反発が協調になった日
――テスト当日の朝。
やる事は全部した、だから大丈夫だと自分に言い聞かせて照麻は家を出た。今日はいつもより五分程早く家をでて余裕を持っている。なんたって遅刻は絶対に許されないからだ。通学路にあるコンビニとスポーツショップの脇を通り過ぎようとした所で後ろから声が聞こえてきた。
「おにぃーさぁまー!」
一度立ち止まり、後ろから長い髪を揺らし走る少女を待った。
どうやら照麻がいつもより少し家を早く出たせいで行き違いになったらしい。
とは言っても由香の場合、照麻の位置情報をGPS機能使い全部把握してそうだが。
「もぉ家を早く出るなら私にも教えて下さい」
「悪い、悪い。ただ今日は遅刻出来ないと思ってな」
「なるほど。そうゆうことでしたか」
置いてけぼりにされた事が不服だったのか、少し不機嫌だった由香の顔に笑みが戻る。
どうやら照麻の言いたい事を正しく理解してくれたようだ。
今日でここ一週間の照麻の頑張りが報われるか報われないかが決まる大事な日と言う事もあり照麻としても内心気合いが入っている。
香莉と優莉そしてたまに愛莉が照麻の勉強に付き合ってくれて色々と教えてくれた。悔しいがどんぐりの背比べ状態ではあるが愛莉の方が勉強ができる事が少し前にわかった。何より月曜日から金曜日は由香が自分の時間を割いてまで照麻のサポートを日常面でしてくれた。周りに助けられた以上、できる限り結果を出したいと思っている。
照麻と由香が横並びになって止めていた足を動かし始める。
「ちなみに自信の程はどうなんですか?」
「まぁ、赤点なら何とかなりそうって程度にはあるかな」
「それは良かったです」
「ちなみに由香はどうなんだ?」
「私ですか? 私には満点と言う二文字以外はありません」
自信満々の笑みで答える由香。
きっと照麻と別れてからの土曜日と日曜日を使いしっかりと全教科の総復習をしたのだろう。相変わらず容量がいいと言うか、もはや照麻と比べることすらおこがましく感じる努力する天才と言うか。
そんな事を思っていると、由香が照麻の顔を見上げて目をキラキラさせてきた。
なので照麻はすぐに微笑みながら、答えた。
「流石、由香だな。俺の自慢の妹だよ」
「はい! 私もお兄様に負けないように頑張りました」
「おっ、偉いぞ!」
すると照麻の隣を歩く由香が嬉しそうにして身体を寄せてきた。
なんともわかりやすいというか甘えん坊さんだなと思い、照麻はお兄ちゃんとして由香の行為を受け入れてあげる。きっと周りから見たら仲の良い高校生カップルに見えるんだろうなと周りの視線を受け流しながら照麻は思った。だけど学園内ではそんな風には見られない。照麻と由香の事情を知っているからだ。周りも『バカと天才兄妹』『相変わらず仲の良い兄妹』ぐらいに最近は思っているのか照麻と由香が一緒にいても殆ど何も言って来なくなった。それでも馬鹿みたいに人を必要以上にからかい傷つけようとする奴は由香が「文句ありますか?」の一言で全員黙らせた。たった一言、微笑みながら。幾ら怪我人とは言え、照麻は照麻でその時心が複雑になったなーと思いながら由香と一緒に通学路を歩いて行く。
すると歩道橋の下をくぐり抜けたタイミングでちょうど歩道橋を渡り階段を降りてきた女の子の声が聞こえた。照麻と由香が振り返るとそこには香莉がいた。その後ろには優莉と愛莉がいる。
「おはようございます。照麻さん、由香さん」
「おはよう、香莉。それと優莉と愛莉もおはよう」
「「おはよう」」
「三人共おはようございます」
挨拶をしてすぐに五人で歩いて学園へと向かう。
今日はテスト。
