優莉との息抜き
「よ~し。なら私は一休みしようかな。愛莉はどうする?」
「もう少しだけ頑張る」
「そっかぁ。なら私休憩するから困った事あったら夜ご飯食べて一緒にしよっか?」
「うん、ありがとう」
真剣な表情で一人問題と向き合う愛莉を見た優莉はニコッと微笑んで「頑張って、愛莉」と言い残して席を立ち上がりベランダの窓を開けて外の空気を吸いに行く。
「帰る前にちょっと私の息抜き相手になってよ、照麻~!」
ベランダの手すりに身体を預けて、クルっと身体の向きを変えて照麻を手招きする優莉。
照麻は帰る準備を終わられて手に持っていた鞄をテーブルの上に置いて早く早くと急かしてくる優莉の元へ歩いて行く。
「やっと来た。遅いよ、照麻」
「悪い、それでどうしたんだ?」
「なによ。私と二人きりは嫌なの?」
「そうじゃない。ただどうしたのかなって?」
「別に特に理由はないよ。ただ照麻とこうして二人きりで話すのは何だかんだ初めてだなって思ってちょっと嬉しいだけ」
「なるほど。それで嬉しそうにニコニコしてるんだな」
「うん!」
照麻と優莉が並んで立つ。
夕焼けが照らす優莉は学校では見た事がない柔らかい表情をしていた。
勉強で疲れて気が抜けた表情と言った方がよいのかもしれない。
「それで香莉とは順調そうだけど、あれから二人で何かあったの?」
順調とは一体どうゆう意味なのだろうか。
照麻は優莉の顔をチラッと横目で確認してみるが、何かを期待したようにこちらを見ていた。
「特に何もないけど……?」
「そっかぁ。照麻的には何もなしなんだね」
「どうゆう意味?」
「秘密! なら愛莉とは?」
後ろを振り返ってシャーペンを動かしノートに何かを書いている愛莉を見る。
だけど香莉と同じく特に変わった事はない。
あるとすれば名前を呼んでと言うお願いを敢えて断ったぐらいだが、愛莉も愛莉で結局それでいいと言ってくれた。そうなると心当たりがない。
「何もないかな?」
「本当に~?」
疑うようにして顔を近づけてくる優莉。
優莉の潤いがあるプルッとした唇に女性らしさを感じる。
女の子の唇ってやっぱり柔らかいのかなと照麻の頭が不純な方向に働き始める。
「それは嘘だね。だって――」
優莉が一人勉強を頑張っている愛莉を指さして。
「あんなに頑張ってる。それも私達の前で。少し前の愛莉なら間違いなく照麻と一緒に勉強は嫌! とか、勉強終わったら早く帰れ! って言ってたと思う。だけど今は照麻がこの家に居ても何も言わない。言っても冗談だってわかる。つまり愛莉と照麻は何かあった! と言うのがお姉ちゃんの推理です」
最後はニコッと笑って愛莉に向けていた指を照麻に向けて名探偵のように推理してきた。
「なるほど。流石はお姉ちゃんだ。しっかりと妹達の事見てるんだな」
「まぁね~」
誇らしそうにして両手を腰にあてて胸を張る優莉。
その姿勢につい照麻の視線が服越しでもハッキリとわかる優莉の胸にいってしまう。
よく見れば胸元の部分の生地が伸びているではないか。
「へぇ~照麻って私を女だと意識してたんだぁ~」
ここで優莉が突然静かになった照麻の視線に気付く。
「あぁ、いや……別に……。すみませんでした、つい、気づいてたら……見てました」
優莉に頭を下げる照麻。
そんな照麻の隣に来て。
「別にそこまで気にしなくていいよ。そっかぁ。照麻は私の事女として見てくれてたんだ」
「はい……」
気にしなくていいと言われてもやっぱり気にしてしまう。
怒っているようには見えないが女性として優莉に嫌な思いをさせたという罪悪感が少なからずあったからだ。
「ちょっとだけ嬉しい……」
落ち込みながら隣でベランダの柵に身体を預ける照麻には聞こえない声で呟いた。
今まで自分達の近くに来る男子ってお金目当てなのかなって内心ずっと思っていただけに優莉は少し嬉しかった。照麻は違うって思えたからだ。でも身体目的ってのはお金よりタチが悪いのは正直ある。だけどなんでだろう……優莉の中で照麻にならいいかなと言う気持ちが芽生えた。あの日照麻は会って間もない私達家族の問題に立ち上がってくれた。両親ですらお金で何とかなるのかと言う不安を抱えていたのにも関わらず、照麻は優莉達の家庭の事情を一切聞かずに一人で香莉を助けに行くと言ってくれた。最後は香莉を命を懸けて護ってくれた。さらには入院費や治療費、慰謝料と言った物全てを断ったらしい。これは照麻の意見を聞いた両親同士の話し合いの結果である。それでもこちらにも非があると言う事で最後はせめて入院費と治療費だけを赤井家の両親が照麻に内緒で受け取ると言う事で話し合いがついた。目の前にいる赤井照麻と言う人間は本当にいい人なのだろうと言うのが優莉の今の気持ちである。だから一つ否定された時が怖いので意地悪を交えて聞いてみる事にした。
