目の癒し
お風呂を上がり、寝間着に着替えた照麻は布団の上で天井を見つめていた。
部屋の中は静かでただ蛍光灯の光が照麻と見つめ合うようにして光をただ放っている。言葉はない、それどころか声すらない。だけどその光は照麻の心に差し込むようにただ光っているだけ。赤井照麻は大きくため息をついた。そう頭ではわかっているからこそ余計に反応してしまうことぐらい。そして今は家族なのだとと言う事ぐらいも。
「わかってんだけどな……俺と由香に血の繋がりはあるけど本当の兄妹ではないってことくらい。そして今は兄妹だってことぐらい……」
誰に言ったわけでもなく、心の悩みを払ってくれそうだなと勝手に思った、ので蛍光灯に向かって呟いてみた。世間には隠しているが、照麻は赤井家の養子である。由香のご両親が夫婦の間に子が出来ないと悩んでいた頃だった。流行り病で産まれてすぐに父と母を亡くした照麻。そんな時照麻の両親と兄弟関係にあたる今の両親が養子として照麻を引き取ってくれた。そこから運が良かったのか赤井家の願いが叶い二人の間に由香がすぐに生まれた。だけど今の両親は実の息子として照麻にも沢山愛情をくれたし自由も与えてくれたし、家族の事は世間には黙っていなさいと言ってくれた。だからなのか妹――由香の好意に対して時折兄としてではなく男として反応してしまう瞬間がどうしてもある。これはいけないこと――照麻は自分を責めた。なぜなら由香は兄として赤井照麻を慕っているからだ。普通に考えて照麻には由香のような才能はない。ただ赤井家の先祖の血が照麻にも僅かに遺伝してくれたが、見ての通り欠陥品。そんな照麻に由香が本気で惚れること等ないことぐらい流石にわかる。
「さてどうしたもんかねぇー」
相変わらず返事がない蛍光灯はただ眩しい光を放っている。
そして蛍光灯ではなくスマートフォンが変わりに返事をするかのようにプルプルプルーと音を鳴らして着信を教えてくれる。
「人がシリアスな事を真剣に考えているこのタイミングで電話……誰だよ」
照麻が枕元にあるスマートフォンを手に取り画面を確認する。
液晶に表示された名前に照麻はある意味本当にナイスタイミングだなと思って鼻でクスッと笑ってから電話に出る。
「どうしたんだ、優莉?」
『もしもし。今時間いい?』
「大丈夫。ちょうど由香が今お風呂に入ってて一人だったし」
『そっかぁ。今何してたの?』
「ちょっと考え事をな。まぁ大したことじゃないんだけどな、あはは~」
本当は大したこと以前に大事な事だが、実は俺と由香……なんて言えるわけもないので笑って誤魔化す事にした。
『どうせ来週のテストの事でも考えてたんでしょ?』
「まぁな……そんな所だ」
ちょっと返答に困ってしまったが、ここは優莉には申し訳ないが勘違いと言う事で誤魔化す事にする。
『まぁいいや。本題はそのテストに関係することだから』
嫌な予感がする。
今すぐこの電話を切りたい。勉強など赤井照麻にとっては天敵でしかないのだ。
ただでさえ試験勉強をこうして頑張っているのにまだ何かをしなければ赤点は回避できないと言うのか……。勉強の神様が居るなら一言文句でも言ってやりたいところである。
「な、なんだ?」
『香莉からの伝言で今日勉強した所のワークの問題を明日までに解いてくることだって。ページ数は七ページから――』
「ち、ちょっと待って。メモ取るから」
急いで身体を動かしてほとんど使われない勉強机の上にスピーカーから聞こえてきた理科のワークを開く。
「すまん、待たせた」
『気にしなくていいよ~。それで七ぺージから九ページの確認問題だけでいいから明日までにしてきて下さいだってよ。それと香莉がね……なんで優莉だけなんですか! 納得がいきません! 私が最初にお友達になったのに私には連絡先教えてくれないんですか!? ってさっきからブツブツ言って怒ってるんだけど連絡先教えていいかな? 後愛莉にも」
「別に構わないけど愛莉は俺の連絡先いるのか? 香莉は勉強の件があるからなんとなくわかるけど」
『そう? なら愛莉には教えないよ? 私だけ仲間外れにしたら身体に雷撃十発撃ち込むってさっき香莉と話してたけどそれでいいんだね?』
ら、雷撃だと!?
それも一発やなくてじゅ、じゅ、じゅぱつだとぉ!?
