夏休み④
ケーキを買い、店を出て俺達は瑞都高校へと戻った。
箱の中には20分保つドライアイスを入れてもらっているが、この暑さだ、寄り道はせずに真っ直ぐ向かう。
学校に戻ったところで丁度サッカー部が校門の周りに集まっているのが見えた。
たぶんこれから外周を走らされるのだろう。
このクソ暑い中ご苦労様なことである。
部員を見るのは東京Vに完膚なきまで叩きのめされていた時以来だ。
全国大会出場にも手が届くと言われ、自分達の強さに自信があった時になす術もなく負け、彼らの気持ちは折れずに来れたのだろうか。
そこで反骨心を見せた選手はいたのだろうか。
───果たして俺だったら、心が折れずに戦うことが出来たのだろうか。
完膚なきまでに負けたような経験はないが、少なくとも怪我をして心が折れた経験はある。
そう考えると意外と俺は…………メンタルが弱いのか?
いや……サッカーができないと言われれば誰でも心折れるよな。
「全員、体をしっかりほぐせよ。怪我しないようにな」
そう呼び掛けていたのは元鹿島オルディーズのエース、狩野隼人だった。
賢治との一対一に負け、最後まで何もさせてもらえず試合を終えたあの選手は、一見して変わらず部内でもリーダーシップを取っているようだった。
(そういえば狩野は弥守の謀略で卒業後はクシャスラFCに所属することが決まっているんだっけか)
そのモチベーションがあれば大敗を喫したとしても、自分の練習を怠るわけにはいかないだろう。
プロの世界は実力を示さなければ容赦なくクビを切られる世界だし、いつまでも立ち止まってなんていられない。
常に後から後から、優秀な選手が自分を追い越していくかもしれないのだから。
練習の邪魔をしないように脇をすり抜けようとしたところで、聞き慣れた元気な声に呼び止められた。
「あー! 梨音っちに前橋っち、それと高坂っちだ! なーにしてんの外から戻ってきて」
腕を捲り、部員に負けず劣らずの汗を額から流しているサッカー部のマネージャー、桜川美月だった。
どうやら給水のボトルをカゴに入れて部員のために準備しているようだった。
俺達を見つけるやいなや重そうなカゴを揺らしながら笑顔で走り寄ってきた。
笑うと八重歯がちらりと顔を覗かせる。
「美月だ。暑い中大変だね」
「選手のみんなに比べたら全然だよ! むしろこれぐらい汗かいた方が気持ちいいまである!」
「ええ……」
前橋が冗談でしょとでも言いたげな表情をする。
どこまでインドア派になったんだ。
「そうそう美月、ついでに聞きたいことあるんだけど少し時間ある?」
「うん? あるよー。みんなが走って戻ってくるのをタイム測りながら待つだけだし、そのタイムは他の先輩が測ってくれてるから」
「じゃあさ、今度夏休み期間中にみんなで海に行こうと思ってるんだけど来る?」
「え!? 海!? 行く行く絶対行く!! 行かない選択肢が無い!」
予想以上な食いつき方。
新之助と同じくらいの熱量を感じる。
「部活の方は大丈夫なのか?」
「一日ぐらい先生に言えば大丈夫だよ。マネージャーは他にもいるし」
「ちなみに他のメンツはここにいる3人だろ? それと新之助とニノと八幡かな」
「八幡さん? とはあんまり絡みないから初めましてかな。ニノって確かおとなしめの人だよね」
そうだっけ?
イベント事は大体桜川もいた気がするが、確かに放課後は一緒にならないし勉強会の時も桜川はいなかったな。
でもニノも八幡もお前のことは超知ってると思うぞ。
二人に限らず俺のクラスの奴らなら入学初期の頃の桜川のストーカー具合見てたからな。
「知らない人いても大丈夫そ?」
「もちろん! 全然仲良くなる自信あるし!」
「流石すぎる」
見た目も可愛いし愛嬌も良いときた。
こりゃサッカー部内でもモテるんじゃなかろうか。
狙ってるやつは多そうだな。
「じゃあまた時間とか決まったら連絡するね」
「はーい。新しく水着買わなきゃなぁ」
そう言って桜川はるんるんで戻っていった。
「水着……」
水着という言葉に反応を示す前橋。
海行くようの水着持ってるんだろうか。
ちなみに俺は持ってない。
プールにも海にも行ったことがないからだ。
持ってるとしても学校で使う紺色の無地の水着のみ。
「前橋…………スクール水着着てくるとかいうボケかますなよ」
「しないよ!」
一応、釘刺しておかないと、一緒にいるこっちが恥ずかしめに合うからな。




