愛莉の疑問
「レンジはどうした?」
「倒したよ。見ての通りボロボロだけどな」
声に覇気がない。
見た目以上に身体と心がボロボロなんだ。
「だめ、照麻。逃げて……コイツは愛莉と同じ中級魔術師で上級魔術師候補者――」
「だったらなんだよ、優莉。立てるなら人質を誘導してさっさと皆で逃げろ。後は俺が何とかしてやる」
なんで、アンタはこの状況で諦めていないのよ。
そんなボロボロなアンタに勝てるはずがない。
どうして諦めないの。
そんなにボロボロなら逃げても誰も文句を言わないし言えない。
なのにどうしてまだ戦う事を止めないの?
困っていたら無償で手を差し伸べてくれるヒーローなんかこの世にはいない。
なのにどうして、アンタは偽善者をそこまでして演じるの?
それだけ頑張ったなら、お金が欲しいならそう言えば私の両親だったら慰謝料としてしっかり払ってくれる。なのにどうしてまだ終わってないみたいな顔をして立っているの?
「逃がすとでも? 人質の命が欲しければまずは金を用意しろ」
テロリストのリーダー――霧島康太。
不機嫌そうな顔をしてマグナムの銃口を照麻に向ける。
「お前、バカだな」
「なに?」
「お前を倒せば金は必要ねぇって事にまだ気が付かないのか?」
いつその引き金を引かれても可笑しくない状況で照麻は力を振り絞って立ち上がる優莉を護るようにして臆することなく立ちふさがっている。
今すぐ止めないとアイツが死ぬかもしれない。
この際お金で解決できるなら、お金で解決した方がいい。命はお金では買えない、これは当たり前の事で、死んだら何も残らないってなんで気が付かないの?
そんなヨロヨロなのにヘラヘラ笑って何がしたいって言うの?
「アンタ……死ぬつもり?」
震える声で聞いた。
照麻は目の前の男を見ながら答える。
「覚悟はしてる。だけどそれはお前達全員が逃げきってからの話しだ」
それが照麻の覚悟だった。
薬を盛られて意識が朦朧とする香莉が一人でここから逃げる事等できないだろう。となれば人手が絶対に必要になるし、なにより時間がかかる。
照麻は右手に力を入れて、今すぐにでも殴りたいクソ野郎を前にして踏みとどまる。
「どうしてそこまでするの?」
「どうして? ただ護りたいと思ったからじゃダメなのか」
照麻には愛莉の言いたい事が何一つ理解できない。
理由がないと人は動いたじゃダメなのか。
理由がないと誰かを助けたらダメなのか。
理由がないと魔術を使ったらダメなのか。
もしそうなら赤井照麻は世界を敵に回してでも目の前のクソ野郎をぶっ潰す。
「それにお前は俺の事嫌いだろ? だったらそんな小さいことは気にするな」
「小さい事って……」
「実を言うと俺な……」
少し間を開けて。
「お前達の事が本当は大嫌いなんだ。だからもうお前達の顔は見たくない。だから早く俺の前から消えてくれないか?」
照麻はチラッと微笑みを向けて、答えた。
それは誰がどう見ても作り笑顔だとわかるぐらいにぎこちなくて、信頼性に欠けた。
その時、優莉と愛莉は気付いてしまった。
照麻は嘘が苦手な人間であることに。
もしその言葉が本当なら睨むようにして今も突き付けられる銃口、そもそも、その引き金に手を掛けた部分(人差し指)をピンポイントで見ているのだろうか。それに何で優莉が立ち上がったのにも関わらずまだそこに立っているのか。矛盾だらけだった。照麻の魔力反応は微弱。まともに魔術を使う事は間違いなく無理だ。
だとすれば――照麻が今やろうとしていることとは一体……。
「アンタ最低」
愛莉は嘘をつく人間が大嫌いだ。警察は「何かあったらすぐに力になるから。すぐに言ってきなさい」とよく言うが中々すぐに動いてくれない。照麻も似たような感じ。これで二回目の嘘。
「だったら?」
「…………」
「お前達二人は生きろ――優莉、愛莉」




