愛莉トラウマを克服
霧島が引き金に力を入れた瞬間、照麻は最後の力を振り絞って弾丸のように一直線に駆ける。
引き金が引かれ、打ち出された銃弾が照麻の身体を貫ぬく。
だけど照麻は止まらなかった。
痛覚は『炎帝』の使い過ぎで全身麻痺。
正直立っている感覚すらとうの昔にない。
そんな人間相手に銃弾など子供が使う水鉄砲のようなもの。
当然後からその代償があるわけだが、今はこれでいい。
「――ッ⁉」
両者の距離が二メートルまで縮まる。
ここで霧島の表情から余裕の笑みが消え、青ざめる。
銃弾で身体を撃ち抜かれて止まらない人間等いるわけがない。
もしそんな人間がいたら、それはもう人間ではない。
なら魔術の一種で銃弾を無力化しているのか。
だけど照麻の身体からは微弱な魔力反応しかなく、魔術を使っているようには見えない。
そもそもマグナムの弾を受けて表情一つ変えない魔術なんてものはこの世に存在しない。
とすれば、目の前の男は人間の皮を被った、化け物だと言うのか。
「おい、反撃しねぇなら歯を食いしばれよ。この大馬鹿野郎!」
照麻の拳が霧島のボディーに抉り込む。
「来い『炎帝』!」
照麻の身体から炎が出現した。
最後の魔力を使い、最後の魔術。
霧島のボディーに入った拳が回転し深く抉り込み内臓を攻撃する。
――グハッ
そのまま身体が吹き飛ばされて後方に一回転、二回転、三回転と転がっていく。
「いまだ!」
照麻の声を合図に人質が一斉に出入口にある非常階段に向かって走り始める。
優莉も急いで香莉の元へと行き、身体を支えて移動を開始する。
優莉、愛莉、香莉は一旦合流して脱出をしようとしたとき、香莉のか細い声が聞こえてくる。
「愛莉お願い。照麻さんを助けてあげて……あのままだと死んじゃいます」
愛莉の身体がビクッと震える。
トラウマと言う狂気を喉元に突き付けられたような感覚。
「私……照麻さんのいない学園生活……嫌です……」
無理矢理魔術を使った照麻の身体は既に限界を超えている。
既に手遅れなのは誰が見てもわかる。
だけど今ならまだ助かるかも知れない。
「だから……お願いできませんか、愛莉」
「香莉……照麻の事――」
「――はい。優莉の思っている通りです」
霧島は不意を突かれたとは言え、中級魔術師。
すぐに乱れた思考を落ち着け今は照麻を圧倒している。
だけど照麻に痛覚がない以上、生きたゾンビ状態の照麻が止まる事はない。
それは霧島にとってはそこら辺の魔術より遥に恐ろしかった。
人間が生まれた時から備えている危機管理能力がこの男には欠如していたからだ。
魔力が尽き『炎帝』の炎が消えても照麻は動き攻撃を続ける。
意識が朦朧とするのを、気持ちだけで抑えつけて今この場で最後の仕事をやり遂げる為に。
ボロボロになっても照麻は諦めたくなかった。
三姉妹と仲良くすると言う約束を果たす為に絶対に必要な条件。
それは照麻が存在している事ではない。
三姉妹――優莉、愛莉、香莉がこの世に存在している事が絶対条件なのだ。
だから最後まで諦めるわけにはいかなかった。
大切な友達との大切な約束を果たす為にも。
「いい加減くたばれよ……」
霧島は頬を引きずりながら言った。
その時ようやくチャンスが訪れた。
照麻が自分の足を絡めて転倒したのだ。
霧島は魔術を使い、マグナムの威力を最大威力まで上昇させる。
そして近づく事を止めて、照麻の頭に狙いを定める。
これを外せばあの男がまた這い上がってくる。
そんな恐ろしいことはゴメンだと心の中で思いながら、絶対の確率で当てる為にタイミングを慎重に見極める。
「まだだ……。後ちょっとで……あいつらの……学園……ゲボッ、ガボッ……はぁ、はぁ……はぁ……生活を護れるんだ……だから、後少しで……いいから動け……俺の身体……」
照麻は口から血を吐き出し、既に力が入らない全身に強引に力を入れて立ち上がる。
それはもう気合い等と言ったものではない。
赤井照麻の執念そのものだった。
百人いたら、百人が言うだろう。
――よくやった。頑張った!
