐにほくそ笑んだ。
(アイツやっぱり……!)
その姿に身を焼かれるような感情が身体中を駆け巡り、拳を握った。
「……ん? 佐川!! お前どこに行ってた!!」
監督が新之助に気付くと怒りを露わにしながら近付いてきた。
「なんで大事な試合なのに無断で休んだんだ! 寝坊か!? 携帯に連絡を入れても返事が無いしだな!」
新之助の携帯は蹴りを入れられた時に調子が悪くなり、電源が入らなくなってしまっていた。
「監督……すいま───」
「代わりに成瀬がいたから良かったようなものだ! いやぁ、今日は4安打しか許さない完璧なピッチングでな、大阪桐隻さんも帝聖さんもぜひ成瀬をウチにという話だ! まさか成瀬がここまで成長していたとはなぁ!」
新之助はまるで頭をカナヅチで殴られたかのような衝撃に足元がフラついた。
(伊織が…………二つの高校から……?)
「まぁ佐川もまだチャンスはこれから───」
「監督さん、これから成瀬君の話を詰めたいのですが……」
「おお、そうですね」
そう言って監督は二人のスカウトらしき人達の元に戻った。
そこへ、成瀬がゆっくりと近づいてきた。
「思ったより早く来れたのな。ちなみにさっき送ったメッセージはもう削除済みだ」
「お前ッ……!! なんでッ……!!」
怒りで肩を震わせ、成瀬を睨みつけながら新之助が聞いた。
「なんで騙したかって? なんだよ、本当に分かってないのか」
「お前のこと親友だと思ってたのによ!」
「俺はずっと、お前が邪魔で邪魔で仕方がなかったぜ。お前が活躍すればするほど、世間の目は全部エースのお前に持っていかれる。2番手の俺にはまともなスカウトすら来やしねぇ」
「そんなの……ただの言いがかりじゃねぇか!」
「小学生の頃からだ! 俺はずっと、ずっとお前の二番手だった……! いや、二番手にされていた! 俺はお前に負けているなんてこれっぽっちも思ってたことなんてないのによ! 現にどうだ! 今日の試合で俺は自分の実力を! 価値を示した! 世間は俺を認めた! 新之助、お前さえいなければ俺はもっと早くに認められていたんだよ!」
ずっと抱えていた爆弾が破裂したかのように成瀬の言葉が止まらなかった。
新之助の気付かないところでずっと、成瀬は闇を抱えていた。
それが形として表に出てきたのが今日この日だったのだ。
「俺は……俺は本当にお前のことを親友だと……!」
成瀬は一歩近づき、笑みを浮かべながら新之助に耳打ちをした。
「じゃあな控え投手。これからは俺がエースだ」
その瞬間、新之助の中で何かが弾けた。
新之助が気付いた時には監督やスカウトの人達に抑え込まれており、頬を抑えて痛がりながら倒れ込んでいる成瀬の姿が見えた。