一一④
結局、俺が部活に入らない理由はボールを蹴ると足が爆発して死ぬから説に落ち着いた。
否定するのも面倒くさいので、あーはいはいそれが正解と話したら決定したみたいだ。
すこぶるどうでもいい。
放課後、ホームルームが終了したが桜川はやってこなかった。
おそらく俺達の方が終わるのが早かったのだろう。
「修斗」
梨音が呼びかけてきた。
帰る支度ができているようで、八幡も一緒にいた。
「今日はどうするの?」
「帰るよ。桜川も来てないみたいだし」
「それだったら冬華とマクドナルド寄ってくつもりなんだけど、修斗も来る?」
マクドナルド……!
あのジャンキーな食べ物が置いてあるハンバーガー屋のことか!
人生何事も経験、高校生になって学校帰りにマクドナルドに寄って買い食いする。最高だな。
「いいね行こうぜ。八幡は俺がいても大丈夫?」
「もちろんだよ。むしろ、私がリオに高坂君も誘ってみるように話したから」
「ほう」
八幡は梨音と席が近いから話すようになった、というのはこの前知った。
見た目的には女子版ニノという感じか。
地毛だと思われる茶髪のセミロングで眼鏡をかけていて落ち着いた雰囲気は少し大人びて見える。
だがやらしい話、胸はでかい。
俺と新之助の見立てでは、クラスの中で一番胸が大きいのは八幡だとつい先日結論が出た。
梨音も決して小さい方ではないが、八幡の隣に並ぶと霞むな。
「なになに? マック行くの? いいじゃん俺もついてっていい?」
ここぞとばかりに話を聞いていた新之助が割り込んできた。
こいつなら勝手に入ってくるだろうなと思っていたから声をかけなかったが、予想通りだな。
「佐川君だっけ? もちろん」
「やり! あ、あと一人誘いたい奴いるんだけどいいかな?」
「ええ。誰のこと?」
「イチ+イチだよ」
新之助の言い方に、梨音も八幡も首を傾げた。
遠回しな呼び方をしているが、要はニノのことだ。
新之助がニノを呼びに行こうとするが、既にニノはクラスから出ていこうとするところだった。
「おいニノ! ちょっと待てって!」
新之助に突然呼び止められ、ビクリと体を震わせながら止まる。
相変わらずイジメてるようにしか見えない状況だな。
「ニノ、お前もマクドナルド行くだろ?」
「い、いや、僕は大丈夫だよ」
「なーんでよ。お前、俺と修斗以外のクラスメイトと全然話してないだろ? 若元と八幡もいるからこの機会にさ!」
「え〜……? いや、やっぱり遠慮しておくよ」
「よし! 参加な!」
「会話通じてないのかな!?」
結局、無理矢理ニノが新之助に連れてこられた。
「さ、佐川君。別に嫌がってるんだったら無理に誘わなくても……」
「大丈夫だよ、こいつ人見知りしてるだけだから。女子と絡んだ経験が少ないんだよきっと」
「失礼な、絡んだことぐらいありますー。なんなら絡んでしかいなかったですー」
「その発言は誤解を生むだろ。じゃあはい、梨音」
「え? ………………ああそういうこと」
俺は梨音に耳打ちしてニノの前に誘導した。
「若元梨音です。よろしくねニノ君」
「…………………………一一です」
めっちゃ目泳いどる。
梨音にニノの目を真っ直ぐ見て挨拶するように言っただけなんだが、ニノの目が個人メドレー泳いどる。
「にのまえって凄い珍しい苗字だよねー」
「ニノ君はどこ生まれなの?」
「意外と背大きいんだねー。私と同じくらいかと思ってたのに。あ、その眼鏡もしかして駅前で買った?」
「電車通学? それとも歩き?」
「あ……うっ……ちょっ……」
梨音と八幡から質問攻めにあってドギマギしとる。
申し訳ないけど見てて面白い。
やっぱりただの強がりであったことが証明されたなナチュラルメンタルブレイカーよ。
「ん? あっ、修斗。いつものお客さんが来てるぞ」
「高坂っち〜」
新之助に言われて扉の方を見ると、桜川が俺のことを呼んでいた。
教室に長く残りすぎたせいで6組の方もホームルームが終わったのか。
「本当に懲りないな」
「もうこんなん逢引きだろお前ら」
「そんなんじゃないのはお前も知ってるだろ。ちょっと先にマクドナルド行っててくれ。後から向かうから」
「はいはい。末永く爆発してろ」
「何だその言い方おい」
そう言って新之助達はゾロゾロと扉から先に出て行ったが、梨音だけがこの場に残っていた。
「梨音?」
「…………修斗は本当に迷惑だと思ってる?」
迷惑……って言うと桜川のことだよな。
「迷惑ってほどでもないけど、そりゃまぁサッカー出来ないのに勧誘されてたらな」
「でも普通はハッキリ断ったら誘うのもやめるよね。桜川さんが常識外れな人ってこと?」
「いや、桜川は普通だろ。まぁ入らないって言ってるのに誘ってくるのは少し異常な気もするが、中学時代の俺のファンだとも言ってたし、自分がマネージャーやってる部活に元日本代表を入れたくなる気持ちも分からなくは───」
「言い寄られて、修斗も満更でもないとか思ってるんじゃないの?」
…………なに?
「は? そんなこと思ってるわけないだろ」
「どうだか」
何だ梨音のやつ。
何で急に怒ってるんだよ。
高校最初の大事な友人関係構築の中で、迷惑だから二度と誘ってくるななんてハッキリ言えるわけないだろう。
だからこうして向こうが諦めてくれるように今までやんわり断ってきてるのに。
「修斗がハッキリ言えないなら、私が桜川さんに直接話すよ」
「ちょっ! いいって余計なことしなくて!」
「余計なことって何よ」
「っ! だいたい! 何でお前がそんなに気にするんだよ。別に俺とお前は付き合ってるわけでもないだろ。ただの幼馴染なんだから」
「……………………そうだね。ただの幼馴染だもんね。分かった、もういい」
「もういいってなんだよ。ちょっと待てよ梨音!」
梨音はそのまま足早に教室から出て行ってしまった。
教室内がシンと静まりかえっていた。
側から見たら完全に痴話喧嘩の一部だ。
「くそ。意味分かんねーよ」
「あっ…………と、ごめん高坂っち。何かタイミング悪かったみたいだね…………」
「え? ああ、いや。桜川は別に…………ちょっと、話はまた今度でもいいか?」
「う、うん。私の方は急ぎじゃないから全然!」
「悪いな」
俺も鞄を持って教室から出た。
梨音と喧嘩することは昔から何度もあった。
でも今回の喧嘩は少し毛色が違う気がする。
梨音が怒っていた理由を見つけて早いうちに関係を修復しないと、今後の生活に影響してしまいそうな気がする。
なぜそう思うのか。
それはきっと、俺が不意に言ってしまった『ただの幼馴染』という言葉の後に梨音が見せた顔を見てしまったからにほかならないだろう。
あんなに悲しそうな顔を見たのは初めてだった。
サッカーも現実も、リカバリーは早い方がいいというのは俺の口癖だ。