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若元梨音②

 中学3年の夏、クラブユースUー15のノックアウトステージ初戦において、修斗はスタメンとして出場していた。

 その時私は修斗のお父さんである修介おじさんと一緒に会場まで試合を見に行っていて、試合は後半20分、2ー0で東京(ヴァリアブル)が勝っていた。

 そのうちの1点は、右サイドからのクロスのこぼれ球を修斗が右足ダイレクトでシュートを放って決めた。


 試合の流れは終始東京Vが握っていたけど、修斗がクリアボールを拾おうとしてジャンプした時に、着地する瞬間を相手選手がタックルし、修斗はバランスを崩して転倒してしまい、審判の笛が鳴らされた。


「ああっ!」


 思わず声を上げてしまっていた。


 サッカーなら接触プレーは当たり前なのに、今のは遠目から見ていても良くない着地の仕方をしていた。


「修斗の奴…………立ち上がれてないみたいだぞ」


 修介おじさんが心配する様に、修斗は右膝を押さえながらうずくまったまま立てないでいた。

 周囲に選手が集まってきており、ベンチの方からは担架の準備もされていた。


「おじさん……! 修斗、もしかして怪我したんじゃ……!」


「ちょっと様子を見よう。もしダメそうだったら修斗のところに行こう。なんて事だ…………やっと仕事が休みで修斗の試合が見に来れたと思ったら……!」


 しばらくしても修斗は立ち上がることはなく、そのまま担架によってベンチよりさらに奥の更衣室の方まで運ばれて行ってしまった。


「行こう梨音ちゃん。大変な事態になったかもしれない」


「はい!」


 私は修介おじさんに付いて、東京V側の選手更衣室の方へ向かうことにした。

 修介おじさんが修斗の父親であることを説明し、更衣室の中へ入ると修斗が医務の方から治療を受けているところだった。

 私が思っていたよりも修斗は元気そうにしており、あまり深刻そうな怪我では無さそうに見えた。


「すいません、高坂修斗の父です」


「お父様ですか。修斗君は着地する際に右足で変な方向から着地したことで体重がかかってしまい、膝の部分を痛めてしまったようです。本人は大丈夫だと言っていますが、歩くことすら出来ないというのは心配ですので、これからすぐにでも病院に連れて行こうかと」


「それでしたら私が直接車で送ります。その方がよろしいでしょう」


 修介おじさんは東京Vの関係者の人とこれからどうするか話していたので、私は修斗の所に行った。


「修斗」


「あー、悪い。格好悪いところ見せて」


「足は大丈夫なの?」


「いやまぁ痛てーけど、どうせすぐに治るさ。それよりも、こんな大会の途中で抜けるなんてチームの皆に申し訳ねぇよ」


 修斗が顔をしかめながら話した。

 こんな時でもサッカーのことを考えてるなんてと、私は少し呆れてしまった。


「相手の人も退場になってたね」


「ゲーム中に熱くなるのは仕方ないことだしな、お互い様だ。つーか親父も今日見に来てたのかよ」


「うん。ゴール決めた時喜んでたよ」


「でも親父サッカー知らないからなぁ。なんとなくで喜んでたんじゃないのか?」


「自分の息子が活躍してることぐらい知ってるでしょ。照れ隠しでそんなこと言わない」


「て、照れてねーよ。いてて」


 私に突っかかろうとして、すぐにまた膝を押さえた。


「修斗、今から父さんが病院に連れて行くから、そこでちゃんと診察してもらおう」


「たいしたことねーと思うけどな」


 修斗を車椅子に乗せ駐車場まで運び、私達はそのまま大きめの大学病院へと向かった。

 しかし、車の中で最初は元気そうだった修斗も、徐々に口数が少なくなり、変な脂汗をかくようになっていて、呼吸も少し荒くなっていた。


「修斗、大丈夫?」


「…………え? あ、ああ。全然問題ねーよ」


「もうすぐ着くからな」


 病院に着くと、私とおじさんで修斗の肩を担いで中へと運び、レントゲンやら何やらの診察始まる頃になると私は外で待たされていた。

 結果が出たということで修介おじさんが呼ばれ、再び待つ事1時間後、修介おじさんが暗い表情をして私のところに戻ってきた。

 その表情を見てすぐに不吉な予感を感じた私は、背中にヒヤリとした汗をかく。


「おじさん、修斗どうでしたか!?」


「それがな…………」


 言い出し難いのか、しばらく口を紡いでいたおじさんは、意を決したように口を開いた。


「修斗の右膝の靭帯がいくつか損傷しているらしくてな、リハビリを続ければ歩いたり軽く走ったりはできるようになるみたいだが、今後サッカーのような激しい運動は厳しいだろうと…………」


「そ、そんな…………」


 ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。


 修斗が…………サッカーを出来なくなる?

 小さい頃からたくさん練習してきているところを見てきた。

 雨の日でも雪の日でも、ボールを触っていないところを見たことが無かった。

 周りの人達にも評価され始めて、こんなにも才能ある天職を見つけたというのに、人生でたった一回の怪我で今までの修斗の人生が否定されてしまうなんて、そんな悲しいことがあっていいはずがない。


「どうにかならないんですか!?」


 修介おじさんは力無く首を横に振るだけだった。

 修介おじさんに詰め寄ったところで、おじさんだって私と同じ気持ちなのに、私は何をしているんだろう。


「修斗は今日から入院することになった。本人は…………やっぱりまだ実感できていないんだと思う。お医者さんの言葉に返事はしていたけど、空返事って感じだったね」


「………………」


「おじさんは東京Vの方々や母さんに連絡したり、修斗の着替えを取ってきたりしないといけないから、梨音ちゃんがもし修斗の所に行きたいのであれば804号室に修斗はいるよ。帰るのであればこのまま送っていくけど」


「…………いえ、修斗のところに行ってきます」


「……そうかい。修斗のこと、頼むよ」


 そう言って修介おじさんは携帯をかけ始めながら歩いて行ってしまった。

 私は教えられた804号室へ向かっていたけど、頭の中ではなんと言って声をかけようかずっと考えていた。


『きっとまたサッカーできるようになるよ!』


『サッカー以外にも夢中になれるもの、また見つけられるよ!』


『そんなに暗くなっちゃって、修斗らしくないよ!』


 ダメだ。

 何を言っても無責任な言葉にしか聞こえない。

 きっと、私が思っている以上に修斗はショックを受けているはずだ。

 軽はずみな言葉は、修斗にとってストレスにしかならないはずなのに、私の考えつくセリフはどれも陳腐なものばかりだ。


 そうこうしている間に804号室の前についてしまった。

 結局適切な言葉は見つからないまま。


「すー…………はー…………」


 扉の前で一度深呼吸をした。

 そして、扉をノックして引き戸を開けた。

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