長女は代用品なのかもしれない
「えっ? 香莉なんで?」
慌てて追いかけようとする照麻の腕を優莉が掴んで止める。
「止めてあげな。それに大丈夫だから」
「どうゆう意味だ?」
どこか慌てている照麻。
「嫌で逃げたって意味じゃないってこと。きっと恥ずかしかったんだよ」
対して優莉は落ち着いていた。
そのまま香莉が飲んでいた珈琲のマグカップを手に取り飲み始めた。
三姉妹なので関節キスとかは全く気にしていない優莉。
「本当に?」
本当に嫌われていないかを心配する照麻。
「うん!」
優莉がニッコリと笑って返事をする。
「だからさ、帰る前に私とも少しお話ししない?」
そのまま掴んでいた腕を引っぱり照麻を隣に座らせる。
お風呂上がりの優莉の熱が伝わる距離。なによりシャンプーの甘い香りのせいで優莉を女として意識してしまう。実際にパジャマを着ているとは言え、上着のボタンはピチピチになっている。正に目の毒だ、それもいい意味で。
「ねぇ、照麻?」
ソファーの上に両足を乗せて抱え込みながらさり気なく隣を見る優莉。
「なんで香莉にあんな事したの?」
「特に理由はないんだけど、なんとなくかなぁ」
「そっかぁ……なんとなくなんだ」
照麻が優莉を見ると視線を動かして膝に顔を近づけて前方の床を見ている。
「それにしても優莉は本当によく香莉のこと見てるんだな」
「えっ?」
「だって俺はさ、まだ香莉と会って間もないせいか、さっき香莉を怒らせたもしくは嫌われたかもって思ったんだけど優莉はそれが当たり前のように否定をしてくれた。つまり優莉って本当によく周りを見ているんだなって思ったんだ、さっき」
「まぁね。これでもお姉ちゃんだから」
「そうだな。お姉ちゃんってだけで周りに気を配ったりして大変だよな」
「うん」
長男だから長女だからしっかりしないといけなくなる気持ちが照麻にはよくわかる。
だからこそ、たまには長女だから誰かに認められたいし、褒められたくなる気持ちも何となく見てて思う。
素の優莉はきっと少し疲れているんだなと感じた。
「本当にすげぇと思う。これからも頑張れよ」
だから照麻はさり気なく優莉の頭に手を乗せて撫でてみた。
やっぱり姉妹だ。
反応は違えど、何処か似ている。
「ありがとう」
口角を上げて微笑む優莉。
やっぱりそうだよなと照麻は心の中で思った。
「ねぇ、照麻?」
「どうした?」
「ちょっとだけ話し聞いてくれない? 本当は話しを聞いて欲しくて呼び止めたの。迷惑だった?」
「俺なんかで良ければいつでも聞くぞ」
「ならお願い」
そのまま倒れるようにして身体を預けてくる優莉。
照麻の肩に優莉が頭を乗せる。
突然の事に驚いてしまったが照麻はいつも頑張っているからこそたまには心のより所が欲しいんだろうなと解釈してリビングの天井に視線を向けた。
「もう気が付いているかもしれないけどさ、私って落ちこぼれなんだ」
悲しそうな声で話し始めた優莉。
「愛莉は魔術の才能を開花させた、香莉は一般と魔術の両方の知識と言う才能を開花させた。だけど私は中途半端。だからいつも二人を立ててその背中に上手く隠れるようにして生きてきたんだ。照麻ならこの気持ちわかってくれる? お姉ちゃんなのに二人に誇れる物が何一つない私のこの気持ちを」
試しに視線を下ろせば、零れ落ちていた優莉の涙。
天才の妹――由香と比べられてずっと生きてきた照麻には優莉の気持ちが同情ではなく共感としてわかる。
才能がある者は認められ、才能がない者は認められない。
それは魔術がある世界でもない世界でも同じ。
それが兄妹や恋人と言ったように比べやすい対象同士なら尚更。
少なからず胸が締め付けれる感覚を覚えた照麻。
「わかるよ」
「出来の良い妹をさ二人も持つとね、私ってつい平凡だなって思ってしまうんだ。照麻は由香ちゃんが妹でどんな感じなの?」
「俺は――」
過去の事を思い出しながら。
「最高の妹だと思っている。今までも、そしてこれからも」
照麻は答えた。
「――え?」
「俺もな、少し前優莉と同じ事を思ったんだ。俺って本当にどうしようもない出来損ないだなって」
「そう……だったんだ」
「でもその時に思った。俺は俺でいいんだって。無理して生きて行く必要なんてないんだって」
ふと、昔の事を思い出しながら照麻が言った。
「それは違うと思う。私達のような人間は才能がある者の影に隠れていないとなにか合った時に一人になるんだよ」
「そうかな」
「絶対そう。世間は……私の身近な人達は特に……」
――所詮、優莉は愛莉と香莉の代用品。
両親は平等に扱ってくれているが、親戚は違う。
愛莉、愛莉もしくは香莉、香莉といつも二人の名前を連呼し褒めている。
それなのに三姉妹のはずなのに優莉の名前だけは殆ど出てこない。
お金を持った家に生まれた以上、全ては才能の世界。
才能がある者が目立ち、才能がない者は落ちこぼれていく。
今まではそれがわかっていたから一人我慢していた。
でも赤井照麻を知れば、知る程、似た境遇を持っているんじゃないかって思えてどうしようもなかった。