待て待て待て、落ち着け赤井照麻。
こうゆう時はだな~まず頭をクールにして心を無にして……って出来るか!
そんなことされたらな、赤井照麻が天に帰る事になるわ! いや、マジで!!
「由香でも苦戦していた雷撃をそんなに撃たれたら俺の命がなくなるわ!」
つい叫んでしまった。
『あはは~。なら天に帰る?』
「断わる!」
彼女の一人も出来た事がないまま天に帰るは絶対に嫌だ。
照麻だってたまには女の子にモテたいし、褒められたいし、イチャイチャしてみたい。
これが赤井照麻の本心である。
『ならどうするの?』
スピーカー越しでもわかる含みのある言葉に照麻がようやく気付く。
「さては初めから俺の連絡先を三人で共有する事が目的だったな?」
『正解。だって香莉は照麻ともっと仲良くしたそうだったもん。だったらお姉ちゃんとして手伝わないわけないじゃない? それに香莉と約束したんでしょ。私達三人と仲良くするって。だったらさ愛莉とも仲良くしてくれるんだよね、照麻?』
声のトーンが高い。
本当によく妹思いの優しいお姉ちゃんだなと思った。
「わかった。好きにしてくれて構わない。ただし条件がある」
『条件?』
「そうだ。愛莉に雷撃は絶対【向けるな】【使うな】【撃つな】と強く言っておいてくれ。俺まだ先日の怪我完治してないからもし一発でも受けたらマジで冗談じゃすまなくなる……頼む、優莉」
『あはは~。なにその三原則みたいなやつ!!!』
スピーカー越しに聞こえてくる楽しそうな笑い声。
きっとお腹をおさえて盛大に涙を流しながら笑っているのでだろう。
それくらいに優莉の声は楽しそうで、この状況を楽しんでいるようだった。
『わかった、わかった。なら後で照麻の携帯にも私から二人の連絡先送っておくから登録よろしくね』
「ワークが終わったらしておくよ」
『は~い、ならまたね~』
電話が切れてスピーカーからはプー、プー、プーと無機質な音が流れてくる。
照麻はこのまま優莉から言われた課題を解く為に机に向かいシャーペンと消しゴムを手に取り問題を解き始めた。
解いていく中でそう言えばテスト終わりワークの提出もあったなと思い出した。そう考えるとこれも香莉の気配りと言う名の優しさなのかもしれない。
全ての問題を解き終わると優莉から藤原愛莉、藤原香莉という件名のメッセージがきておりそれぞれの連絡先が送られていた。
照麻はベッドに横たわり、今度こそ今日の勉強終わりと達成感に浸かりながら、二人の連絡先をそれぞれ登録していく。連絡先の入力が終わり今日はもう終わりと思い寝る準備をする。そのまま部屋の電気を消し、月明かりだけが部屋を薄暗く照らし始めたタイミングで部屋の扉がノックされた。照麻が返事をすると、サラサラの髪を指でクルクルとさせながら由香が部屋に入って来た。
「一緒に寝てもよろしいですか?」
「別にいいけど、どうしたんだ?」
「夜は冷え込んで……寂しいと言うか」
由香が下を向きながらチラチラと照麻を見て、口をモゾモゾとさせる。
それを見た照麻は思った。普段表に出さないだけで由香もまた心の中に不安や悩みを抱えているのかもしれないと。
だから照麻はいつも通りに微笑む。
「わかったよ。こっちに来い。ただし父さんと母さんには内緒だぞ?」
と優しく言った。
もし妹をこんなにも甘やかしているとバレた時には間違いなく赤井照麻と言う人間が二人から怒られる事になる。当然それは由香もわかっているので即答する。
「はい!」
寝間着で上着の第一ボタンと第二ボタンをはずした由香は甘えるようにして照麻のお布団に入ってくる。
そのままピタっと身体をくっつけて目を閉じたので頭を撫でてあげる。
「お休みなさい、お兄様。私は優しいお兄様が大好きです」
由香が口元を緩ませて呟いた。
その時に照麻の瞳はボタンが外れているためにハッキリと見える大きな谷間とそこから少しだけ見える黒い下着につい大きく見開かれてしまった。
目の癒しを覆い隠すように、足先から布団をゆっくりと被せてあげる。
それから照麻も興奮した身体を落ち着かせてから静かに目を閉じた。
最近家では由香、藤原家では香莉と優莉にからかわれている気がする。
これは気のせいなのだろうか?
そう思った時には照麻の意識が暗転を始めた。




