二人きりの時はちょっとだけ優しい愛莉
――二時間後。
「やっと終わったーーーー!」
愛莉の喜びの声がリビングに響いた。
椅子から立ち上がって気持ちよさそうに声を出して大きく背伸びを始める。
そのままニヤッと微笑みながら照麻の隣に来て、口を開く。
「あら? まだ終わってないの?」
とても嬉しそうにして上から目線の愛莉。
「やっぱりアンタってバカでしょ!」
「…………今日はたまたまだ」
「なら今日は私の勝ちね!」
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせるようにして照麻は最後の一問を解いていく。
だが最後の部分がわからず手が止まっていたのだ。
「……クソッ、愛莉に負けるとは」
「ふふ~ん。それでどこで止まってるの?」
「止まってなんかねぇ。ちょっと考えているだけだ!」
照麻は嘘をついた。
さっき香莉が夜ご飯の支度の為に席を離れ、優莉は優莉で少し用事があるらしく外出をしたのだ。その為、今リビングには照麻と愛莉の二人きりである。
その時いつもなら悪口を言って何処かに行ってしまいそうな愛莉がさっきまで香莉が座っていた席に座った。
「いい? 説明してあげるからよく聞いて。私も優莉にここ聞いたんだけど――」
愛莉はそのまま照麻に説明を始めた。
チラチラと照麻を見ながら、理解が追いついている事を確認しながら教えてくれた。
これは一体? と疑問に思ったが、今はそんな事を考えている暇はないので、集中して愛莉の説明を聞いて理解できるように頑張る。
「それでね、ここがこうで――」
正直愛莉には負けたくない。
照麻はそう思いながらも頷き、手を動かしていく。
「ほら、できた。私に感謝しなさい」
「おっ、本当だ……すげぇ」
「驚いてないで私にお礼は?」
愛莉は何かを期待したように照麻の目を見ている。
その瞳には二重の意味で驚いている照麻の姿が映っていた。
「お、おう。ありがとうな」
「それだけ?」
「え?」
「それだけって聞いてるの?」
照麻は「うん?」と呟きながら考える。
だけど愛莉の言いたい事がよくわからない。
さては勉強教えたからお金でも要求しているのかと考えて見るが、財力と言う意味では愛莉の方が照麻より断トツ高い。そう考えると違うような気がする。だとすれば一体なんだと言うのだろうか。照麻が気持ち長い長考に入った所で愛莉は小さくため息をついた。
「私とも仲良くなりたいんでしょ? だったら……」
両膝の上で両手をモジモジさせる愛莉。
「だったら?」
「ううん、なんでもない。アンタなんか嫌い、終わったんでしょ? なら早く帰って」
「お、おう。すまん」
照麻は急いで荷物を片付け始める。
ここで愛莉の怒りを買うのは良くないと思ったからだ。
だって怒って雷撃を撃たれでもしたら、やっと後少しで完治と言うところまできた傷口がまた開くかもしれない。
それだけは絶対にダメだ。
すると愛莉がまた小さくため息をついた。
「アンタってさ、やっぱり私の事嫌いなの?」
突然聞こえてきた声は少し落ち込んでいるようにも捉えられる声だった。
「私アンタの事遠ざけてばっかじゃない? だから嫌われてるのかなって?」
声が小さい。
それになんか急に元気がなくなったようにも見えなくもない。
「正直に教えて欲しいの。香莉と喧嘩した時アンタは何も言わずに私を助けてくれた。あれ本当は私の為じゃなくて香莉の為だったのよね?」
照麻は手を動かしながら、興味なさげに答える。
「さぁな。もうそんな昔の事なんか忘れたよ。お前が俺を嫌いなのはさ薄々気づいているけど、だからってなんで俺がお前を嫌いになるんだ? 意味がわからねぇ。それと香莉から聞いたんだけど、演習の日の事怒ってんだってな。謝る機会なくて今まで知らない振りしてたけど本当に悪いことした。ごめんな」
照麻は一度手を止めて、愛莉に頭を下げた。
カバンを手に取り、玄関に向かって歩き始める。
すると、愛莉がクスッと笑った。
「ちょっと待って」
足を止めて、振り返る。
「演習って何の事? ほら、私ってさバカだからさ、忘れちゃった。でもよくよく考えたら実の妹に演習とは言え本気で戦えって酷な事を望んだなって思ってる。私こそゴメン」
