誘引拒絶③
試合が始まると3タッチしかできないからか、フォローするために走り回る選手達。
早急な状況判断が求められ、少しでも遅れればボールを奪われてしまう。
だが3タッチ以内というのはまだ優しいほうだ。
この程度付いてこれなければ、そもそもユースの練習に参加することすら不可能だ。
高坂も受けたボールをすぐに返す。
しっかり対応できているようだ。
「今のところミスはないようだが……」
「だから言ってんでしょ。フリーキックが奴の武器なんだってな」
「フリーキックって……クマ、お前は中学の頃の高坂を知らないのか?」
中学の頃ねぇ。
あの頃は家庭環境が大変な頃だったからな。
自分のことで頭がいっぱいだったから他所のチームのプレーまでは見なかったな。
俺がフリーキックで得点を決められるようになる前までは、アルカンテラジュニアユースは中堅どころだったからヴァリアブルと当たる前に負けてたし、俺が日本代表に呼ばれた中3の冬には高坂はもういなかったしな。
「噂程度には聞いていた。今みたいに『ヴァリアブル世代』じゃなくて『高坂世代』って呼ばれてた頃の」
「そうだよその頃の。その時の高坂の二つ名は『両足効き』だぞ。超高精度のシュート、パス、ドリブルを両足で使えてたから話題になったんだ」
「そういえばキックターゲットの時も両足で仕留めやがったしな。やっぱ奴は必要だ」
「だからフリーキックの話はもういいんだよっ!」
「うるさい人だな彼方さんは」
「だから俺のが先輩だっての! つーか試合も停滞してるな。パス回しが続いているっつーか……」
ここまで高坂は目立っていない。
やはり普通のミニゲームじゃアイツの真価は発揮されない…………いや、違和感だ。
「気付いたかクマ」
「ああ」
「高坂のやつ…………3タッチ以内だってのに、全部ダイレクトで返してやがる」
確かに3タッチ以内とは言われているが、それはつまり逆に返せば3タッチもしていいということだ。
なのにアイツはさっきからダイレクトで全てのボールをパスしている。
しかも前線に向けたワンタッチパスはほぼ全て、決定機を演出する起点になりかけていた。
そのパスは的確で、受け手が上手く繋げていればゴールにも直結しうるパスばかりだった。
「パスの受け手が高坂のイメージについてこれてないな。恐らく高坂が前線にボールをハタいている時はゴールまでの道筋が見えてるはずだ」
「彼方さんが言うなら間違いないか」
「これだけではっきり分かったな。高坂のプレースキルは衰えてない。ユースレベルは既に超えてるかもしれん。あのパスがその証拠だ」
確かにワンタッチであそこまで精度の高いパスを俺は出せねぇ。というより、そもそもワンタッチパスであんなに繋げられねぇ。
あれだけポンポンパスを通せるやつがいれば、その分チャンスを作る機会が増えるというもの。
そしてそこでファウルをもらえれば……。
「ふっ、悪くない」
「おお、高坂チームが点決めた。そりゃあんな舐めプまがいのことされてるぐらいだしな。点を入れられるのも時間の問題だわな」
1点取ったところで3タッチルールは解除となった。
恐らくコーチ陣も今の1戦で理解したはずだ。
推し量るような縛りを設けるだけ無駄だということに。
「今度はフリータッチだが……」
それから先は語るまでも無かった。
見ていた全員が一人の男から目を離せなくなってしまっている。
ディフェンス1枚であればドリブルでかわされ、2枚当たろうものならフリーになった奴にパスを通され、相手のチームの陣形はぐちゃぐちゃにされた。
味方もまずは高坂にボールを預け、必ずパスが来る前提で動き始めた。
5分と経たずにコーチはゲームを止めた。
4ー0。
これでも俺達はユース最高峰のプレミアリーグで戦っている実力者達だ。
そんなやつらが怪我明けの人間一人に分からされてしまった。
世界にはどうしようもない才能を持ちながらも、全てを捨ててでも努力し続ける奴がいるのだと。
「まるで東京ヴァリアブルと戦った時のような悍ましさを思い出したよ俺は……。神上、城ヶ崎、狭間、荒井、台徳丸……。高坂があんな化け物達の代表格を担っていたことをなんで忘れてたんだろうな」
「はっ、単に忘れたかっただけなんじゃ?」
「そうかもしんねぇ」
「ともかく、だ。さすがは俺の相棒。あれだけ好き勝手敵を粉砕してくれる奴がいるなら、ゴール前でチャンスを作るのはもっと簡単になるな」
「こいつ…………勝手に高坂を自分の相棒認定しやがった。こっちの方が悍ましいかもしれん」
高坂は他のユースにはやらねぇ。
俺がプロになって金を稼ぐために、高坂修斗という存在はマストで必要だ。