だけど照麻が欲しいのはそんなちっぽけな物じゃない。
「約束したんだ……俺がヒーローになるって……」
その声はとても小さかった。
だけど優莉、愛莉、香莉の耳にはハッキリと聞こえた。
その言葉に嘘はなく、あるのは照麻の本音。
その言葉は愛莉の震えを止める力があった。
その言葉は愛莉がずっと心の中で密かに求めていたヒーローの言葉だった。
そして愛理の中で何かが変わった。
それは目に見えない。
それは動く事を止めた歯車。
それが今ようやく動き出した。
愛莉の身体からバチバチと音を鳴らし雷が活動を始める。
今までとは違う感覚。
「悪いがこれで終わりだ」
不敵に微笑み霧島が引き金を引いた。
照麻の頭が直感で終わったと判断した。
今からではどんなに頑張っても頭部を撃ち抜くであろう銃弾を躱す事が出来ない。
――ここまでか
そう思った時、あの日見た閃光が目の前を通り過ぎていった。
銃弾は閃光に撃ち落とされ消滅。
「アンタの為じゃない。香莉の為よ、勘違いしないで!」
「そっかぁ……」
「それより最後頑張りなさい。出来るわね?」
「……あっ……たり……めぇだ」
「今回だけ。私が合わせてあげる、ついてきなさい」
愛莉が左手を銃の形にして雷撃を連発して放つ。
霧島の逃げ道をふさぐようにして次々と。
「愛莉!」
「わかってる!」
優莉の声に反応して照麻に向かって再度放たれた銃弾を寸分の狂いもなく雷撃で撃ち落としていく愛莉。
流石にこれには照麻も驚いてしまった。
一度ならまだしも走りながらそれを平然とやってのけるとか射撃の腕どんだけあるんだよ、思わずそう思ってしまった。
それからぶつかり合う、銃弾と雷撃。
ズドン、ズドン、ズドンと音が聞こえる度に愛理が霧島との距離を徐々に詰めていく。それも照麻に狙いがいかないようにして。
霧島の余裕を奪う程の実力。違う、優莉が頑張り、照麻が追い詰めたからこそ霧島の身体には疲れが溜まり、魔力の半分以上がなくなっていた。
その結果がこれなのだろう。
左手で雷撃、右手はバチバチと音を鳴らした剣を持ち、霧島に近づく事を許さない。
霧島の銃は特別性で魔力を銃弾と変換しており、リロードの時間がない。
だがそれは愛莉も同じ。
「愛莉!」
優莉が叫ぶ。
「だからわかってるわよ!」
それに反応して霧島の銃弾を躱して愛莉が一気に距離を詰める。
霧島の銃はリロードこそないが、銃弾をカートリッジの中で生成するのに時間が一秒程いる。その僅かな瞬間を狙っての突撃。左右に小刻みに動きながら愛莉が駆け寄る。
そして両手を振り上げて、持っていた剣を思いっきり力任せに振り切る。
「バカが。そんな大振りあたるかよ」
霧島は大きく後方にジャンプして、バランスが崩れすぐに動けない愛莉の頭に狙いを定める。
「バカはアンタよ。行きなさい、私達のヒーロー」
愛莉の視線の先では正真正銘最後の力を振り絞った男がいた。
その男は腕を後方に引き、右拳を力一杯握りしめた赤井照麻。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄たけびを上げて突撃する赤井照麻。
二人の銃に比べると目囮する銃弾が放たれる。
「これで終わりだ、テロリスト!」
ドスッ、とても鈍い音と共に霧島の顔面が潰れた。
そして霧島の意識が暗転、照麻はそのまま頭から床に落ちて行った。
照麻は「やればできるじゃねぇか」と近くにいた愛莉に言い残して深い眠りに入った。