「エッチな照麻に一つ聞いてもいいかな?」
「はい……」
「さっきの行為ね女としてはちょっと嫌だった。そうゆう目ってさ女の子からしたらやっぱりちょっと怖いって言うかさ……」
優莉はちょっと傷付いたふりをしてみた。
すると照麻の表情が一気に暗くなった。
「本当にゴメン」
「うん。だから一つだけ嘘をなしにして本心で聞いておきたい事があるの。それに答えて。そしたら水に流してあげる」
「わかった」
「大怪我をした日、命懸けで香莉を助けてくれたよね?」
「うん」
「もしあれが香莉じゃなくて愛莉でも助けた?」
「うん」
「なんで?」
「ん?」
「愛莉からは遠ざけられてたじゃん。それでも助けた理由は?」
照麻は顔を上げて、ぼんやりと綺麗な夕焼けに染まる魔術都市の街並みを見た。
そしてあの日の事を思い出しながら答える。
「香莉と約束したんだ。優莉、愛莉、香莉の三人と学園を卒業するまで仲良くするって。それにさ……愛莉って本当は優莉と香莉の事が大好きなんだろ? だから姉妹の時間を邪魔する俺を嫌っているんだと思うんだ。だけど俺が愛莉を嫌う理由ってそもそもないからかな。だったら助けてを言いたくても言えない女の子を助けてあげたいって思ったら助けてあげるしかないじゃん」
優莉は言葉を失った。
愛莉の事を本当に何も知らないんだなって。
もっと言えば私達の過去について何も知らないんだなって。
でも知らないくせにちゃんと私達の事わかろうとしているんだなとも思った。
何よりも嬉しかったのは見返りを一切認めずに純粋な気持ちであの日香莉を助けてくれた事がわかったことだ。
「だったらもしあの日香莉じゃなくて私が捕まってたら……どうした?」
優莉は勇気を出して聞いてみる。
照麻がなんだかんだ香莉と仲が良いのは知っているし、愛莉の事も嫌っていない事はわかった。だけど私はどうなんだろうってずっと疑問に思っていた。あの時は助けてくれると言ってくれた。だけどその場の勢いって感じも正直した。だから時が経ち、落ち着いた今もう一度本心を聞いておきたかった。
「そんなの決まってる。助けたよ。だって――」
「だって?」
「優莉の事も好きだからに決まってるだろ」
照麻は満面の笑みで答えた。
そのどこか輝いた表情は心の中に合ったモヤモヤした物をその輝きで焼き払ってくれた。
胸の中が芯から熱くなる感覚。
生まれて初めてだ。
「そっかぁ」
「あぁ」
「なら約束通りさっきのは水に流すし、愛莉と香莉にも内緒にしといてあげる」
優莉が冗談半分で言うと、再び照麻の表情から笑みが消えた。
そして頭をさげて。
「マジでお願いします。愛莉に聞かれたら殺されるので……」
「あはは~、どんだけ愛莉にビビってるのよ……アハハ!」
優莉はお腹を抱えて笑った。
それはもう目から涙を流すぐらいに盛大に。
あれだけ凄い事を出来る私達のヒーローが女の子一人にビビっていると考えたらそれはもう可笑しくて可笑しくて。それに優莉から見た愛莉は照麻が思っている以上に優しくて可愛い妹なのだ。それなのに目の前にいる照麻ときたら……。
「うん。わかった」
優莉は零れた涙を手で拭きながら返事をした。
「ねぇ照麻? 私と連絡先交換しよ?」
「わかった」
照麻は優莉にスマートフォンを渡す。
優莉が手慣れた手つきでお互いの連絡先を交換していく。
「はい。終わったよ」
そのまま照麻が優莉からスマートフォンを受け取る。
「最後に一つだけ聞いてもいい?」
「うん」
「これから私ともっと仲良しになろ? それで照麻の事もっと私に教えてくれないかな?」
「あぁ勿論だ。これから改めてよろしくな優莉!」
「こちらこそよろしくね、照麻!」
照麻が優莉を見ると、女の子らしい可愛らしい笑みを見せてくれた。
そして耳元で「実を言うとね、エッチな照麻も嫌いじゃないよ」と悪魔の囁きを言い残して部屋へと戻っていった。
一人残された照麻は口をポカーンと開けてしばらく優莉が香莉の手伝いに行く姿を見送る事となった。
それから置いてけぼりになった思考がようやく一つの答えを導き出す。
今日の香莉と優莉の囁きそれが照麻をからかっている事にようやく気付いたのだ。
「やられたぁーーーーーーーーーー!」
両手を頭に乗せて突然一人叫んだ照麻の声を聞いた三姉妹は。
「ようやく気付いたんですね。うふふ」
「バレちゃったか……にしても面白い反応だ。あはは、もう最高!」
「えっ……なに!? アイツマジでキモイんだけど、早く帰ってくれないかな……」
とそれぞれが言葉にした。




