補習王子②
その日の夜、夕飯を作っているタイミングで修斗が帰ってきた。
いつもよりも早い時間帯だった。
「ただいま」
「あっ、しゅ、修斗、ご飯できるよ?」
「いつもありがとう。先に食べようかな」
よかった。
今日は一緒に食べてくれるみたいだ。
最近はバラバラなことが多かったから久しぶりだ。
修斗が私の盛り付けたお皿をテーブルへと運んでくれた。
今日は金目鯛の煮付け。
お店の余った鯛を貰ってきた。
修斗とテーブルについて手を合わせた。
どうしよう。
何を話せばいいんだろう。
話したいことは頭に浮かんでいるのに、下手な話題を出せばこの前みたいにウザがられるかもしれない。
修斗が気になりそうな話題は……ええと…………」
「そういえばね、修斗は知らないかもだけど」
「ん?」
「冬華がね、佐川君のこと気になってるみたいなんだって。修斗知ってた?」
思わず身内の色恋話なんかを話してしまった。
修斗はあんまり興味無さそうだけど……。
「八幡が新之助をねぇ…………。いや、まぁなんとなく気付いてはいたよ」
「えっ、そうなの!? 私より修斗が察し良いことあるんだ」
「どういう意味だこの野郎。きっかけはたぶん夏休みの海行った時だろうな」
海行った時って……結構前の話じゃん。
そんな前から冬華は気になってたってこと?
ええ〜私って結構鈍感なのかな。
1番の友達の気持ちに気付かなかったなんて。
「八幡が輩に絡まれたって話があっただろ? あの時、八幡の様子が少しおかしかったからな。経緯は分からんけど新之助と何かあったんだろうよ」
「へぇ〜全然気付かなかったなぁ。修斗はよく見てるね」
「たまたまな。俺だって新之助ほど周りが見えてるわけじゃないさ。今日だって隣のクラスのやつに告白されたけど、好かれてることなんて気が付かなかったんだから」
唐突なカミングアウトにドキッとした。
きっと冬華が言っていた6組の仲哀さんのことだ。
本当は知っているけど、初めて聞いた程にしておいた方がいいかもしれない。
「そ、そうなんだ。返事はどうしたの?」
私は努めて冷静であるように装いながら聞いた。
「当然断ったよ。言っただろ、俺が今優先しているものは他にあるって」
「そ、そうだよね……」
やっぱりサッカーを理由に断ったんだ。
断ってくれた嬉しさ反面、それはつまり私にとってもチャンスはゼロに等しいことでもあり。
改めて、修斗はサッカー以外のことを切り捨てているんだと実感した。
それでも。
やっぱり少しでも振り向いて欲しいと思ってしまうのは、私の独りよがりな考えなんだ。
「あのね、修斗。実は…………私も知り合いの男の子に告白されたんだ」
修斗に構って欲しくて。
嫉妬して欲しくて。
言う必要のないことが口から突いて出た。
少しでも修斗が気にしてくれればそれだけで私は───。
「良いじゃん。梨音なら誰に告られてもおかしくはないしな」
修斗は特に関心を示した様子は無く、ご飯を食べながら答えた。
…………良いじゃん?
それってつまり、私がその人と付き合っても修斗は気にしないってこと……?
本当に、修斗にとって私はもうただの幼馴染以下の存在でしかないってこと……?
「で、OKしたの?」
「───ううん、断ったよ」
「え〜もったいねぇ」
「あはは、そう、だね」
笑い話になるように強がって笑顔で答えた。
でも、ちゃんと笑えていたかは分からない。
それから先のご飯の味は覚えていない。
私の心は完全に折れてしまっていた。
(早くこの気持ちを捨てないとダメだ。じゃないと私は…………私は修斗のことが嫌いに───)
修斗は悪くないのに。
私が一方的に抱えてる気持ちのせいで勝手に傷付いて。
中学生の頃のように、フラットな感情で修斗を助けてあげられるようにならなきゃ。
頭で何度も理解しようとしているのに、自分の部屋に帰った私の目からは涙が溢れて止まらなかった。