学生の業は勉学
照麻が退院しようやく身体が本調子に戻って来た。
今度こそ、「良し、俺ザオリク!」と自室で腕を突き上げてガッツポーズ。
ここ数日はずっと由香が身の回りの世話をしてくれた。
炊事、洗濯、照麻の着替えのお手伝い、部屋の掃除……と、時には照麻の学園生活の補助と正に母性の塊だった。
登下校は由香のお願いを聞いて一緒にすることになったのだが、さり気なくいつも鞄を持ってくれたりと正に自慢の妹だった。
周りからは「いいなー。あんな優しい妹がいて」と聞いていて清々しい気持ちになる事ができた。
なんならこのままずっと同居してもいいかな思えるぐらいに今は頭がお花畑状態の照麻である。
だが忘れてはならない事がある。
それは学園生であると言う事だ。
時にそれは脳内お花畑を火炎放射器で燃やされてしまう称号であり身分であることを忘れてはいけない。
「はーい。では今日のホームルーム終わりますー。各自私がさっき渡したプリントに目を通しておくようにね~。ならまた明日ー」
担任の先生が教室の扉を開けて出て行く。
魔術学園は魔術を使い強くなる事が当然将来に関わってくるので重要視されているわけだが、あくまで学園生と言う事だ。つまり魔術学園生にとっての最初の難関である中間テストが来週行われるわけである。本日四月十七日は試験一週間前の月曜日。二年一組の教室では……。
「ギャァァァァァァーーーーー!!!」
「しぬぅ~~~~~~、げげげひゃらまさせらんぺぇなるめんとぉぉぉぉ!」
「私の地獄が始まったーーーー!!!!」
「おぉー女神よ、可哀想な私にどうかご慈悲を――よこさんかーい!!!」
「テストがなんぼのもんじゃーい! かかってこいー!」
あちらこちらから悲鳴と怒りの嵐と化した言葉が四方八方から聞こえてくる。
一部この国の言語ではなさそうな声も混じっており、それだけ皆が追い込まれているのがすぐにわかる。
ここ魔術学園は魔術以外にも魔術知識、一般教養、一般知識、専門科目そう言った全ての分野で優秀な生徒もいる。それが由香のように特待生と呼ばれる生徒である。だがそんな生徒は学園全体でも両手で数える程度にしかいない。つまるところ、九割以上の生徒は特待生ではないと言う事だ。人間誰しも得意分野と苦手分野がある。それが当たり前なのだが……世の中と言う物は不平等でほんの一握りの人間は全てが得意と正にチートと言ってもいい能力を持っているのだ。その一人が由香だと照麻は思っている。本当に自慢の妹だと思う……だが今は正直そんな由香が憎くて憎くてたまらない。なぜなら――。
「クソッがぁーーーーーーー!!!! なんで由香は勉強せずに百点を取れる自信しかないのに俺はゼロ点を取るしか自信しかねぇーんだぁ! 世の中理不尽だぁ!!!!!」
教室の後方で赤井照麻は両手で頭を掻きむしって発狂した。
「兄妹名乗るなら半分でいいからその脳みそ貸してくれぇーーーゆかさまぁ!!!」
そのまま膝から崩れ落ち、地に頭を付けてこの世の終わりのような事を言いだす赤井照麻。そこから両手を地面に何度も叩きつけて悔しがる様は正に負け犬。赤井由香を天才としたら、正に対局の大馬鹿者の称号を持つ兄である。《《出来の悪い兄》》を手違いで創造してしまった神様は世界のバランスを取る為に《《出来の良い妹》》を創造した。男と女、天才と大馬鹿のようにして世界のバランスを調整されたのかもしれない。
そんな赤井照麻を哀れに見つめる一人の少女がいた。彼女は魔術こそfase二までの力しか使えないが勉学に置いては限りなく天才に近い領域に踏み込んでいた。そんな彼女からしたら日頃から遊んでばかりでなく授業の予習復習をしておけばそこまで苦労しないだろうと内心では思いながらもこれはチャンスなのではないかとも思っていた。整った顔立ちで皆に優しくて女子だけでなく男子達からも人気がある最近転校してきた少女――藤原香莉。
「照麻さん」
香莉はスカートの裾を抑えながらその場に座って照麻の顔を覗き込む。
「なんだぁ、香莉?」
「もし良かったら私の家に来ませんか?」
「…………」
返答がない。
もしかして聞き方が悪かったのか、それとも聞こえていないのだろうか。
だけど香莉の言葉を聞いてか、照麻の手が地面を叩くのを止めてピタリと止まった、と言う事はやはり聞こえている気がしなくもない。
「さては俺を……家に呼んで……愛莉と一緒にこの俺をバカにするつもりだな……。流石の俺もこの状況で二人から罵倒されたらもう泣くぞ?」
「そんな事、私はしませんよ」
(と言うかもう泣いていますよね、照麻さん……)
「だったらなんで?」
照麻の腕の隙間から見える雫は見えていないことにしよう。
でないとテストと言う現実に逃避した照麻が妹に泣きつくかもしれないから。
「私がお勉強教えてあげるからです。先日のお礼です」
地面に付けていた頭を上げる照麻。
その瞳は信じられない物を見たかのように大きく見開かれていた。
よく見れば、まだ瞼に涙の雫が残っている。
そんな照麻を見て、香莉は可愛いなと思ってしまった。
「私とのお勉強は嫌ですか?」
香莉は微笑みながら、ちょっと上目遣いで聞いてみる。
そこから横髪を上げ耳にかけて、女の子らしさをアピールしてみた。
「……いいのか、香莉?」
「はい。照麻さんには大きな借りがありますから。それに私達仲良しなお友達ですよね?だったら助け合いませんか?」
香莉の両手をパッと掴む照麻。
そして生きる気力がなく死んだ魚のような顔をしていた照麻が一掴みの希望を掴んだかのように嬉しそうな笑みを見せた。
「頼む! 俺にもわかるように勉強を教えてくれ!」
突然の事に香莉の心臓が驚いて、つい口から出てきそうになった。
それに両手を包み込むようにして触れる照麻の手から暖かい温もりを感じる。
それは全身の血管を通り脳にまで幸せを届ける。
身体はその事に喜びを得て、熱を帯び、顔が赤くなるぐらいに血の流れが速くする。照麻が顔を近づけてくる。後数センチ、誰かが悪戯で香莉の頭か背中を叩いてくれたら唇が触れても可笑しくない距離に由香に対する数日分の嫉妬が一気に消える。全身が熱い。恥ずかし過ぎて、照麻を直視出来ない。人目を気にしない照麻の大胆さに香莉は男を感じる。
「は、はい。私で良ければ……」
緊張して上手く言葉が出ない。
嬉しいはずなのに、早く離れて欲しい。
矛盾した気持ちが香莉の心の中で同時に生まれて反発し合う。
テロリストに捕まって生きる事を半ば諦めていた私を命を懸けて護ってくれた私のヒーローにそんな事させたら色々な意味で困ってしまう。
視線をチラッと見渡せば皆が見ている。
なんて大胆な行動。
男らしいが流石にこれはやっぱり恥ずかしい。
「て、てるまさん?」
「なんだ?」
「なら今日から一緒にしましょうね」
「おう! サンキューな香莉!」
照麻がようやく掴んでいた両手を離して顔を遠ざける。
「はい……こちらこそ」
香莉の口が無意識に最後動いた。
そのことに気付いた香莉は慌てて状況を確認する。
どうやら照麻には最後の一言は聞こえていないようだ。
本当に良かった。嬉しさのあまり余計な一言をつい口走ってしまった。