感情理解②
運動場のところで少し待っていると、運動部が徐々に集まってきて活動を始めた。
サッカー部も最初は数人だったが、人数が集まってくると準備体操を始めた。
「桜川、少し遅いな」
そう言った矢先、ジャージ姿のマネージャーらしき女の子が一人、運動場からこちらへやってきた。
「ごめんね、少し遅れちゃって」
桜川だ。
どうやらマネージャーの仕事を先にこなしていたため遅れたみたいだ。
「いや、こっちからお願いしたんだ。忙しいところ悪いな」
「いやいやいや!! 高坂っちが自分からここに来たってことは、つまりもうそういうことだよね!? ね!?」
桜川は俺が観念してサッカー部に入部する気になったと言いたいのだろう。
「悪いけど、そうじゃないんだ」
「ええ〜。絶対そうだと思ったのになぁ。でもほら、高坂っちがやりたくなるようにボール持ってきたんだ」
さっきから目には入っていたが、桜川の手にはサッカーボールがあった。
「はいこれ!」
そう言ってボールを渡そうとしてくる。
まぁ受け取ること自体は別にどうでもいいので受け取っておこう。
「いい加減にして下さい!!」
突然、怒声のようなものが聞こえた。
後ろを振り返ると梨音がおり、とても怒った剣幕でこちらへと近付いてきた。
今度は一体何をやらかしてしまったんだと一瞬思ったが、梨音は俺ではなく桜川に対して怒っているようだった。
「修斗をサッカー部に誘うだなんて、桜川さんは一体何を考えているんですか!? それに、わざわざ当て付けるようにボールを渡すなんて、失礼にも程があります!!」
「え? え?」
突然詰め寄られて、桜川も何がなんだか分かっておらず、あたふたしている。
昨晩ずっと梨音が怒った理由を考えていて、おそらくコレではないかというものが一つ、導き出された。
今日はそれを桜川含めて確認する予定だったのだが、思いのほかタイミング悪かったみたいだ。
だけどこれで、梨音が怒っている理由はハッキリした。
「修斗の優しさにつけ込んで、ヒドすぎます!」
「梨音、落ち着けって。桜川は悪くないから」
「悪くないだなんて、元はと言えば修斗がハッキリ断らないから……!」
「確かに俺のせいではあるよ。俺がくだらない自尊心を保とうとしたからこんなくだらない勘違いが起きてるわけだし、梨音にもいらない心配をかけさせてる」
「………………勘違い?」
「えっと……私、何か彼女に失礼なことしちゃったり……? 高坂っちのクラスのお友達だよね」
心配そうにその場を伺う桜川。
桜川も梨音も悪くない。
悪いのは本当のことを話していなかった俺だけだ。
「こいつは俺の幼馴染でクラスメイトの若元梨音。今回、桜川とここで話すことにした理由は、梨音を含めて俺から伝えたかったことがあるから。梨音、まず先に言っておく」
「………………うん」
「桜川は、俺が怪我をしてサッカーができなくなったことを知らない」
「え!?」
「え!?」
梨音と桜川が全く同じリアクションを取った。
今回の揉め事の原因の大元はここにある。
梨音は桜川のことを、俺が怪我してサッカーを出来なくなったと知っているのに、サッカー部へ執拗に勧誘している人だと勘違いしていたんだ。
俺が苦労してリハビリしてやっとここまでこれたことを梨音は知っているからこそ、無責任に俺のことを勧誘する彼女のことが許せなかったんだろう。
「だから桜川が何度も俺を誘おうとしてきたのは、ある意味仕方ないことだったんだ」
「だ……だって修斗、怪我で出来なくなったこと、言ってないの?」
「これは俺の勝手な価値観なんだけど、怪我をする選手っていうのは2流なんだよ。だから怪我してサッカーできなくなったなんて、恥ずかしくて人に言いたくなかったんだ。だから桜川にも言ってない」
「…………!」
梨音がショックを受けたような顔をした。
桜川のことを散々に言ってしまったことを後悔しているんだろう。
「け、怪我っていつ? いつ頃怪我したの?」
桜川が聞いてきた。
「中学3年の夏の大会予選でだよ。俺は相手選手との接触プレーによって右膝の靭帯がいくつか損傷したんだ。今でこそ歩いたり軽くなら走ったりできるけど、全力で走ったり、ボールを強く蹴ることはできない」
「そんな…………!」
桜川が口元を両手で覆った。
「ちゃんと言えなくてごめん。だから俺はサッカー部には入れないんだ」
「そんなこと……! こっちこそごめんなさい!! そんなこと知らずに、ずっとサッカーやろうだなんて…………若元さんも怒って当然だよね」
「ううん、こちらこそごめんなさい……! 私、てっきり桜川さんが知ってるものだと思ってたから……!」
桜川と梨音がお互いに謝った。
誤解は解けたようで良かった。
この二人が争う理由なんて元々ないのだから。
だけどもう一つ、俺は梨音に嘘をついていたことがある。
この機会だ、どうせならそれも話しておいた方がいい。
「梨音、俺はお前にもう一つ話しておきたいことがあるんだ」
「え?」
「サッカーだけが人生じゃないって、運動部以外にも楽しめるものがあるだなんて言っていたけど、本当はさ」
俺は桜川から受け取ったボールを持って運動場の中へと入った。
そしてボールをバックスピンをかけて前へと転がした。
ボールは勢いを殺し、数回バウンドした後にコロコロとゆっくりと転がる。
「ふっ!!」
俺は右足を軸にして力強く踏み込み、左足を振り抜いた。
芯を捉えたボールは一直線に、弾丸のように飛んでいき、ゴールのネットへと突き刺さった。
練習していたサッカー部員達が突然飛んできたボールに驚いたようで、全員こちらを見ていた。
「いつかまた、サッカーをやりたいと思ってるんだ」
「修斗…………!」
「高坂っちの……ううん、天才高坂修斗の真骨頂……『両利き足』…………!!」
右膝がギシギシと少し痛んでいたが、なによりも爽快感が俺の心を満たしていた。