そのまま愛莉が照麻に近づく。
「それにまだ勉強教えたお礼貰ってない。だからお礼をしてくれたらそれでいい。私とはこれからどうしたいの?」
「ん? 雷撃ならいらないぞ?」
「ち、違うわよ! 香莉と優莉には言って私にまだ言ってない言葉があるでしょ?」
「ん~言ってない事?」照麻はその場で腕を組んで考える。
言ってない事など数えれば山ほどある。というかそもそも全員と同じ話しをすることがあまりないと言うか。さて、どうしたものかなと思い、照麻がチラッと愛莉を見ると、頬をピクピクとしてお怒りになられているご様子。
下手な事を言えば色々とヤバそうだし、香莉がいる所まで走って逃げてもどうせ明日捕まるならと逃げる事を諦める。
すると愛莉の口から大きなため息が一つ。
「香莉と優莉とは仲良くするって言ったんでしょ? 私こう見えてね、過去に色々あって心配症なの……だから教えて。私ともどうしたいか……」
「あぁ~そうゆうことか」
ようやく照麻の頭が状況を正しく理解する。
「そんなの決まってる。仲良くするに決まってるだろ。それと俺はお前の事も好きだよ。だからそんなに心配すんな」
「そっかぁ。アンタって罵倒されて喜ぶⅯだったんだ」
「それは、違う! 誰がお前みたいな奴に罵倒されて喜ぶんだ? 少なくとも俺はⅯじゃないし喜ばないからな。俺の心はガラスのハート並みに脆い、覚えておけ」
クスクスと笑い始める愛莉。
「ガラスのハートってキモッ、あはは~アンタには死んでも似合わないわよ」
そして大笑いへと変わった。
「お前なぁ……そこまで笑う事か?」
「だって私の前では偉そうな事を言っているアンタがそんなにか弱いわけないじゃん、あははは~」
「俺も男なんだから強がりの一つでもするときもあるぞ?」
「なら頑張って私と仲良くなれるように頑張ったら? そしたらガラスのハートが壊れなくて済むかもしれないわよ?」
愛莉はできるもんならやってみろと言わんばかりに言ってきた。
その表情は何処か楽しそうだった。
「そうだな。マジでそうしないと俺がいつか病みそうだよ」
「病むって……あはは、あぁ~面白い」
これが私達を救ってくれたヒーローの言葉って。
本当に力が全てみたいに、あの日の事を自慢してこないんだ。
あの日香莉がいい人って言った意味が今なら少しわかる気がする。
コイツ多分だけど等身大の自分しか私達に見せないんだ。
だからそこに嘘がなく、遠ざけようとしても本気になれないのかもしれない。
愛莉はそう思った。
すると心の奥底が暖かくなるような感覚に襲われた。
それは随分と前に忘れた、家族以外からの純粋な人の温もりのような熱を持っていた。
愛莉が笑うのを止めて、微笑む。
「なら約束。私とはゆっくりでいいからちゃんと向き合って仲良くするって。それとたまには名前で呼んで欲しいな。私アンタになら名前で呼ばれてもいいかなって少し思ってる。私もアンタの事、今はそこまで嫌いじゃない。でも恥ずかしいから今私とアンタで話した内容は優莉と香莉には内緒にして。それでいいかな、照麻?」
急に名前で呼ばれた事、そして普段見せてくれない柔らかい微笑みのダブルパンチに照麻の心臓がドキッと反応してしまう。やっぱりなんだかんだ言っても三姉妹。笑った時の仕草がどこか似ているし愛莉の場合は初々しさがあってそれがまた女の子らしいと言うかなんというか。
「やっぱりお前って笑ってる方が可愛いんだな」
精一杯の照れ隠しで照麻がからかって反撃してみる。
愛莉の顔がみるみる赤くなっていく。
よく見れば、頬を膨らませて涙目になっている。
「恥ずかくなるような事を真顔で言うな! アンタなんかに褒められても別に……う、嬉しくなんかないわよ! アンタなんかもう大嫌い、早く帰って!」
「ちょ、愛莉?」
「ほら帰った、帰った」
愛莉は両手で照麻の背中を押して玄関に追いやる。
そのまま顔を赤くしたまま照麻を強引に押し出し玄関の扉を閉められた。
その時見た、表情に照麻は鼻で笑った。
「アイツでも女の子らしい仕草するんだな。それにしてもやっぱり姉妹だよな。笑うと可愛いじゃねぇか、愛莉も」
独り言のつもりで言ったつもりだったが、それが玄関の扉を挟んだ奥にいる愛莉が聞いている事には気づいていなかった。




