とある日の熱戦②
会場の熱気が冷めやらぬまま、狭間はボールをすぐに持っていき、中央へとセットした。
ヴァリアブルは未だ負けていることを誰しもが忘れておらず、同時に敵を含めた他の選手達も理解した。
この高校生達は只者ではないと。
練習に参加した時からその才能については目の当たりにしていたが、今の一連のプレーで3人は確固たる信頼を勝ち得たのだ。
レグノスが再開をする。
それと同時に前線からの超ハイプレス。
これが本来のヴァリアブルの戦い方であり、城ヶ崎も手を抜くことなくプレスをかけにいく。
個人技術だけでなく、チーム戦術を深く熟知しており、そういった点では他クラブや外国人選手がいるトップチームよりも、ジュニアユース時代から一緒にいるユースメンバーの方が東京ヴァリアブルというチームを体現しているのかもしれない。
レグノスが少し浮き足立っているのをヴァリアブルは見逃さなかった。
パスの受け手がマークされ、出し所がいなくなったことから逃げのクリアボールをCBが拾い、即座に前線へとロングパスを送る。
城ヶ崎への簡単な浮き球。
先ほどペナルティエリア内で攻防を繰り広げたCBが再び城ヶ崎とボールを競る。
だが今度はどれだけ強く当たろうとも、城ヶ崎がブレることはなかった。
着地点を完全に抑えられ、ヘディングで競ろうと飛ぶも、背にした状態の城ヶ崎に弾かれ、いとも簡単に胸トラップで収められてしまった。
胸トラップからのワンタッチで狭間にボールが下げられ、さらに左サイドに素早くパスが通される。
再び神上だった。
今度は縦にボールを引っ張りつつ、寄せてきたDFの股を右足インサイドからアウトサイドに向かうエラシコで抜いてみせた。
これが神上の本来のドリブルだった。
そのまま抜いたDFを左手で制しながら中へとカットインしていく。
ペナルティエリア内に入ったところでもう一枚DFが寄せにきたが、DF同士の間を抜けるように縦にダブルタッチで飛び出した。
ゴールから20m、角度45度。
ゴール右隅に向けて左足でシュートを放った。
キーパーはそれに反応し、ファーサイドにボールを弾いた。
しかし、右ウィングの選手がしっかりと詰めており、流し込む形でボールはゴールに押し込まれる。
続けて2点目が入った。
交代してから10分、ヴァリアブルはレグノスと同点になった。
会場の熱気も最高潮に達した。
まるでユースチームを相手にしているかのように、個人技で相手を圧倒する高校生。
世間は知るだろう。
日本サッカーの将来は明るいのだと。
レグノスは少し対応を変えた。
相手にボールを持たせてカウンター狙いがヴァリアブルの対処法であったが、個人技で崩されるのであれば、城ヶ崎と神上に枚数を掛けて止めるしかない。
逆に言えば、この二人を抑えればまだ何とでもなる。
だが、相手は知らない。
ヴァリアブルユースが何故最強だと呼ばれているのかを。
もしも神上だけならばここまで崩されない。
もしも城ヶ崎一人ならここまで前線でボールを収めさせない。
数多のユースチームが同じことを思っただろう。
天才が一人じゃないから抑えることができない。
二人に徹底したマークがついた状態で、フリーな選手が中央に生まれた。
不遇の天才。最強のスーパーサブ。
狭間流星は、高坂のように両足が使えるわけでも、ボールの到着地点を瞬時に判断できるわけでもない。
それどころか神上に代えの効く選手とまで言われている。
しかし、高坂がいた当時でも他のクラブチームにいれば確実にエースになっているとまで言われた。
高坂のように、城ヶ崎のように、神上のように、台徳丸のように、荒井のように、何かに突出した武器はない。
それでも評価されている理由は至ってシンプルだった。
全ての能力が高水準である。これに尽きる。
高坂の次に判断力とパス精度に長け、荒井の次に足が早く、神上の次にドリブルが上手く、城ヶ崎の次にボールキープ力があり、台徳丸の次にロングフィードが上手い。
天才が集うヴァリアブルにおいて、各ポジションの1番手に次ぐ能力を持っていた。
故にレギュラーにはなれなくても、身内からの評価は高かった。
そして今、高坂の後を継いだ中央の王様は、自分の価値を証明する。
後半ロスタイム。
守りを固めたレグノスを相手に、最後の攻撃を仕掛けるヴァリアブル。
神上が再びドリブルを仕掛けようとするも、2枚のDFが寄せてきた。
中へじわじわとドリブルするのに対し、DFもいつ体を当てにいくのかタイミングを測っていた。
一発で行けばかわされる。
しかし、これ以上中にいれさせるわけにもいかない。
緊張の間が永遠に感じる瞬間、1枚が当たりにいった。
待っていたかのようにそれをかわす。
そこへ2枚目が挟み込むようにして当てにいった。
さすがの神上でも2枚目はかわすことが出来なかった。
それでもボールを蹴り出し、それはペナルティエリア手前の中央にいた狭間へ通る。
ワントラップからの流れるようなミドルシュート左足一閃。
集まっていたDFの間を抜けるような、弾道の低いシュートは、視界を塞がれ反応の遅れたキーパーの指先を嘲笑うかのように通り過ぎ、ゴールへと吸い込まれていった。
狭間が左手を高く突き上げた。
ヴァリアブルのチームメイト達が初めてゴール後に集まってもみくちゃになった。
会場が歓声で揺れていた。
試合はそのまま終了。
高校生3人の活躍により、上位との直接対決を制することができたのだ。
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「これが…………今のあいつら…………」
言葉が出なかった。
トップチームでの一戦。
完璧な立ち回りから結果を出し、チームを勝利に導く力。
俺は練習試合に来た時の優夜達を既にプロレベルだと称していたが、完全に見誤っていた。
いや、正確にはこの半年間でさらに著しく成長を遂げたと言った方が正しいのかもしれない。
俺が元の感覚を取り戻すために中学生を相手にしていた頃、こいつらは既にプロと戦っていたんだ。
「くそっ…………!」
何が見返してみせるだ!
何が自分が一番だと信じてるだ!
試合もまともに出来ないくせに、これじゃあただの口だけ野郎じゃないか!
俺が取り戻すのと同じペースであいつらはさらに先に行ってる。
このままじゃ全然足りない。
あいつらに追いつくためには、このままじゃ足りないんだ。
………………。
………………。
足りないなら、変えるしかない。
俺は──────。