甘えん坊の由香
「ありがとうございます。私を助けてくれて」
「おう!」
「なんで……命を懸けてまで助けてくれたんですか?」
……なんでか。
そうだな。
理由なんてない。
ただ……もしあるとすれば。
「約束したからだよ。ヒーローになるって。後は――」
照麻はチラッと香莉を見てから。
「卒業するまで仲良くするって。三人いないと仲良くも何もないからな」
香莉がクスクスと口元を手で隠して笑う。
「不器用なんですね。そこは嘘でもお前の為だよって言うところですよ?」
「そうだな。香莉の為と言えば香莉の為って事は間違っていないかもな。だって香莉が言ったんじゃねぇか。期待せずに待ってますってな」
照麻はベランダの柵に肘をついて、さり気なく笑みを溢した。
すると香莉は夕日に頬を染めて、綺麗な瞳を瞬きさせて照麻を見る。
「もぉ~ズルいですよ。そんな事言われたら……」
急にモジモジする香莉。
「この想いが大きくなっちゃいますよ……」
声が小さすぎて何て言っているか聞こえなかった。
「ゴメン。もう一回聞いてもいい?」
照麻が小首を傾げると、香莉がデコピンをしてきた。
「えぇい!」
「うそ?」
突然の事に全然痛くないデコピンに驚いてしまった。
「意地悪な照麻さんには罰が必要と思っただけです」
全然怒っているようには見えない、というかむしろ嬉しそうに言ってくる香莉に少しだけ心がドキッとした。
だって今までに見た事がないような笑み、そして夕焼けのせいかとても赤くなっている頬っぺた、なによりその上目遣い。さり気なく見える胸元を見てしまった瞬間、照麻の頭が香莉を異性だと改めて認識した。そして照麻の心がほんの少しだけ揺らいだ。
「こら、何処をどうどうと見ているんですか。だから気付いていない振りをしなさいと何回言えばいいんですか?」
そしてまたデコピンをされた。それも笑いながら。
それが可笑しくて照麻もつい一緒に笑ってしまった。
あはは、と一緒に笑っていると、笑い堪えながら香莉。
「胸元が見える服は照麻さんの前ではもう着れませんね。照麻さんも男の子みたいですし」
とからかわれた。
男としてはちょっと残念。
だけどまぁこれも男の性だと言い切れば間違いなくデコピンでは済まないので「ごめんなさい」とすぐに謝った。
「そんなに気にしていませんよ。だから顔を上げてください」
こうやって冗談で済ませてくれるあたりが香莉らしいと言えば香莉らしい。あの時は死んだ魚のように顔に元気がなかったがこうして楽しそうに笑ってくれるだけでも頑張って良かったと心の底から思える。
「もぉ、お兄様。私にも構ってください!」
由香が照麻に抱き着いてくる。
容赦ない突撃に電流が全身を駆け巡ったように激痛が走るが、ここはグッと堪えて力一杯由香を抱きしめてあげる。
左肩はまだ上手く上がらないので右肩を上げて右手で頭を優しく撫でる。
「ほら~よしよ~し。由香もよく頑張ったな、偉いぞ~」
由香の顔が真っ赤になり、身体が熱を帯びる。
その熱は服越しでもしっかりと照麻に伝わってきた。そして生きてて良かったってそうゆう感覚に襲われた。「うぅ~ん」と気持ち良さそうに声を出して、甘える由香。本当に由香に怪我がなくて良かった。
「お兄様、お兄様!」
「ん? どうした?」
「大好きです!」
「おう! これからも好きでいてくれ!」
頑張った由香には今日はご褒美として沢山褒めて、沢山甘えさせてあげる事にする。それに今まで赤井照麻と親しくする女性とは仲良くしなかった由香がこうして三人とちゃんと向き合って仲良くしようと言う人として成長した分も含めて。それは十日間照麻が目覚めるまで毎日夜な夜な泣いていた由香に対する感謝の気持ちとお詫びでもあり、ご褒美。両親は黙っていろと言ってきたのでこれは両親と照麻だけの秘密。何でも由香としては目が腫れている理由が恥ずかしいので黙っていて欲しいと両親に言ったらしい。だけど家族。妹の目が腫れていたら心配にもなるので、さり気なく退院前に母さんが教えてくれたのだ。
