脱退宣言①
【若元梨音目線】
冬華に泣きついた私はそのまま後夜祭には出ず、クラスの打ち上げにも参加しなかった。
冬華は理由を聞くこともなく私と一緒にいてくれた。
きっと誰絡みのことかは分かっていたと思うけど、それでも私が落ち着くまでそばにいてくれた。
それから家に帰るまで、修斗からの連絡は無かった。
きっと打ち上げには出ていないだろうけど、それでも連絡が一度もないことに私は悲しくなった。
自分がその場から逃げたくせに、探しにきてくれるんじゃないかなんて面倒くさいことを考えてしまう自分が嫌になる。
家に帰ると修斗のローファーが既にあった。
だけどトレーニングシューズが無かったからきっと、すぐに家に帰ってきてランニングか公園にボールを蹴りに行ったんだと思う。
私に話したことはドッキリなんかじゃなく、ちゃんとした決意表明だったんだ。
本当ならそれを応援してあげるのが私の幼馴染としてのしかるべき対応なのに…………。
サッカーとのバランスを取り始めた最近の修斗なら私の気持ちを伝えても…………なんて中途半端に思ってしまったのが良くない。
こんな気持ちに気付かなければ、こんなに苦しい思いなんて…………。
ううん。
遅かれ早かれきっとこうなっていたのかもしれない。
気持ちを伝える前で良かったじゃない。
拒絶されていたらもっと傷付いていたかもしれないんだから。
修斗がサッカーに対してのみ真摯に向き合うようになったって言うなら、ちゃんと支えてあげられるようにしなくちゃ!
サッカーが出来なくなったあの時の修斗なんてもう見たくないんだから。
夜、帰ってきた修斗は夕方のことについて全く触れなかった。
ご飯の時も、私からの会話には返してくれたけど、修斗から話しかけてくることはなかった。
応援すると決めたのに、私の胸は酷く苦しくなった。
数日後、神奈月先輩に生徒会室に呼び出された。
放課後に向かってみると、修斗以外の人が全員揃っていた。
「来たかいリオ」
「修斗は来てないんですか? 教室にはもういなかったんですけど……」
「みんなに集まってもらったのは、そのシュートに関することなんだよ」
「どういうことですか?」
私が聞くと、神奈月先輩は渋い顔をしながら他の人達と顔を見合わせた。
「実は昨日……シュートから生徒会を辞めたいと申し出があってね」
「えっ!? ど、どういうことですか!?」
生徒会を辞めるなんて話、私にとっても寝耳に水だった。
「やっぱりリオも知らなかったか……。昨日、シュートから話があると連絡があったから直接会ったんだ。そうしたらサッカーに本腰を入れたいから生徒会を辞めることは可能かって言われてね」
「僕もその場に一緒にいたんだ。ニュアンス的には、今でも配慮させてもらってるけどこれ以上は迷惑になりそうだから、ってことみたいだったね」
「そ、そんな…………」
修斗がサッカーの復帰を目指しているのは生徒会の人達はみんな知っている。
だからこれまでも大きな行事以外は参加しなくていいように神奈月先輩が働きかけてくれていた。
それでも修斗にとってはそれすら足切りの対象になると判断したということ。
修斗は本気でサッカーに関係のないものは切り捨てようとしているんだ。
「宇佐木先生にも確認したが、辞めること自体は不可能じゃない。それなりの理由があれば可能とのことだ。ただ、途中でやめれば内申に生徒会役員としての実績が書けなくなるとも言っていた。私個人としても半年近く一緒にやってきた仲間だからね。こんな形で辞めさせるようなことはしたくないよ」
「まったく。考えが性急過ぎるというか、少しは僕達を頼ってくれてもいいだろう。これでも僕達は生徒の代表で先輩なんだ。高坂のやりたいことを支援する環境くらい作れるさ」
「そうよね〜。残ってる大きな活動も合唱コンクールと卒業式ぐらいだし、籍だけ置いてても私達は困らないのにね〜」
先輩達は総じて修斗が生徒会を辞めることについて反対のようだ。
それだけで少し、私の心は軽くなった。
だけど、きいだけは考えが違うみたいで。
「…………私は、高坂が辞めたいと言うなら尊重してもいいと思ってます」
「ええ〜?」
「それはどうしてだい?」
「…………私は元々、ジュニアユース時代に輝いていた高坂を知っています。あの頃の高坂のプレーに…………魅了、されていたといっても過言じゃありません。だから……高坂がその頃へ戻りたいと言うのなら……私は無理に引き留める必要も無い、と……思います。プロを目指すなら進学も関係ないし……」
「ふむ……」
たどたどしく話すきいの言葉にも説得力があった。
そう言えば、きいも中学時代の修斗に魅了されたうちの一人なんだ。
いちファンとしては、修斗の復帰が早くなるのであればそれを支援するのが当然のことなのかもしれない。
だけどあの時の。
あの時の屋上での危うさを知っている私にとっては、心から応援することは出来なかった。
「キイの言うことにも一理あるが、一旦この話は保留にしておこうと思う。修斗にも説明しておくが、それでもどうしてもと言う場合は改めてみんなにも説明するようにするよ」
神奈月先輩の言葉でこの議題は締めくくりとなった。
その後の生徒会室では、なんとも言えない淀みが残っていた。