八幡冬華①
【八幡冬華目線】
海に来るのは久しぶりだった。
中学に上がった頃から人よりも胸の成長が早く、男子の目を気にするようになってから、積極的に水着を着るようなことはやめた。
それでも海に来て水着を来たのは、みんなといるこの空間が居心地が良くて大好きだったから。
それでも、性格の悪い私はたまに考えてしまう。
梨音や前橋さんや桜川さん達と私は、容姿が決して釣り合っているとは言えない。
美人でスタイルの整った梨音は、一緒に歩いているだけでも男性の目を引いているのがすぐに分かる。
この前も駅前で芸能スカウトの人に声を掛けられていた。
前橋さんは、いわゆる美少女と言われてもなんら遜色はなくて、初めの頃は無口であまり喋らなかったことで影が薄かったけど、最近ではむしろそれが小動物のようで庇護欲を掻き立てられるのか男子にも女子にも噂に挙げられることが多くなった。
桜川さんはサッカー部のマネージャーとして一生懸命で、活発で愛嬌があり、誰とでも仲良くなれることから狙っているサッカー部員も多いと聞いた。
一方、私と言えばバスケ部に入ったのも中学から続けていたからという理由で、レギュラーになれるような実力もなく、当然容姿もみんなのように整ってなんかいない。
どんなに頑張っても、私は彼女達のようにはなれない。
なんの魅力もない自分が嫌い。
なにより、こんな風に嫉妬の感情を抱えてしまう自分のことが大嫌い───。
「おい八幡、何買っていったらいいと思うよ」
海の家周辺に来たところで新之助が選り好みするように見ながら聞いた。
焼きそばにたこ焼きに焼きトウモロコシ。スイーツとしてかき氷なんかも売っている。
意外にも種類は多く、それと同じように並んでいる人達も多かった。
「そうね…………とりあえずみんなが分けて食べられるように焼きそばとかたこ焼き?」
「いいじゃんいいじゃん。じゃあ俺は焼きそば2個ぐらい買ってくるから八幡はたこ焼き買ってきてくれよ」
「分かったわ」
私達はそれぞれ別のお店に並び、私はたこ焼きを買うことにした。
たこ焼きは3人ほどだけど、焼きそばは5人ほど並んでいたので、おそらく私の方が早く買うことができると思う。
しばらくして私はたこ焼きを買うことができた。
6個入りを二つ。
店員さんからたこ焼きを受け取り、まだ並んでるであろう新之助のところへ向かおうと反転した。
『ドン』
振り返る時に、歩いていた男の人とぶつかってしまった。
ちゃんと確認していなかった私が悪い。
金髪で少しガラの悪そうな人だった。
「ご、ごめんなさ───」
「ってーな! ブス」
「っ……!」
炎天下のはずなのに、身体が冷え込むように血の気が引いた。
私は決して自己肯定感が高いわけじゃなく、自分の容姿についても自信を持ったことはない。
だけど、ここまでハッキリと『ブス』と言われたことに対して、私は自分でも気付かないほどにショックを受けていた。
(梨音達なら…………こんなこと言われないんだろうなぁ……)
何か言葉を絞り出そうとするも、まるで蓋をされたかのように言葉が喉につっかえて出てこなかった。
「ちっ、胸だけデカくても宝の持ち腐れじゃねーか」
追い討ちをかけるように私のコンプレックス〝だけ〟をジロリと見てくる。
一緒の連れなのか、茶髪の人とツーブロックの人も私を見てきた。
「わはは、お前、さっきのナンパがうまくいかなかったからってキレすぎ」
「うるせぇ。こんなブスにぶつかられて腹立つだろうが」
「…………っ」
自然と視界が滲んだ。
こんなことでいちいち泣いちゃダメよ私。
普段言われないだけで、きっとみんな普段から思ってることなんだから。
たまたまこの人達が心無いことを言う人達なだけ。
そうよ、気にすることなんて───。
「おい行こうぜ」
「ちっ、次からはもっと前見て歩くんだなブ───痛ってぇ!!」
金髪の人が歩き出した途端、派手に転んだ。
まるで誰かに足を引っ掛けられたかのように───。
「おっとすんません。俺、足が長いもんで引っかかっちゃいました」
「んだてめぇ!」
「新之助…………」
足を引っ掛けて転ばしたのは、買ったばかりであろうパックに入った大盛りの焼きそばを両手に持っている新之助だった。
その顔はいつものようにおちゃらけて見えて、だけど彼の声色は今まで聞いたことがないほどに低かった。