ドキドキはリスクに比例する
「お前らの痴話喧嘩ごときで大事な校舎を傷つけるんじゃないよ、この大馬鹿者!」
と言われ、鈍器で殴られた後のようにジンジンする頭のてっぺんを未だに抑えている二人。由香と愛莉である。
確かにあれは凄かったと照麻は思っている。
飛んでくる氷柱の破片を身体強化なしで頭の中でどの角度からどれくらいの力で雷撃が粉砕したか、その逆も然りで飛んでくる雷撃をどのような角度と威力で氷柱が引き裂いたかを瞬時に頭の中で計算する学園長。そしてあろうことかババアなのに高さが四センチもある黒のヒールのまま走り始めたかと思いきや、飛んでくる攻撃を躱し、誤って由香が向けてしまった氷柱による攻撃も難なく躱しげんこつ一発で無力化した。
それを見た愛莉が慌てて正気に戻り逃げようとするが、そう思った時には学園長の拳が愛莉の頭上にあり降り注いできたのだ。
「ったく、しょうがないねぇ……これは次の授業参観までに修理だね」
大きなため息を吐いて、学園長は何事もなかったかのようにそのまま去っていた。
そんな事を照麻が天井を見つめて思い出していると由香が涙目のままソファーに座る照麻の膝の上に顔を乗せてきた。
「まだ、ぐすっ……いたいです。頭撫でてください……お兄様」
実はこれ演技なんじゃないかと思いたいところではあるが、本当に痛いようだ。
「なによ……アイツ。女の子相手にあんなに強く殴らなくていいじゃない」
視線を少し遠くに写せば愛莉が優莉に抱きしめてもらっている。
優莉を見習って照麻も由香を慰めてあげる。
二人共実力が実力なだけに普段殴られる事もなければ蹴られる事もない。
そんな二人が喧嘩慣れしているわけがないのだ。
そう考えると魔術ではなく、一般的な物理による攻撃にはほとんど耐性がなくても仕方がないのかもしれない。
「ほら、わかったから。もう泣くな」
「……ぐすっ、はい」
「それにしても由香さん甘えん坊さんですね」
「まぁな。俺の前ではいつもこんなんだよ」
「そうなんですか」
今照麻の右手は由香の頭の上にある。
由香は照麻の膝の上に顔を乗せており、目を閉じている。
それを知ってか香莉が照麻の横に座り、照麻の左手の上に右手をさり気なくのせてきた。
そのまま。
「なんかこうゆうのってバレるかバレないかって意味でもドキドキしちゃいますよね」
悪魔の囁きをして微笑む香莉。
学園とは違った香莉の行動にドキドキしてしまう照麻。
だがここで変な声や反応をしてしまえば、ようやく静まり始めた由香の心に嵐が生まれ第二ラウンドが由香VS香莉で始まってしまうかもしれない。
そうなれば愛莉はともかく香莉では由香に数分と持たない気しかない。
「あら? 私の事護ってくれるんですか? ありがとうございます」
「絶対この状況楽しんでるよな?」
「はい。だって楽しいじゃありませんか。私男の人とこうゆう事ってしたことがないのでとてもドキドキしています」
冗談が冗談じゃすまなくなるスリリングな経験をさせていただいた。
なんだろう。
本当ならシチュエーション的にはめっちゃ嬉しいはず。だって可愛い女の子がさり気なく照麻の手の上に自分の手を乗せてくれているのだから!
なのに、今日はあまり嬉しい気持ちになれなかった。それどころか心臓がドキドキして、手に変な汗まで出て来てしまった。
いやこっちのドキドキもある意味好きだけどさ。
「あら、緊張しているんですか?」
「うん、まぁな」
「もしかしてこうゆうの嫌ですか? 嫌ならもう止めますが」
少し残念そうな小声で呟く香莉。
「いや……じゃありません」
「なら良かったです。では、もう少しだけ、うふふ」
結局なんだかんだ、由香にも負け、香莉にも負け、と将来尻に敷かれるタイプの人間だなと改めて思う照麻。
そんな照麻と香莉がコソコソ話しをしていると。
ようやく周りが見え始めた由香が「それにしても凄い広い」と言って視線をゆっくりと全体に飛ばしている。普通の人間がタワマンの上階の部屋に行くと言う経験はある意味貴重だと言えよう。なので由香の反応が当たり前だと思う。いやそうであって欲しい。そんな由香を見て「え?」と言う三人の言葉が照麻とはやっぱり違う世界に生きる者の言葉だと認めたくなかった。だって認めたら由香は容姿相応に才能だってあるから将来こんな家に自力で頑張るか玉の輿に乗りさえすれば住めると思う。これは現実的なのに対し、照麻の容姿は平凡、魔術の才能もないこれでは不可能に近いと言えよう。だから自分だけが別の世界の人間になってしまうと思うと、せめて由香だけでも自分の元に置いておきたくなってしまったのだ。それはいけない事であって由香の幸せの邪魔でしかないことはわかっている、だけど今この瞬間だけでもと思ってしまった。
頭を撫でられて満足したのか、由香が大きな背伸びをしながら立ち上がる。そのまま由香の視線が上から下へと徐々に向かっていく。
そしてある一点で視線の動きがピタリと止まった。