「勿論です! 後しばらくお泊りしていいですか?」
ぎゅーと抱き着いて上目遣いで目をキラキラさせて由香が笑みを見せてくれる。
そうだよな……由香には十日間心配かけたしな。前向きに考えてやるか。
でないとここまで頑張った由香がちょっとだけ可哀想。
何よりその腫れた目を見れば、毎日心配して泣いてくれていたことぐらいわかる。
だったら兄としてそれに見合うぐらいの事はしてあげないとなんか申し訳ない。
「しばらくの間だけだぞ? ただしちゃんと香莉達とも学園でも仲良くするんだぞ」
その言葉に由香が一瞬、口をポカーンと開けて固まった。
「はい!」
だけどすぐに満面の笑みといつもよりワントーン高い声で返事をした。
「「「えぇーーーーーーーー!」」」
照麻の声に驚いて、大きく目を見開いて開いた口が広がらない三人。
何をそんなに驚いているのだろう。
照麻と由香は兄妹。
別にそこに違和感はないし、同じ学園に通っている事を考えれば特段問題はないだろう。
ちょっとこれは言い過ぎた……と内心思っているがつい気分が高揚感に慕っておりその場のノリで言ってしまったとは今から冗談だとは言える状況ではない。そんな事を言えば由香のキラキラした目の輝きがなくなり、ショックのあまり今度は違う理由でまた泣いてしまう可能性が非常に高いからだ。
「ま、ま、まさかのシスコン⁉」
優莉の言いたい事もなんとなくわかる。
だけどシスコンって……どんな誤解だよ。
と言うかたまたま目に入ったが、愛莉食べていた唐揚げと使っていた箸は床に落とすな。
後、色々と一回飲み込め。
香莉は尻もちをつく程に驚いている。
手を差し伸べたいが、由香が邪魔で手が伸ばせん。
なので自力で立ち上がってもらうとしよう。
って、おい。そのまま女の子座りするな。そこ地面で汚いから。
「違う。でもまぁ今回由香が頑張ってくれたことは事実だ。だからちょっと気前よく我儘でも聞いてやろうかなぐらいの感覚。それに人としても成長してくれたからな。だよな、由香?」
「はい! 私頑張りました。成長は――」
由香は何故か自分の身体と照麻の身体に挟まれた大きな胸を見て「成長したかな……」と何か不思議な事を呟き始めた。
「なんだぁーそれだとちょっと残念だよお姉さん~。面白くないなぁ……」
優莉は期待が外れたのか唇を尖らせてブツブツと文句を言っている。
さてはからかう気満々だったが、あてが外れたのだろう。
「ホントつまんないよ~。そこはブラコンシスコンで行こうよ……」
「つまんないってあのな……。優莉の願望を俺に押し付けるなよ」
「ちぇ~。まぁいいや! これはこれでね!」
パシャ
「おい、今何を取った?」
「なにって、スマホで二人が抱き合いながらも照麻がさり気なく由香ちゃんの頭を撫でている写真だけど?」
一体何を撮っているんだ。
てかスマホずっと手に持っていたのかよ。
今気付いた……。
とりあえずそんなものが学園の人間に広まったらまた色々と面倒な事になりそうな予感しかしない。
「あっ、それ後で私にもください!」
「えっ? ちょ……由香?」
「いいよ~。ならまずは連絡先を交換しないとだね」
「是非お願いします」
照麻が消す事を要求する前に、由香がその写真の存在を認めてしまった。
大きなため息を吐いてから、まぁこれはこれでいいかと今回は妥協する事にした。
理由はともかくそれでいいやと思ったのだ。
そのままベランダの地面に女の子座りで行方を見守っていた香莉に手を差し伸べて立たせてあげる。
「同居……照麻さんと由香さんが――」
香莉はまだ受け入れられないのか、ブツブツと何かを言っている。
皆大袈裟だなと思いながら、身体が冷えてきたので照麻はリビングへと戻った。
一人残った香莉は。
「――ズルい……なんで由香さんだけなの……」
まだ何かを認めたくないのか言い続けている。