なので全員の頭に遅刻は特に厳禁だと言う共通認識があるので道端で朝ゆっくり会話と言う思考はない。仮にそんな事をしようものなら残りの人間に置いて行かれる事になるだろう。それに遅刻したらしたで生徒指導のゴリラがめんど……じゃなくて山内先生がお怒りになられ少々めんどくさいことになるのだ。
「朝から由香さんと仲良しな所を見る限り、テスト余裕そうでなによりです。どうやら私の心配は無駄に終わったみたいですね」
「当然です。お兄様の手にかかればテストなんか余裕です。ですよね、お兄様?」
「う……うん」
視線がなぜか大空に浮く白い雲へと向く照麻。
それだけでなく、急に弱気になってしまった。
赤点が余裕とテストが余裕では意味が全然違うのだ。
由香や香莉クラスならどちらでも余裕なのだろうが、赤井照麻と言う人間には少し見栄を張ってやっと赤点が余裕と言った程度の学力しかない。
しかもこの二人を前にしたら急に緊張してきたのだ。
まるで照麻の身体全体に見えない重圧が一気に降りかかってきたような気分だった。
「ところで照麻?」
声が聞こえたので大空に向けていた視線を下げて、優莉を見る照麻。
「どうしたんだ?」
「今日の放課後って暇?」
「まぁ、暇だけど」
「そっかぁ」
「なんでそんな事を聞くんだ?」
「う~んとね、秘密!」
すると優莉が香莉と愛莉を見て、ニコッと微笑んだ。
それに反応するかのように香莉と愛莉もニコッと微笑む。
「一つ聞いてもいいですか?」
ここで由香も疑問に思ったのか優莉に質問をする。
「んっ、なにを?」
「放課後何かするんですか?」
「ううん。しぃ~って言えば、今日は放課後勉強するのかな~って思って」
優莉が照麻と愛莉を交互に見る。
そんな優莉から照麻と愛莉はすぐに視線を逸らす。
それが可笑しいのか由香がクスクスと笑い始め、それに続くようにして香莉もクスクスと笑い始めた。
「「そ、それは……」」
お互いの顔を見て何て答えていいのかわからない為、照麻と愛莉がお互いの顔を見てお互いに助けを求めあう。
「それは?」
「「そ、それは……」」
二人共ここまでお世話になったからこそ優莉の冗談だとわかる言葉でも、しない、と言う言葉がすぐに出てこなかった。しない、と言えば期末テストの時に助けてくれないかもしれない。そんな不安が二人の脳裏にチラホラと見えた。二人は今回なんとかなっても期末テストでは再び香莉、優莉の力を内心頼りにしている。その為ハッキリと答えられずにいた。
当然優莉はそのことを分かっておきながら、二人をからかって楽しんでいる。だから別に素直にしないと言っても怒るつもりはないし「へぇ~しないって事は期末テスト余裕なんだね。なら今度は一人で頑張りなよ~」と言って楽しむつもりでいた。仮に「すると言えばへぇ~するんだ、なら今度は助けないよ~」と言って楽しむ予定だ。
優莉は優莉でここ一週間勉強で溜まった鬱憤を中々素直になる事をしらない可愛い妹とその妹とも最近仲良くなった照麻を弄って気分転換しようとしているのだ。
由香と香莉は照麻の困った顔が「素直で可愛いな~」とこれまた眼福なので横やりを入れるつもりはない。
でもなんだかんだ言って優莉は優莉でテストで緊張しているであろう照麻と愛莉の緊張が和らいでくれればなと内心思っている。
その為にちょっと意地悪なお姉ちゃんを演じているのだ。
「今日は……休息日にしようかな……なんて……あはは」
「わ、私も……コイツと同じかな……あはは」
最後は笑って誤魔化す二人。
いつもは反発しかしないのにやっぱりなんだかんだ言って似た者同士だなって思った優莉。
学園に到着すると、それぞれの戦い(テスト)が始まった。




