由香の気遣い
放課後になり二時間程度とは言え普段使っていない脳を限界まで使った照麻はこの日珍しく全身がクタクタになり疲れていた。藤原家を出るまではそんな疲れがなかったのに帰り道、やっと今日が終わったと安堵すると同時に疲れが押し寄せてきたのだ。疲れすぎて脳が甘い物を欲していると感じた照麻は帰り道にある自動販売機でお汁粉を買って飲んでみた。普段は甘すぎる事から飲もうとすら思わないお汁粉ではあるが勉強した後のお汁粉は今まで飲んだお汁粉の数倍美味しく感じた。脳が至福の時間を味わったと感じた所で由香が待っているであろう家へと帰宅する。
家の前につくと案の定部屋の電気が付いていることから由香が来ている事がすぐにわかった。そこから鼻孔をくすぐるいい匂いがしてくる。美味しそうな匂いにつられて急にお腹が空いた照麻はポケットから玄関の鍵を取り出して扉を開ける。
「ただいまー」
靴を脱いでそのままリビングに繋がる廊下を歩いて行く。
すると由香の鼻歌が聞こえる。
どうやらご機嫌がいいみたいだ。ただ聞こえてくる鼻歌が「わたしのお兄様、お兄様。同居、同居をご希望、ご希望!」と少し聞いていて恥ずかしい気持ちになるものだったが毎朝の朝食から毎夜の夜食までが保障されているので今回は水に流す事にした。流石に勉強のし過ぎでクタクタなことから自分でご飯を作る気力すらないからだ。もし由香がいないとなると全部一人で用意して片付けまでしないといけない。流石にそれはキツイのでここは由香に甘える事にする。
「お兄様、お帰りなさいませ」
「ただいま。それでご飯ってもうできる?」
「はい。今から用意しますので少しお待ちください」
「わかった」
どうやらタイミングが良かったらしい。
一度自室に戻り手に持っていた鞄を部屋に直して、手洗いうがいを終わらせる。
そのままもう一度自室に戻り、さっき見えたカレーのルーが制服に跳ねたらいけないので私服に着替える。
それからリビングに行き本日の夜ご飯となるカレーが用意された席に座る。
照麻は視界に見える、カレーとプチトマトを使った野菜のサラダを見て由香が来るのを待つ。
「お待たせしました。では一緒に食べましょうか?」
「そうだな」
照麻が感謝の気持ちを込めて両手を合わせる。
「いただきます」
「はい。どうぞお召し上がりください、お兄様」
美味しそうに食べる照麻を見た、由香は「お口に合ってよかったぁ」と言って自分も食べ始めた。
夜ご飯を食べ終わりソファーの上でくつろいで寝そべっていた照麻。
そんな照麻を見て由香が使った食器を直しながら「食べてすぐに寝てたら豚さんになりますよ~」と言ってきた。
首から上を動かして照麻はすぐに反論する。
「今日はもうクタクタなんだよ~」
だらしない声に由香がクスクスと笑う。
「それは勉強のし過ぎだからですか?」
「当たり前だろ……覚えること多すぎて頭は疲れるわ、手の動かし過ぎで肩は凝るわ、同じ姿勢でいるから背中が痛くなるわで照麻さんはボロボロなんです~」
普段から何もしていないツケが回って来た照麻の身体は疲れていた。
これが来週の月曜日に行われる中間テストまで続くと憂鬱で仕方がなかった。
去年ならもう嫌だと言ってすぐにテストから逃げていたが、今年は逃げるわけにはいかないのだ。先日由香に今年は追試にならないように頑張ると言った以上、逃げる事は許されない。それに照麻が追試等とあっては優等生の由香の評判にも関わるかもしれない。そうなると必然的に頑張るしかない。なによりこんなどうしようもない照麻に力を貸してくれる由香の為に頑張る理由は沢山あっても、今年の照麻には逃げる理由が一つもなかったのだ。
「普段からお勉強をしていないからそんな事になるんですよ。少しは反省しましたか?」
半分諦めつつ、由香が言った。
「………………」
その答えは沈黙。
そんな照麻に由香がため息をついた。
「お兄様?」
「……はい」
「今週だけでいいのでお勉強頑張ってくださいね?」
「……わかってるよ」
照麻は何かを諦めたように返事をする。
頭ではわかっていても誰かにそれを言われると何故か反論もしたくなるし否定をしたくなる。だけど由香も照麻の将来を心配してくれている事は見てわかっているので文句を言う事を止めた。由香は食器を直し終わり、手を洗う。
「今日は言い訳しないんですね。偉いですよ、お兄様」
「まぁな」
「ではこっちに来てください」
タオルで手を拭いて由香はそのまま自分の部屋に入っていく。
照麻は重くなった身体に力を入れて、由香の部屋に行く。
一体何事やらと思い部屋に入ると、ベッドの上に案内されてうつ伏せにさせられた。
これはもしや由香からの夜のお誘いかと煩悩が急に目覚めて桃色の楽園に入ろうしたところで照麻にまたがって背中に乗って来た。
「うん?」
煩悩は乗るなら俺の向きが反対ではと疑問に思っている。
「そのまま力抜いてくださいね」
そう言って由香が両手の親指に力を入れて照麻の腰を中心にマッサージを始めた。
女の子の細い指がツボに入り程よく気持ちいい。
つい涎が垂れそうになる。
「どうですか?」
「気持ちいぃ~」
「なら良かったです。ちゃんとお勉強を頑張ったら私がご褒美として今週だけですがマッサージをしてあげます。そしたらお勉強頑張れますか?」
優しい声で由香が言う。
照麻の煩悩が消える。
まさか勉強を頑張ったらこんなご褒美があるとは思ってもいなかった照麻はとても嬉しくなった。
「あぁ。それにしてもマッサージ上手なんだな。これは高得点だなぁ~」
「そうですか? ありがとうございます」
(しっかりお兄様のポイント稼げて良かったです。何よりその気持ちよさそうな顔をずっと見ていられることが私の至福の時間なんですよ、うふふ)




