一一③
授業終了後、桜川が俺のクラスに来た。
用件は変わらず。
俺は前捌き用意の体勢で、桜川の勧誘を右に左に捌き切る。
トイレに用を足しに行ったところで、桜川に出待ちされており、別の意味で用を足された。
何で男子トイレにまで出待ちしてんだよと問いかけるも、マンマークの重要性を説かれ、突破するのに時間を要した。
宇佐木先生の時と場合を考えろ発言を全く意に介していない、と思いきや、時と場合を考えた結果トイレだろうが勧誘チャンスになると判断したらしい。
ここまで来るともはや変人だ。
別に腹を立てることは全くもってないが、よくもまぁ諦めずに何度もお願いしに来れるなと逆に感心してしまう。
ちなみに桜川は俺と部活を見に行った帰りにはマネージャーとして入部届を提出していたらしい。
今では正式にサッカー部の部員のようだ。
そして、桜川が俺を勧誘し続けて一週間経った。
「桜川、すげーな。マジで毎日お前のところに来てんじゃん」
昼休み、新之助がパンを口に頬張りながら言った。
「もうクラスのみんなも見慣れた光景になってきてるよね〜。いただきます」
ニノが自前の弁当を行儀良く開けながら話した。
最近は新之助とニノと飯を食べることが多い。
全体的にまとまったグループができ始めており、梨音も自分の席の近くにいた女子と食堂に行っているようだ。
確か名前は八幡って人だったか。
一度紹介されたが、少し話した程度だったので印象はまだ薄い。
「むしろ勧誘に来ないと静かだなって思うぐらいだ」
「お前ら……他人事だと思いやがって」
「え? 他人事だろ?」
「うん、他人事だね」
「二人が明日の朝、首を180度寝違えてますように」
「地味に嫌なお祈りすんな」
「地味どころじゃないよ死んでるよそれ」
桜川の律儀なところは、昼休みであれば俺が昼飯を食べ終わったところで勧誘しに来ることだ。
トイレであれば終わったタイミングで。
一応、気は遣っているみたいだが、それなら諦めてもらうことが一番助かるのに。
「でもコーサカ君ってサッカー上手かったんでしょ? 何で高校ではやらないの?」
「そうだよ俺も気になるんだけど」
お前らもか……。
たとえお前らであっても怪我したからだなんて恥ずべきことは言わんぞ。
「だから色々事情があるんだって」
「女の子から何度も迫られてんのに拒否できる事情ってなんだよ」
「変な言い方すんな」
「あれだね…………これは、サッカーやらない理由を当てた方が勝ち、ゲームだね」
なんか変なの始まった。
「僕とサガー君で、コーサカ君がサッカーをやらない理由を早く当てた方が勝ち」
「勝ったら何かあるのか?」
「コーサカ君が食堂で売ってるプリンを奢ってくれる」
「よっしゃ乗った!!」
「なぁ…………それ俺に何か得あんの?」
秘密はバラされるわプリン奢らされるわ。
当事者にとってマイナスにしかならないゲームを始めるんじゃねーよ。
「じゃあ僕からね。えーっと…………怪我したから」
当ててんじゃねーよおおおお!!!
何だ初手から正解導き出すって!
悪意の無い無邪気がこの世で一番残酷だって知ってっか?
「いやぁ無難すぎるだろぉそれは。それぐらいだったら普通にサッカーできない理由を桜川に話せばいいだけじゃねーか。なぁ修斗」
「……………………………………そうだな」
「なに今の間」
やめろ。
それ以上俺を追い込もうとしてくるんじゃない。
俺にとっては怪我したことを話すことは、切腹と同じくらい覚悟のいることなんだ。
「残念外れたみたいだね。じゃあ次、サガー君」
「そうだな……。俺が思うに修斗は…………女と一緒にいる時間を大切にしたいからだな」
「は?」
「あれだろ? お前、若元と仲良いし、実はもう既に付き合ってて部活をやると一緒にいる時間が減るから───」
「ちげーよ」
「食い込み気味に否定!? さっきの回答とえらい違いの速さだな!」
そんなことで俺がサッカーを辞めるわけねーだろ。
つーか一緒にいる時間が減るとか、なんなら今一緒に住んでるんですが?
夜とか普通に二人でテレビ見てくつろいでるんですが?
「お前は何でも女子絡みにしすぎだ」
「修斗の周りはネタが尽きねーからな」
「梨音と桜川ぐらいじゃねーか」
「生徒会長」
忘れてた……!
そういえば入学初日に絡まれてるんだった。
あれから特に接触はないわけだが、忘れられてんのかな。
俺も忘れてたし、普通にあり得る。
「あの人とは入学式の時に会ったっきり話してねーよ」
「キープみたいなもんだろ?」
「新之助は学校をキャバクラかなんかと勘違いしてんのか?」
「えーっとね、僕の次の予想はね」
「まだ続ける気かよ!」
マイペースが過ぎるぞニノよ。