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とある日の熱戦①

『東京ヴァリアブル(3位)vs FC横浜レグノス(2位)の一戦。実況は竹富、解説は西澤さんでお送り致します。まず東京ヴァリアブル、2位のレグノスとのポイント差はわずか2。つまり、今日の直接対決の結果次第では追い越すことが可能です。対するレグノスは勝利すればヴァリアブルとの差を広げることができ、なおかつ先ほど終了した試合で1位の鹿島オルディーズが負けたため、トップに上がることができます。どちらにとっても負けられない一戦ですね』


『その通りですね。ただこれ、ヴァリアブル側のベンチメンバーを見てください』


『これは…………高校1年生が3人ですか』


『はい。彼らのことはサッカーファンの方々なら知っていると思いますが、ヴァリアブルユースからの引き抜きで今から将来が期待されてる選手達なんです』


『神上、城ヶ崎、狭間選手ですよね。日本代表でも活躍していると聞きます』


『既にユースレベルにはないということも知っていますが、3人同時に入れるというのは……結構博打打ちだなと思いますね』


『今回が初招集ですからね。経験のために格下の相手の試合で期待のユース生を出すというのはたまに聞く話ですが、リーグ優勝にも影響しそうな一戦でというのは中々度胸がいるかと思います。監督は昨年から指揮を執ることになった乙訓おとくに英俊えいしゅん監督。若手を多く起用する傾向にあります』


『3人も入れていますから、どこかで誰かしら使うとは思いますが、どのタイミングで出すのかも注目していきたいです』



 試合はヴァリアブル側がボールを持つ時間の多い展開だった。

 しかし、一瞬のカウンターから早々に失点。

 間違いなく持たされていた。

 パス回しからなんとか打開策を狙うも、決定的なチャンスを作ることができず攻めあぐねていた。

 前半45分ロスタイム、相手をペナルティ外で倒してしまい、直接フリーキックからキーパーが一度弾くも、不運なことにクリアしたボールが敵に当たりまたしても失点してしまう。


 前半終了時点で2ー0。


 後半に入るも選手交代はなく、1点を取り返すことができないまま20分が過ぎていた。

 ここでヴァリアブル側が動く。


『ヴァリアブル側、選手の交代に入るようです。あっと…………これは……! 3枚交代です! それもユース生3人を投入するようです! 大胆な手をうってきました乙訓おとくに監督!』


『いやー前線の連携が上手く取れていませんでしたから、前線を変えるという判断は正しいと思います。だけど今日がJリーグ初デビューの子らを起用させるというのは、勝負を捨てて経験させることを取ったのか、絶大な信頼を置いているのかどちらでしょうかね。2ー0ということを考えると中々にプレッシャーがかかるものだと思いますが』


 3人がピッチ脇に立った時の歓声はどよめきの方がまさっているのか、敵も味方も関係なく声があがる。

 万を超える観客に囲まれながらも、それでも3人の表情に緊張は見られなかった。

 一人は大胆不敵に笑い、一人は自信に満ち溢れたように、一人は豪胆にも落ち着いた表情でピッチに侵入した。


 ワントップに城ヶ崎、左ウィングに神上、中央トップ下の位置に狭間が並んだ。

 開始早々、狭間へボールが渡る。

 ワンタッチですぐさまサイドにボールを振る。

 ボールを受けた神上が再びワンタッチでボランチの選手に返した。


 まるでボールの感触を確かめるように、簡単なパス交換を7、8回続けたところでピッチ上の選手達にもその意図が伝わり、流動的に選手達が動き出す。


 テンポが速くなっていた。


 左サイドを中心としたパス回しの速度があがり、レグノスのDFが徐々に引き剥がされていった。

 高校生の意図を理解したプロもその動きに合わせる。

 そこからさらにグラウンダーのパスをツータッチで逆サイドへと展開していった。

 重心が左側に寄っていたところからのサイドチェンジ。

 レグノスのDFも左から右へと大きく動かされ、縦を切る動きをしていた。

 そこからさらに中央の狭間へパスが戻され、寄せてきた相手を体を使いながら抑えつつ、トラップと同時に反転し左サイドへとスルーパスを出した。

 ほとんどノールックに近い、まるでそこに神上が走り込んでいるのが当たり前だというかのようにパスが通る。

 初めから神上に1対1をさせるためのサイドチェンジだった。


 神上とレグノスの右サイドバックとの一騎打ち。

 神上の得意とするドリブルは南米を彷彿とさせるテクニックを用いたマリーシアなドリブルだった。

 エラシコ、マルセイユ、ダブルタッチ、ヒールリフト。見る人を魅了する圧倒的なドリブルスキル。

 しかしプロのレベルになると釣られる人も多くはなく、遅らせられればカバーに来る速さも段違いだ。


 それを見据え、ユースに上がった神上はさらにステップアップをした。

 まだ止められてすらいないというのに、いずれ通用しなくなるかもしれない自分のドリブルスキルを過信せず、新たなドリブル走法を。


 ボールをトラップすると同時に縦に走り出す。

 当然DFも抜かせまいと距離をとりながらついてきた。

 神上は中に切り込みながら、わざと足元からボールが離れたかのように装った。

 DFが足を伸ばせば思わず届きそうな絶妙な位置。

 所詮は高校生だと、アガッてドリブルが大きくなったと撒き餌に釣られて足を伸ばす。


 DFの足が届く寸前、神上はさらに縦へとボールを蹴り出した。

 タイミングがコンマ数秒でも遅れれば刈り取られていた絶妙なタイミング。

 バランスを崩したDFが神上に1歩分の差をつけられてしまった。

 そのまま加速する神上は中を確認すると、左足で巻くようにしてクロスをあげた。


 クロスは中央で相手とポジション取りをしていた城ヶ崎へと飛んでいった。

 CBが城ヶ崎を押し出し、ヘディングをさせまいと強く当たっていたことでバランスを崩させた。

 舐めるなよガキとほくそ笑んだところで、城ヶ崎の魔王のような笑みを見て戦慄した。

 こいつ、わざと崩されやがったと。


 城ヶ崎はそのままCBと背中合わせになるように体をスライドさせ、ボールの着地点に合わせるかのように背面で飛び、右足を大きく蹴り上げた。


 オーバーヘッドだった。


 完璧なタイミングでアクロバティックなスーパーシュートはゴールの左サイドネットに突き刺さり、クルクルと回転を止めた。

 笛も聞こえないほどの大歓声。


 交代後僅か4分。

 ファーストタッチがオーバーヘッドのスーパーゴールという、前代未聞の記録を城ヶ崎は打ち立てたのだ。

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