蹴球標的③
結果から見ると、1番の藤崎は15球以内に全ての的を打ち抜いた。残球数は1。
残り一枚を抜くところで3球を要してしまっていたが、一人目からパーフェクトが生まれた形だ。
藤崎が得意気にこちらへと戻ってきた。
『上尾さん、なんと一人目からパーフェクトが生まれました!』
『いやー、落ち着いてしっかりと狙ったところへボールを蹴れていましたからね。逆に後続の人達にプレッシャーを与える形になったんではないでしょうか』
そこから先は長く、待機する時間が辛かった。
なにせ終わるたびにスタッフの人がパネルをハメ直し、一人ずつキックターゲットを行っていったのだ。
俺の番である13番まではかなり待ちがあった。
10番目に来たところで、パーフェクトは6人、トップは3球残しでクリアした浦和ガンズの佐久間玖音だった。
そして10人目になったところで実況の人のボルテージが上がった。
『さあ続きまして! 次の方は手元の資料によれば世代別日本代表にも選ばれているということで、同年代の方々なら知っている人も多いのではないでしょうか! 川崎アルカンテラユース所属、熊埜御堂将太朗選手です! 上尾さんはご存知でしょうか?』
『はい。今のユースは黄金期とも呼ばれ、東京ヴァリアブルユースに多くの有望選手が在籍していることからしばし、ヴァリアブル世代と呼ばれていることがあります。その枠組の中に彼の名前も連ねられており、特に熊埜御堂選手はフリーキック一つで日本代表に召集されたと言っても過言ではないほど洗練されていますから、今回のキックターゲットでは優勝候補と言っても差し支えないでしょう』
流石の情報量と褒め言葉。
周りの選手達の中には今気が付いた人もいたらしく、珍しいものを見るかのような目で熊埜御堂を見ていた。
そんな中でも熊埜御堂は周りのざわつきを全く意に返すことなく、ボールを受け取ると集中した表情でキック位置へと移動した。
待ち時間がこんなにも長いのに、熊埜御堂はあの集中力を一度も崩す姿はなかった。
まるで実際にフリーキックを蹴る直前のような集中力を、1時間半近く保っていたんだ。一体どれほどの思いがこのキックターゲットにあると言うんだ。
『熊埜御堂選手の挑戦です!』
ペナルティキックの位置にボールを置いた熊埜御堂は1番を指示し、ボールから大股で3歩ほどの距離を取った。
そして斜めからボールに入るように助走を取り、腰を捻り、ボールを巻くようにして左足を振り抜いた。
蹴り方ですぐに分かった。
(これは当たる)
少し右回転のかかったボールは、ややカーブをしながら左上角にある1番のパネルを打ち抜いた。
決してスピードが出ていないループボールというわけではない。
今回はペナルティキックの位置からになるが、ペナルティエリアの外からでも決めることができるような速度は出ていた。
つまり、熊埜御堂にとって狙ったところにボールを蹴り込むのは特別な技術のいることではなく、フリーキックだろうがペナルティキックだろうが何も変わらないということなのだろう。
一つ気になったのは、確かに蹴り方が中村俊輔を彷彿させるのは分かるが、真似しているのかと言われればそれもまた違う。
恐らくだが、体格や身長に違いがあるため蹴り方はリスペクトするにとどめ、実際は自分に最も適した蹴り方に変化させ、それを何千、何万回も練習してきたのだろう。
『熊埜御堂選手!! 予告通り1番を抜きましたぁ!』
『蹴り方がとっても綺麗ですよね。ペナルティキックの位置からだと皆さんPKを蹴るようなイメージだと思うんですけど、彼の場合はフリーキックを蹴る時と同じ蹴り方をしてるんだと思います』
だが、狙い通りに番号を抜いてきた選手はこれまでにもいた。
実際に会場が熊埜御堂の凄さに気付いたのはその後からだった。
2番、3番、4番、5番、6番、7番、8番。
熊埜御堂は順番に指示した番号を、全て連続で打ち抜いていった。
ここまでノーミス。
会場にはどよめきが広がっていた。
『なんということでしょうか! ここまでノーミスかつ予告通りに番号を打ち抜いてきた熊埜御堂選手! あと一枚で完全無欠のパーフェクト達成です!!』
そして最後の一枚。
きっと会場の誰もが結果を見ずとも分かっていただろう。
予告通りに9番を打ち抜き、熊埜御堂はオールパーフェクトを達成した。